第30話 色

 男子生徒がいなくなって、教室には俺と弟子だけが取り残された。


「それで師匠……どうするんですか?」男子生徒がいなくなったので、弟子が喋り始める。「謎、解けたんでしょう?」

「たぶんな」

「犯人を逃して、いいんですか? 証拠隠滅されるかもしれませんよ」

「……俺はまだ、さっきの男子生徒が犯人だとは言ってないけどな」思ってはいるけれど。「まだ他に調べることがあるからな」

「調べたいこと?」

「ああ……誰か他に事情を聞けそうな生徒がいると良いんだが……」


 残念ながら、今は放課後だ。簡単に話を聞けそうな人間がいない。さっきの男子生徒に聞いても答えは帰ってこないだろうし……

 かといって、部活を中断させて話を聞くのも忍びない。そもそも2年3組の人間がいるのかも不明だ。


「……また翌日にでも出直すか……」俺はため息をついて、「キミは先に帰っててくれ。俺はちょっとトイレに行ってから帰る」

「ふーん……」こいつ……本当は鋭いんだよな……「……私がいたら、やりづらいことがあるんですか?」

「……まぁ、そういうことだ……」こいつに嘘は通用しないよな。素直に行くしかない。「だから……ちょっと1人にしてくれるとありがたい。無理にとは言わんが……」

「……わかりました」ちょっと落ち込ませてしまった。「じゃあ、事務所で待ってますね」

「ああ……」


 弟子は教室の扉の前で敬礼してから、スキップでもしそうなくらい軽やかな足取りで去っていった。


 こっから先は……弟子にとってセンシティブな話題になるからな。俺1人で調査をしたかった。


 さて……残っている2年3組の関係者を探そうかと思っていると……


「おや……」教室の扉を開けて、男性が入ってきた。「あなたは……?」

「失礼」ここで怪しまれるのは得策じゃない。手遅れだろうけど。「とある事件を捜査している探偵です。入校許可はもらいましたよ」


 俺は首からかけている入校許可証を教員に見せる。


「なるほど……」一応、納得してもらえたようだ。「して……事件とはなんでしょうか。うちの学校で、探偵さんが調査をするような事件が?」

「……」知らないのか、とぼけているのか……「殺害予告があったと聞きましたが……」

「ああ……あのイタズラですか……」教員もイタズラ扱いしているんだな。「まぁ、ちょっとした好奇心から起こってしまったイタズラでしょう。わざわざ探偵さんが調査するほどのものではありませんよ」

「……」


 教員としては調査すべき問題だと思うけどな……


 さて……どうやって情報を聞き出すか。


 まずは適当におだててみるか……


「それにしても……このクラスの生徒は優しいですね。先程も、とある男子生徒に出会いましたけど……いろいろと話を聞かせていただきました」

「男子生徒……何という名前の生徒ですか?」

「名前は聞いていません。さすが最近の子は防犯意識がしっかりしていますね。不用意に本名は明かさないようです」

「なるほど……たしかに、名前は名乗らないほうが良いかもしれませんね」俺みたいな怪しい男からは、さっさと逃げたほうが良いけどな。「自分で言うのもなんですが、このクラスは良いクラスです。ダメな人間など一人もいませんし、脱落した人間もまったくいない」


 ……脱落……赤点がない、とかだろうか。あるいは……


「これも先生の指導の賜物ですかねぇ……」

「ははは。そうかもしれませんね」社交辞令にもそつなく対応してくるな。「生徒たちとコミュニケーションを取ることには気を使っていますよ。気がつけば……若者言葉に詳しくなってしまいました。今度は同年代と話が合わなくて困っていますよ」

「なるほど……そんな努力と苦労があるんですね」俺も仕事柄、若者言葉は調べている。「生徒たちとのコミュニケーションといえば……チャットツールとかですかね。俺はどうも文字でのやり取りが苦手でして……」


 文章から相手の意図を読み取るのが苦手なのだ。いつまで経っても克服できそうもない。だからこそ……できる限り対面でコミュニケーションしたいのだが……科学が進歩して若者がチャットを使うのなら、俺もそちらに合わせないといけない。


 ともあれ……会話は理想の展開に進んでいる。


「今後の参考のために……生徒たちとののチャットを見せてもらっても良いですか?」

「はい。いいですよ」あまりにもあっさり許可をくれたので、逆にびっくりした。「学生とのコミュニケーション用のスマホを用意してありますから……見られても問題ありません」

「なるほど……素晴らしい対策だと思います」

「そうでしょう? チャットに見られて困るものは書き込むな、と生徒たちにも口を酸っぱくして伝えております。人への悪口とか……そういうものは見ていて不快ですからね」


 ……


 なんだろう……なんか違和感がある。依頼者も含めて……このクラスの人間と会話すると、変な違和感がある。なにかような……そんな感覚。


 俺は……なにかを見落としているのだろうか。


 俺が教員と生徒のグループチャットを見ようと思ったの理由は簡単だ。俺の弟子が『クラスのグループチャットには私の悪口があった』と言っていたからである。


 なのに教員は悪口を書き込むなと指導している。その指導が伝わっていないのか……教員を除いたグループチャットがあるのか……


「どうぞ」


 教員は俺にスマホを手渡す。すでに画面はチャットのアプリが起動されていた。


 冗談っぽく、俺は聞いてみる。


「隅々まで見ても良いんですか? 問題発言が残されているかも?」

「そんなことはありませんよ」嘘をついている、ようには見えないんだよな……「何度も言いますが……人間への悪口は見ていて不快です。ましてそれをデータが残るチャットに送信するなんて……バカげたことはしませんよ」


 データが残らないなら言うらしい。まぁ……しょうがないか。


 そして俺はチャットアプリの会話を見ていく。


 ……何の変哲もない会話だった。今日の試験がどうとか、部活で良い成績を収めた生徒を褒めたりとか……当たり障りのない内容が羅列されていた。


 これはハズレかな……なんて思いながら画面をスクロールさせる。そしてしばらくして……


「……」見つけた……「……」

「どうかなさいました?」

「……いえいえ……」ああ……道理で違和感があるはずだよ。「教員の影響力というのは偉大ですね。生徒は……教員の色に染まることもある」


 このクラスは、見事に染まったわけだ。おそらく依頼者も……この教員の色に染まったのだ。


 それが悪いことなのかはわからない。社会を生きていくために身につけた考え方なのかもしれない。 


 だが……とりあえず……


 俺は苦手だ。


 とにかく……これで謎は解明された。あとは……いろいろと雑用をするだけだ。



 ☆


 

 読者への挑戦状っぽくなっていますが、そういう作品ではないのでお気軽に次のページにお進みください。

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