第32話 金になるからさ
しばらくして、男子生徒が涙声で、
「だったら……どうすればよかったんですか……」そんなことは俺にもわからない。「いじめは終わらないし……先生も見て見ぬふりするし……だから、あの人だっていなくなってしまったし……」
「……あの人……?」
「……しばらく前に、学校をやめた人がいるんです。急に学校に来なくなって……」弟子のこと、だろうな。「彼女もいじめられてたみたいで……チャットとかでも悪口を書かれていたみたいです。でも、僕もスマホを持ってなかったから気づかなくて……」
どうして助けてあげられなかったのか、という後悔のにじむ言葉だった。
きっと彼も悩んでいたのだろう。同級生へのいじめを止められず、今度は自分が標的にされた。
「殺すしかないと思ったんです……」歯ぎしりが聞こえてきた。「あいつを殺せば……全部解決するって思いました。それしか道はないって、本気で思って……」
焦れば視野が狭くなる。他の選択肢など目に入らなかったのだろう。
強いて言うのなら……さっさと殺してしまえばよかったのかもしれない。殺害予告なんて出さずに、殺すほうが良かったかもしれない。
だが……
「キミの目的は、殺すことじゃなかったはずだ」
「……?」
「殺害予告が騒ぎになれば……どうして1人で放課後の教室にいたのか、その理由を問われる。そうなれば彼女がいじめをしていたことが明るみに出る……そういう計画だったんだろう?」
だから殺害予告なんて回りくどいことをした。殺すことが目的なら、その日に殺せば良い。
だが……だが彼の計画は実らなかった。
なぜなら……
「笑えるでしょう……?」男子生徒は自嘲気味に笑う。「あいつ……殺害予告を受けた日は1人だったって言うんですよ。僕も教室にいたのに……なのに人間は1人しかいないって……!」
そう……俺が思っていた違和感はそれだ。
教室に人間は1人だった。脱落する人間はいない。人間の悪口は気分が悪い。それらの言葉に隠された意味に……俺は教員のチャットを見てようやく気づいたのだ。
「あいつは……あいつらは……僕を人間扱いしてなかった……」
そうだろう。あの依頼者と教員は……いや、教員のほうが先なのだろう。教員が……一部の生徒を人間扱いしなかった。だからあの依頼者も……その影響を強く受けた。
ならば脱落した人間がいない、という発言も納得できる。あの教員は、俺の弟子のことも人間扱いしなかったのだ。
俺は……あの教員と生徒たちとのチャットを見て愕然とした。その内容を読むだけで吐き気がしたレベルなのだ。
『今どきスマホを持ってないとか、サルとして育てられたのかな?』
発端は、教員のその一言だった。
そのチャットに、誰も返信はしなかった。たぶん生徒たちは……本当は問題発言だと気づいていたのだ。
だけれど、教員のチャットだけが続いていた。
『それとも親がサルなのかな? とにかく人間じゃないのは確実だよね。スマホがないから、こうやってクラスのグループにも入れないし』
そのチャットそのものは、そこで終了していた。誰も返信しないので、教員もつまらなかったのだろう。
だがそこから……少しずつ……一部の生徒が暴走を始めた。スマホを持っていない生徒は人間扱いしなくて良いと、そんな雰囲気を持ち始めたのだ。
その雰囲気に一番影響を受けたのが依頼者だったのだろう。だから依頼者はいじめている相手を人間扱いしなかった。だから自分は1人だと嘘をついた。いや……嘘だとすらも思っていないのかもしれない。
俺は深く息を吐いてから、
「……チャットの内容は俺が写真で撮影しておいた。これを公にすれば……この犯罪行為は終わるだろう」
「だけど……そんなことしたら……」
「ああ。学校ごと潰れるかもしれないな」ネットもニュースも、こんな事件を見逃すわけがない。そうなれば……あの教員どころか学校全体の責任を問われる。「だがな……それでも俺はやるよ」
「なんでですか……? その行動で……人生がめちゃくちゃになる人がいるかも知れないんですよ……?」
そうかもしれない。今まで健全に学校生活を送ってきた人からすれば、とんだ巻き込まれ事故だろう。勝手に学校に不名誉な悪名がつけられ、その学校にいたというだけでレッテルを貼ってくるやつだっているだろう。
だが俺はやる。その理由は簡単だ。
この事件は、いつか明るみに出る。そうなれば告発した人間を恨むやつが出てくる。そんな恨みを買うのは……俺で十分だ。
「もちろん、金になるからさ。この情報をマスコミに売ったら、いろんなところからお金を要求できる」
「安い嘘ですね」じゃあ見抜かないでくれ。「まぁ……そういうことにしておきますよ」
……最近の若者は達観してんな……俺の時代からは考えられない。
ともあれ……これで事件はおしまい。俺が仕入れた情報とチャットの写真を警察やらマスコミに持っていけば、あとは勝手に学校が崩壊するだろう。
謎を解決しても、まだモヤモヤしている。こんな事件を解決するくらいなら、まだ警部のヘンテコな依頼を解決するほうがマシかもしれない。
しかし……それでも誰かが解決しなければならなかったのだ。そうしないと犠牲者が増える。彼のように。俺の弟子のように。
……
今頃あの弟子……なにしてんのかな。
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