未知の集落(1)

 朝食がわりのカフェオレをすすりながら、卓上に立てっぱなしのタブレットで「おススメと更新」をチェックしているとの昨夜の投稿が出た。


『"不謹慎"って言葉は俺は好きじゃない。それって"クリエイター"とかそれを楽しんでる"ファン"たちを萎縮させて、世の中を"つまんなく"する言葉だと思う。そういう"漂白された世界"ってある意味"理想"なのかもしれないけど、俺が"理想"とする世界じゃないなって思う。俺は俺の"理想"の世界を目指して、これからも突き進む。』


「はは」

 西谷の口から思わず乾いた笑いがこぼれた。あいつ、動画プラットフォームに文章だけ投稿するのは手抜きだ甘えだとイキってたのに、結局逃げてやんの。


 数ページ続くらしい長文は最後まで読む気がしなかった。逃げの投稿も文章の雰囲気も、シロモンモの不調が感じられて心配だったが、なぜか自分の口角が少し上がっているのを西谷は感じた。


 動画の撮影仲間でありライバルでもあり……という表向きの関係は、よほど良く言えばの話。むしろ西谷にとっては、最大限に自分を盛って言えば、の話だ。実際には、実力の面でも成果の面でも、シロモンモは目の上のたんこぶというか、常に一歩先を行く相手だった。彼が不調だからといって西谷に何か得があるはずもないが、追いついて追い越すには最高のチャンスでもある。


――今、おれ、って考えてた?


 身体の内側に不穏な寒気と違和感が湧き出るのを感じて、西谷は無意識に立ち上がった。

 手元のカップには茶色い液体がまだ半分近く残っている。胃が重たくなってきて、これ以上飲めない。


 アイランドキッチンを回り込み、カフェオレの残りを流しに捨てた。カップの内側は毎日飲むコーヒーや麦茶の色が少しずつ沈着して、薄汚れていた。


 作業デスクに移動して動画の編集を始めると、しばらくしてから通話が入った。パソコンとスマホの両方に現れた通知を少し見比べ、西谷はパソコンの方で通話に出た。


「はい」


「あー。こんにちは。君」

 満天卿はいつも通りの、間延びした濁声で話し出した。この男は西谷やシロモンモよりも一回り以上は歳上だった。

「週末の取材の件だけど」


「ああ……ヌマタまで行くやつですか」

 西谷は無難に応えながら、何が取材だ、と心の中で溜息をついた。廃墟でふざけている画を撮りに行くだけで、何か調査する気なんてまるでない。とはいえ一応、自治体に許可を取ったりスケジュールの段取りを立ててくれたのは満天卿なので、この人には頭が上がらないが。


「台風が来そうで。もしかしたら」満天卿は言った。

「ああ、確かに……」

「今んとこ日曜のつもりだけど。ぶつかりそうだったら、ずらすほうがいいかと。土曜か月曜にずらすなら、ずんづぶ君、どっちが都合が良いかな」

「あー。どっちもバイトなんすよね……」

 あなたと違ってね、と内心つぶやく。満天卿が実際何をしている人なのか、直接聞いてみたことは無いが、どうも言動の端々から察するに不労所得か親の遺産みたいなものがあるらしい。常にどこかしらのサイトやSNSに顔を出し、何かしらの界隈と関わっている。シロモンモを加えたこの三人での同盟関係も、満天卿にとっては数ある足掛かりのひとつに過ぎないのだろう。


「やっぱり、そうか」満天卿は言った。「シロモンモ君はとりあえずね、ずれこんでも大丈夫っぽかったけど。それじゃ、なるべく、決行にしよう。多少天気悪くてもね。けど、あんまり酷かったら、いったん来週以降に延期で」

「あ、はい……来週なら、土日は両方空けられるので」

「了解」

「わざわざすみません」

「いや、全然。全然。そういや、この前のやつどう? 伸びた?」

「あ、まあ……ぼちぼちですかね」

「良いじゃん。先週はVの炎上で荒れたから。その中で伸びたんなら。良い線なんじゃない?」

「おかげさまで……」

 シロモンモの不調の話が出るかと思ったが、満天卿はそこには触れなかった。


 数分ほど雑談して通話を切ると、急に肩のだるさを感じた。近頃、肩凝りと腰の違和感が続く。シロモンモに付き合って、慣れないダンスなど撮り出したのが原因か。


 通話で中断されたせいもあり、作業への意欲が戻ってこなかった。撮り溜めた素材はかなり積み上がっていて、しばらくは撮影を控えて編集に集中したほうが良いくらいだ。シロモンモの今の様子を考えると、日曜の廃墟での撮影もあまり期待できそうにないし。


 いっそこのまま台風で中止になってくれたほうが、気が楽になりそうだ。

 スマホのブラウザで天気図を眺めながら、西谷は無意識に溜息をついていた。

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