第二話 りっかのおみせ(二)
そして翌朝、立珂様が選んでくれた赤に山吹色の合わせを着て家事に勤しんだ。
立珂様に会うためだけに店へ行きたかったけれど、あの服をまだ持っていない人もいるだろう。
そう思うと全商品購入済みの私が整理券を得るのは気が引けた。
「新作販売が始まるまで我慢しよう。立珂様は役者じゃないんだし」
逸る心を抑えて私は母と二人分の洗濯物を手に取った。
動けるようになってから家事をやり始めたが、やはり行動に制限はあった。
羽に引火するといけないので火を使う料理はできない。動き回ると羽根が散るため掃除は二度手間になる。汗をかく力仕事は皮膚炎が悪化し薬代がかかる。
結果、食器洗いや洗濯という水仕事が私の仕事になった。
母の負担の方が大きいが、少しずつで良いと言ってくれたので焦らず自分を知ることから始めている。
「ふー。濡れた布って重いのね」
「無理しなくていいからね」
「平気よ。運動しなきゃ――痛っ」
「ほらほら。無理しないの」
「ううん。羽穴が引きつっただけ」
「立珂様の服はぴっちりしてるものね。動きにくいなら着替えなさいな」
立珂様の服は女性への気遣いが徹底されている。
羽を出す穴はきちんと括って縫われていて、必要以上に広がらないので肌が見えず外出しても恥ずかしくない。
しかし家事で身体を動かすと、広がってくれない羽穴に付け根が押し潰される。
この付け根は厄介で、膨れているからどうしても服からはみ出るのだ。
付け値は感覚がないので気にならないが、問題は感覚のある肌との境目だ。引っかかると痛みがあり、たまにこうなってしまう。
「でもせっかく買ったんだもん。着たいの」
「けど汚したらよくないわ。これ洗濯できないし」
「え? どうして? 水洗いじゃ駄目なの?」
「高級すぎて洗い方分からないのよ。刺繍も繊細で、揉み洗いしたら解れそうだし」
「そっか。そういうこともあるんだ……」
「立珂様の服はお洒落着なんだよ。外出用。家では脱いでなさいな」
「え~……でも立珂様の服が着たい……」
「汚れても洗える普段着を買ったらいいじゃない。またお店いってらっしゃい」
「そうだね。うん」
仕方なく私は服を脱ぎ、以前着ていた布のつぎはぎを着た。せっかくお洒落な服があるのに悔しくてならない。
「庶民に馴染みのある生地の服があるといいな。家なら肌が見えても良いから羽穴は大きくていいし。浮かれてないで隅々まで見てくるべきだっ――……」
そこまで考えて、はたと私は気が付いた。
「全部買ったわよね私。てことは普段着って売ってないんじゃ……」
店内はどれも高級な生地だった。この生地を使うだけで普段着にはなりえない。
一抹の不安が頭をよぎったが、ともあれ整理券を手にしなければ話にならない。
新作販売が開始する日は朝一番にお店へ行こうと決意したが、十日後なんて待っていられない。
立珂様の普段着があるなら今すぐにでも手に入れたい。完売しただけなら再入荷の予定は聞いておきたいけれど、まず入店自体が難しい。
「窓の外から眺めることはできるかも。立珂様とお話できなくても見るだけなら」
思いついたらのんびり何てしていられない。
私は寝間着を脱ぎ捨て立珂様のお洒落着に着替えて家を飛び出した。
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