第31話 毎日だ


 犯行時刻と場所は、想像できていた。


 放課後の教室。2年3組。俺は翌日……またその場所に来ていた。


 まだ俺は1人だが……そろそろ現れるはずだ。俺の推測が正しければ、だが。


 教室に夕日が差し込んでくる。少し眩しかったのでカーテンを閉めさせてもらった。あまり見られたいことでもないからな。


 しばらくして……


「あ……」昨日も出会った男子生徒が、教室に入ってきた。「昨日の探偵さん……? まだ、なにか調べることがあるんですか?」

「いや、調べ物は終わったよ。ちょっと世間話をしに来た」

「世間話……?」

「ああ」逃げられても面倒なので、さっさと話を始めてしまおう。「まず疑問だったんだ。『依頼者はなんの理由があって、放課後の教室に1人でいたんだろう』ってな」


 取り巻きがいてもおかしくない人物だし、依頼者は部活もしていないらしい。彼女が放課後の教室にいる理由はなんだったのだろう。


「わ、忘れ物、とかじゃないですか?」


 反応してきた。俺はなんて彼には伝えていないのに。


「そうかもしれないな」証拠はないのだから、忘れ物の可能性だってある。「これは俺の推測だが……あの日、殺害予告が飛んできた日……あの教室には他にも人間がいたんだ」


 ……男子生徒が怯えた表情になった。やはり……図星だったらしい。


「それはキミだろう?」

「な……」素直な子だ。「なにを……なにか、証拠でもあるんですか……?」

「その靴の裏だよ」男子生徒は自分の靴に目を落とす。「キミは気づいていないかもしれないが……靴の裏に粘着性のあるものが付着していた。そしてその粘着物は……キミの机にもついていた」


 要するに……


 この男子生徒は依頼者にいじめられていた。いや……いじめられている。


 その言葉を口に出すことはしなかった。俺の推測が正しいことは、彼の顔を見ていればよくわかった。


「だ、だからって……だからなんですか……? 机の上にある粘着物が靴についていた……? そんなこと……なんで、机にでも乗らないと、ありえないじゃないですか……」

「そう。キミは机に乗ったんだ」

「なんのために……」

だ」……若い子が顔面蒼白になるのなんて、見たくないな……「犯行予告が勝手に飛んできた理由は簡単だ。あの紙飛行機は存在していた。そして依頼者が教室に入って……でエアコンが動き始める。結果として……紙飛行機は依頼者に届けられたわけだ」


 エアコンに手を届かせるために、彼は粘着物のある自分の机に立った。


 彼も律儀なものだ。そんなもの別の人の机に立てばよいのに……わざわざ自分の机を使った。他の人の机を汚したくなかったからだ。

 

 このトリックを成立させる鍵が、まだ残っている。


「問題は……。そうしたら本命の依頼者に殺害予告が届かないからな。つまり殺害予告の送り主は、ということになる」

「そ、そんなの……呼び出しただけかも……」

「だったら呼び出されたって言うさ。それに……見ず知らずの人間から呼び出されて、1人で現れる人じゃないだろう」間違いなく警備とかをつけてくる人だ。「だから依頼者は……自分の意志でこの場所に来た。それも……1人である必要があった」


 その理由は簡単だ……


「人に見られたくないことをしていた。依頼者は……同じクラスの生徒をいじめていたんだ」いじめられていたのが……目の前の彼。「それも……毎日だ。だからキミは、この時間に紙飛行機をしかければ、彼女に届くと確信していた」


 毎日いじめられていたからこそできる……そんな悲しいトリックなのだ。


 俺は続ける。


「そしてキミは……今日もここに現れた。そろそろ依頼者も来るんだろう? キミをいじめるために」男子生徒が俺をにらみつけるが、目をそらしてやる訳にはいかない。「そしてキミは……その隠し持った包丁で彼女を殺すつもりだった。そうだろう?」


 その後……長い沈黙が流れた。その間……ずっと彼と目が合っていた。


 最初は怒りの感情が見えた。しだいに怯えの色が見え始めて……最後には涙が溢れ始めていた。


 そして……そのまま彼は床にへたり込んだ。


 俺は……掛ける言葉なんて見当たらずに、ただその場にたたずんでいた。

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