第29話 暇だったので
学校への道の途中で、弟子に仮面を買い与える。弟子が選んだのは……某忍者キャラクターのお面だった。山を越え谷を超えやってきていそうだった。なぜか……やたら似合っていた。
すでに夕方だった。この時間まで学校に残っているのは、熱心に部活動をしている学生か教員くらいのものだろう。
そして学校のインターフォンを鳴らして、
「先程連絡させてもらった探偵なんですが……」
『ああ……少々お待ちを』
電話口と同じ声に対応してもらって、しばらく待つ。
正門の前から学校を観察してみるが、なにもおかしなところはない。サッカー部らしき生徒たちが部活動に勤しんでいるのが目に入るだけだった。
「おまたせしました」屈強な警備員さんらしき人が現れて、「おや……そちらのお面の方は……」
「俺の弟子ですよ」
「……ちょっと……不審人物を入校させるわけにはいかないのですが……」
依頼者の威光も、お面の怪しさには勝てないらしい。どうしたもんかと悩んでいると、
「お久しぶりです」弟子がお面をズラして、警備員に微笑みかける。「暇だったので、久しぶりに登校してみました」
「……っ……!」警備員はバツが悪そうに、「ああ……なんだそういうことか。だったら……いいよ。通りなよ」
そう言って、警備員は面倒くさそうに正門を開けてくれた。どうやら……弟子と知り合いらしい。まぁ弟子も問題児だっただろうし、それくらいは当然か。
たぶんあの警備員……いじめを見て見ぬふりしてたんだよな。そして弟子が……その復讐に来たとでも思ったんだろう。なら追い返すべきだと思うが……まぁ助かった。
さて警備員室で入校許可証をいただき、首に下げる。これがないと不審者扱いされるそうだ。お面なんてつけてたら、許可証があっても不審者だろうけど。
警備員と別れて、俺は殺害予告があった教室に向かう。
「おお……」弟子が校内を見回して、「懐かしの学び舎ッス……全然変わってないッス」
「まぁ……そんな短期間じゃ変わらんだろうな」工事というのは簡単じゃない。「案内を頼む。2年3組の教室で起こった事件らしい」
「はいッス」
気の抜ける返事だなぁ……まぁ弟子らしいといえば弟子らしい。
さて階段を上がって、数人の生徒たちに不審そうな顔で見られながら2年3組の教室に到着した。
教室の扉を開けると、
「おっと……」教室の中に1人の男子生徒がいた。「これは失礼。一応入校許可はもらってるから……不審者じゃないぞ」
「は、はぁ……」なんとも気弱そうな男子生徒だった。「えっと……僕はお邪魔、ですか?」
「いや……いてもらって大丈夫だよ」一応素性は明かしておくべきだろう。「俺は探偵でね。少し教室を調べさせてもらおうと思ってさ。こっちのお面は俺の弟子」
「は、はぁ……そうですか……」
世間話を終えて、俺は教室を見回す。男子生徒は……探偵の仕事ぶりが気になるのか、俺のことを見ていた。
「涼しいねぇ……」俺はエアコンを見上げて、「俺が高校生だった頃は、エアコンがなかったな……羨ましい……」
マジで羨ましい。何度熱中症で死にかけたことか。
それから……少し気になっていることがある。
教室に入ってから、弟子が黙りこくってしまった。おそらく……この男子生徒とも知り合いなんだろうな。声を出したら気づかれるから黙っているわけだ。
なら……俺は男子生徒に聞くしかないな。
「エアコンを操作するスイッチが見当たらないが……」
「ああ……えっと。空調管理室で一括で操作してるみたいですよ」
「一括操作か……教室によっては、冷えすぎたりしないか?」
「大丈夫です。温度調節は各教室のエアコンが自動でしてくれて……かなり快適ですよ。人感センサーもあって……人がいないときは自動で止まってくれます」
「便利なもんだねぇ……」
技術の進歩というのは素晴らしい。これでエアコンを消し忘れて怒られるという悲劇もなくなるわけだ。
……
そして……なるほどねぇ……人感センサーか。
俺は天井を……いや、天井につけられたエアコンを見上げる。
机に乗れば、届く高さだ。細工をすることは容易い。
なんとなく……真相が見えてきたな。
「じゃ、じゃあ僕は失礼しますね……」急に慌て始めた彼が、「あ……!」
イスに足を引っ掛けて、そのまま豪快に転倒した。距離が離れていたので、助けることはできなかった。
「お、おい……大丈夫か?」
「は、はい……」大きなケガはなさそうだ。「す、すいません……ちょっと、おっちょこちょいで……」
「謝ることじゃねぇけど……」俺は男子生徒に近づいて、「立てるか?」
「あ、ありがとうございます……」
男子生徒は俺の手を持って立ち上がって、
「では……失礼します……」
「ちょっとまってくれ」まだ俺は彼に用事がある。「この机……キミの机か?」
「は、はい……」
机の表面を軽く触ってみる。
少し、ネバついていた。それに……変な匂いもする。木の机の手触りではなかった。
そして俺は思い出す。眼の前で男子生徒がころんだ瞬間に見えた、靴の裏を。
彼の靴の裏にも……少しネバついたものがついていた。ちょうど、この机についているようなものだった。
「……」
黙る俺に、男子生徒が言う。
「あ、あの……? も、もういいですか?」
「ん……ああ。スマン。いろいろ答えてくれてありがとうな」
「いえ……」
男子生徒はそのまま頭をペコペコ下げて、教室を去っていった。
……
ふーむ……
なるほどね。
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