第26話 単位

 急にシリアスになった空気に戸惑いつつ、俺は一口お茶を飲む。そこそこ良いお茶なので、今度から粗末なものとか言うのはやめよう。


「殺人予告……ですか……」できる限り冷静な声を装って、「……警察に相談は?」

「しました。しかし……取り合ってくれたのは無能そうな警部だけだったんです。他の警察官はイタズラだろうって……」


 無能な警部って……あの人は残機が90個くらいあるんだぞ。たぶん護衛とかなら最強クラスの戦力だぞ。そして……悪い人じゃないぞ。ちょっと推理が苦手なだけだぞ。


「……なるほど……」しかし警察も殺人予告くらい取り合ってくれそうなものだが……「それで、探偵のところに来たと」

「はい。探偵は金さえ積めば、なんでもやってくれると聞きましたから」

「どこで聞いたんですか?」

「……? 常識的なことかと思いますが……」辞書にでも載ってんのかな……「えっと……依頼を受けてくださらない、ということですか?」

「……まだ、なんとも言えませんが……」本当にいたずらの可能性だってあるのだ。「規模によっては……当然のことながら、お断りさせて頂く場合もあります。むやみに命を散らす気はないのでね」

「では、おいくらですか?」

「……?」

「あなたの命は、どれほどのお金で買えますか?」


 ……命を金で買う気かよ。なるほど。おもしれー女だ。俺が今まで、出会ったことがないタイプだ。


 この手の人間は……実は俺は嫌いじゃなかったりする。見ていて面白いし……会話していても面白い。もちろん……自分に大きく関わらない場合、だけれど。


「俺の命は高いですよ。あなたの知らない単位になるかと」

「どんな単位なのでしょう」

「さぁ」俺も知らない単位だろう。「ともあれ……俺はそう簡単に死なないので、ご安心を」


 話が進まないので、強引に続ける。


「その殺害予告というものについて、教えてください」

「はい……」依頼者はカバンから用紙を一枚取り出した。「こちらになります」


 俺は受け取って、その紙を眺める。


 折り目の付いた紙だった。この折り目の通りに折っていくと……完成するのは紙飛行機だろうか。


 紙には真っ赤な文字で、こう書かれていた。


『裁きは必ずお前のもとに訪れる。復讐が始まるのはこれからだ』


 裁き……復讐……いろいろ気になるところはあるが……


「これは……どこで?」

「放課後の教室です。その用紙が紙飛行機型になって飛んできて……私のそばに落ちました」

「これがあなた宛てだという根拠は?」

「その用紙を見つけたとき、私以外の人間は教室にいませんでした。ですので……私に向けてのメッセージかと」


 ……なるほど……


「……教室に誰もいないのに飛んできた……つまり教室の外から飛んできた、ということですか?」

「それが……なんです?」誰もいないのに? 「放課後で窓は閉まっていましたし、扉も閉めました。外からなにかが入ってくる可能性はゼロだったんです」


 なのに……教室内から紙飛行機が飛んできた。本人以外に人間はいないはずなのに……


 ……なぜだ? なぜそんなことが起こる……? この依頼者が教室に入った振動で、たまたま落ちてきたのか……? 無差別の殺害予告、なのか……?


「……失礼ながら、この文面に心当たりは?」

「ありません」依頼者は下を向いて、「最近、たしかに教室の雰囲気は悪いです。ですが……できる限り明るく団結しようと心がけていたつもりです」


 だからこそ恨まれていた可能性もあるけれど。団結を求めていない人間もいるけれど。

 

「ともあれ……殺害予告をされていたら、まともに学校生活が楽しめません」依頼者は頭を下げて、「どうか……犯人を捕まえてください。私の友人も不安に思っています」


 だろうな。殺害予告なんてされたら本人は気が気じゃないだろうし、近くにいる人間だって怖いだろう。殺害予告には名前はなかったのだから、別人に向けてのメッセージである可能性もある。


 誰もいないはずの教室に飛んできた紙飛行機……いったい、どうやってそんなことをしたのだろう?

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