第十三話 疑惑

 茉莉ちゃんの意見を参考に子供服を数点増やした。

 まずは私が手縫いで試作品を作り店頭で親世代に感想を貰っていたのだが、有難いことに試作品でいいから欲しいという声が多く上がった。店頭で受け渡しをするとそれを見た人が自分も欲しいと言ってくれて、いつの間にか私の作業は子供服の特注で手いっぱいになっていた。


「た、足りない。子供服が足りない」

「ここまでとはな……」

「有翼人の子供ってこんなにいたんですね」

「家に籠って出てこない子が多かったんだろうな。これはもっと数がいるな」

「ですね。これなら子供服も主力に入れて良いんじゃないですか? 寸法と性別も対応して」

「そうだな。今までの特注を参考にしよう。これなら倉庫の販管費も許容範囲か」

「……はんかんひ?」

「商品を置いてる倉庫の利用費だ。あれは保管費用とは別に納品や出荷作業の人件費もかかってる。今は響玄様が一括して下さっているが、これが割に合ってない。最低利用料金に対して商品が少ないんだ。つまりあんたは赤字を良しとしてる状態にある」

「あ、ああ、はい。そうですね」


 星宇さんの話は未だに難しい。帳簿を付けると細かく分ける必要があり、どんな目的でいくら使ったかを計算して利益を算出する。これで無駄になっているところが分かり削減をする――らしい。

 私は全然ついていけなくて、これは完全に星宇さんへ任せている。


「でもこれなら最大限活用できる。倉庫は見に行ったことあるか?」

「いいえ。見た方が良いですか?」

「棚卸がてら月に一度は見ておきたいな。どんな物量か視認しておいた方が良い」

「そうですね。じゃあ次の定休日に行きましょうか」


 そうして私と星宇さんは倉庫へ行くことになった。

 倉庫は響玄様が紹介してくれたところを使っている。工場で作られた商品は直接ここへ納品され、店舗で必要な分を持って行く。

 でもこの運搬が結構な重労働なので倉庫の従業員にお願いしているのだ。

 なので私は倉庫に行くことがなかったが、収納されている商品量を見て私は叫んだ。


「こんなに!?」

「ああ。意外と多いだろ」

「はい。あ、でもこれなら半年は持ちそうですよね」

「馬鹿言うな。最長ふた月で完売させるぞ」

「え」

「在庫ってのは持ってるだけで赤字なんだ。あんたは色んな費用を羽根で許してもらえてるから感覚が麻痺してるだろうが、赤字がかさめば廃業だ」

「ひえっ」

「響玄様は現金でも運用できる成果が欲しいはずだ。絶対にふた月で完売させる。それにそろそろ問題が出るころだ。早々に在庫ははけさせておきたい」

「問題って?」

「じきに分かるさ。それより数量を確認するぞ。帳簿と差異が無いか確認する」

「は、はい」


 この時は星宇さんの言う問題というのが何なのかは分からなかった。しばらくしても営業は普通に進み問題らしい問題はなかった。

 星宇さんがそんなことを言っていたのも次第に忘れていったけれど、それは唐突にそれはやって来た。


「私が立珂様の服の模造品を作ってる!?」

「っていう噂」

「そんなことしてないよ!」

「分かってるわよ。でも立珂を神のごとく崇めてる人にすればそう見える人もいるってこと」

「そんな……」

「想定より遅かったな」

「はい?」

「出るべくして出た苦情だ。余裕で想定内」

「何がですか! どうしよう!」

「どうもしない。好きなだけ言わせておけ」

「けど」

「人の口に戸は立てられない。炎上くらいするときゃするさ」


 星宇さんはけろりとしていた。ひらひらと手を振って、平気平気と笑っていた。

 けれど私には到底それではすまない自体がもう一つやって来たのだ。


「今日も売れなかった……」

「そんな顔しないの! 明日はきっと大丈夫よ!」

「うん……」


 売り上げが目に見えて落ちた。美月は大丈夫よ、と笑顔で励ましてくれている。

 しかし街中でいつも来てくれていた人に会うと、気まずそうにふいっと目を逸らされる。その度に私の心は折れていった。

 そんな日々が続き、ついにはひと月が経過した。


「……もうひと月ですね」

「そうだな」

「どうしてそんな悠長に構えてるんですか!? ふた月であの在庫無くさないといけないんですよ!?」

「落ち着け。ひと月といっても祝日が多かったから営業日にして十九日。まだ猶予にはひと月と半分だ。連休の売上増は元から見込んでないから問題無い。ふた月後には新作が必要になるからその準備もしないとな」

「この売れてない状況で新作出すんですか!?」

「当然。その為にひと月捨てたんだからな」

「へ?」

「あんたは新作考えてろ。今回は成人用にしてくれ」

「は、はあ……」


 星宇さんはにやりと妖しく笑った。

 星宇さんがこういう顔する時はだいたい大丈夫なんだけど……

 大丈夫どころか嬉しそうにすら見える。星宇さんはよく販売戦略がどうこう難しい話をして、その度に私は美月に説明してもらう。それでもよく分からないことばかりだ。

 ……星宇さんが大丈夫って言うならきっと大丈夫!

 今までもそうして乗り越えてきた。なら私は新作を作るだけだ。


 それから数日して店に新作の試作品を出した。

 これは予約販売だ。いつもなら入店したお客さんに紹介するのだが、今はそのお客さんがいない。

 こんな調子で大丈夫かは不安だったけど、私はいつも通りに過ごす星宇さんを信じて今日も営業中の札を掛けた。

 するとその時だった。突如腕を掴まれた。


「あんたね! 立珂様の服の偽物作ってるのは!」

「え?」


 腕を掴んできたのは私と同じくらいの有翼人女性だった。お客さんの中では見たことのない顔で、個人的な知り合いでもない。

 けれどとても恐ろしい顔で睨み付けてきて、その大声を聞きつけた大勢の人が白い目を向けてきた。


「な、何これ……!」


 どんどん人は増え、あちらこちらからひそひそと非難する言葉が聴こえてくる。


「ち、違います! 盗作なんてしてない!」

「でも構造は一緒よね」

「そうよねえ。そう言われれば盗作よね」

「天一が関わってるって聞いたけど違うの?」

「それも嘘なんじゃないの? てか証拠ないし」

「まあね。でも美星お嬢さんと美月ちゃんも出入りするって」

「偵察じゃない? 証拠掴むために」


 どうしてこんな……!

 私はがたがたと震えたけれど、ひょいと後ろから誰かが現れ私を背に庇ってくれた。


「凄い人だな」

「星宇さん!」

「何泣いてんだ。想定内って言ったろ」

「な、何が、だって」

「大丈夫だよ。ほら」


 星宇さんは聴衆の向こう側へと目をやった。

 そこにはこちらへと走ってくる有翼人の姿があった。


「う!? なんで朱莉ちゃんをいじめてるの!?」

「……立珂様?」


 走って来てくれたのは立珂様と、それを見守る薄珂様だった。

 私は慌てて星宇さんを見上げたけれど、星宇さんはにやりといつもと同じ妖しい笑みを浮かべて黙っていた。

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