第二話 りっかのおみせ(一)

 立珂様に救われてから歩く練習を始めた。ずっと四つん這いで移動していたので、人の姿でありながらニ足歩行が苦手になっていたのだ。

 けれど歩く練習は楽しくて、私はあっという間に歩けるようになった。

 そして初めて自分の足で街に出て驚いた。街には多くの有翼人がいて、立珂様の服は有翼人の流行の最先端だったのだ。

 それと同時に、立珂様は私だけ特別に声をかけて下さったわけではないことも知った。立珂様から服を貰ったという人は何人もいたのだ。


「私のことなんて覚えてないかもしれない……」


 あれからもう一か月が経っている。すぐに会いに行きたかったけれど、立珂様のお店は並ばなければ入れないほどの人気だった。

 入るには整理券が必要で、その整理券をもらうことがまず大変なのだ。朝一番に行っても大勢の人が並んでいて貰えないことが多く、ようやく勝ち取った時は一か月が経っていた。


「ううん。忘れられててもいい。それでも立珂様に会いたい」


 私は立珂様に貰った服を着て家を出た。指定の時間に店へ行くと多くの客が集まっていた。

 掲げられている店の看板は《りっかのおみせ》だ。


「可愛い。そのままだわ」


 飾らずありのままの店名は立珂様の愛らしい笑顔を思い出させてくれる。

 私は待機列の最後尾に並び三刻ほどしてようやく店へ足を踏み込むことを許されたが、一歩踏み込んだ店内は奇跡の空間だった。


「わあ! 素敵! お洒落な服がいっぱい!」


 店内は所狭しと色鮮やかな服が並んでいた。どれもばらばらにしてから着る構造で、客の有翼人は皆感動して叫んでいる。

 私もどきどきしながら棚を見ると、色々なものがあった。一式揃っているものもあれば、ばらばらにした部分だけも売っている。


「そっか! これで好きに組み合わせていいんだ!」


 よく見れば形状はどれも同じようだった。釦の位置と寸法は同じだからどれを買っても組み合わせることができる。

 羽穴用の種類も豊富で、どれも柔らかな生地だけれど色や柄は多種多様だった。

 しかも共布で付け袖や付け襟もあり、目的は肌を隠すことのはずなのに、まるでお洒落のための部品のようだった。


「機能性が高くてお洒落もできる。凄い。本当に凄い」


 感動している間にどんどん購入され、私は慌てて手に取った。

 どれも羽根一枚ならいっそ全部くださいと言ってしまおうかと思ったが、ふと何かに袖を引っ張られた。

 何かに引っかけたのかと思ったが、そこにいたのは奇跡そのものだった。


「朱莉ちゃんいらっしゃい! 待ってたよ!」

「立珂様!」

「あ! それ着てくれてるんだね! うれしい!」

「……立珂様、私のことを覚えててくださったんですか?」

「もちろんだよ! 僕ねえ、朱莉ちゃんはこれが似合うと思うの! こっちだよ!」


 立珂様は感動冷めやらぬ私の手をきゅっと握り、いそいそと新作が並んでいる棚をへ行くと一つの服を手に取った。


「これ! 朱莉ちゃん赤い色がとっても似合うからこれも良いと思うの! 前だけ変えてもいいと思うんだ」


 立珂様が差し出してくれたのは全身赤と派手だったけれど、立珂様は前見頃だけを山吹色に取り換えた。

 それはうっすらと地模様が入っていて、私の嫌いな羽と色味が似ていた。


「立珂様、あの、その色は……その、私の羽と色が似てるから……」

「うん! 羽色と合わせるのも大事なんだよ! 朱莉ちゃんはお日様の色だから黄色も合うよ!」

「そんなお気遣いなさらないでください。自分でも分かってるんです。枯れ葉のような色だって」

「う? とってもきらきらで綺麗だと思うよ。一本もらっていい?」

「はい。もちろん」


 私は一本抜いて立珂様に渡すと、立珂様はにっこりと微笑んで窓から差し込む光にかざした。

 すると羽根は確かに輝いていた。羽根の繊維は全てが同じではない。髪のように細い太いもあるし色の濃淡もある。

 そのせいか、ちらちらと陽の光を跳ね返している部分があった。


「きらきらでしょ! お日様みたいなの!」

「本当……気付かなかった……」

「背中は見えないものね。でも色と形は覚えた方がいいよ。有翼人だけのお洒落なんだから!」

「お洒落? 羽がですか?」

「そうだよ! だって羽と服を合わせるのは有翼人しかできないんだよ! 自慢できちゃうよ!」


 ね、と立珂様は嬉しそうに微笑んでくれた。

 その笑顔こそお日様で、私はようやく自分の羽根色が立珂様に一番似合う黄色と同じ系統だったのだと気付いた。

 私は以前と同じように立珂様の手を握りしめた。


「立珂様! 私にもお洒落を教えて下さい! この羽を自慢できるようなお洒落の仕方を!」

「もちろんだよ! 僕は地模様のある生地が好きなんだ。装飾品つけなくても華やかでしょ」

「ええ。とっても素敵な生地。これも綺麗。これも、どれも素敵……」

「でしょー! 僕の生地は宮廷がくれてるから素敵なのばっかりだよ!」

「はい! すごく素敵です! これ買って帰ります!」


 どれか一つと絞ることはできず、結局私は寸法の合うものを全て買った。

 店内は全て一着あたり羽根一本で、十本やニ十本無くなってもなにも困らない。

 一体どういう経営方針なのかは分からなかったけれど、十日後には新作がたくさん出ると聞いて私は整理券戦争参戦を決めた。

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