第12話 正解の1つ

 店員さんが高校時代に居残り練習をしていた。

 しかしその相手は足音もしなければドリブルの音もしなかったという。


 これはいったいどういうことだろう。


 さて俺が回答を示そうとすると、


「ふふん」弟子が自信ありげに話し始めた。「ここは弟子にお任せください、師匠」


 ……大丈夫かな……まぁ別に殺人事件とかじゃないし、任せても良いか。


 店員さんは俺と弟子を交互に見て、


「お弟子さんなんですか?」

「押しかけられましてね。まぁ、なし崩し的に……」気がついたら弟子になっていた。「師匠らしいことは、何一つしてませんけどね」

 

 実際……俺は師匠らしいことなんてできていない。勝手に無効が押しかけてきたのだから、俺の知ったことではないが……一応名目上は師匠なのだ。

 それに向こうが慕ってくれているのなら……少しくらいは与えたやりたいと思うのが人の性というものである。


 ……なんか……師匠っぽいことを考えておくか。


 とりあえず今回のところは、


「どうです店員さん。まずは弟子の推理からというのは」

「なるほど……お弟子さんを倒してから、師匠との対決というわけですね」

「……まぁ、そういうことですかね」


 対決なんて大げさなものじゃないけれど。ただの世間話だけれど。


 ともあれ、弟子の推理を聞いてみよう。師匠たるもの、やる気のある弟子を檻に閉じ込めるものじゃない。


 まぁ……弟子が何を言い出すのかは、なんとなく想像できるけれど。


 弟子はいつの間にかおかわりしていたオレンジジュースを飲み干してから、


「ズバリ……その練習相手は幽霊だったと思うッス」想定通りのことを言い出した。「幽霊なら足音がしないのも当然だし、同じ体育館にいて途中まで気が付かなかったことも納得できます。それにその幽霊さんは……今、師匠の事務所にいるッス」

「……幽霊さんが、事務所に?」さすがに想定外だったようだ。「……その幽霊さんは……バスケットボールをやっておられたのですか?」

「はいッス。今でも練習してるッス。たまに一緒に遊んでるッス」……初耳なんですけど……「つまり、その幽霊さんが店員さんの学校まで行って、一緒に練習していた。これが答えッス」


 まぁ、その発想になるよな。だって弟子は幽霊が見えるタイプなのだから。


「なるほど……」店員さんは弟子の話をしっかり聞いてから、「……たしかに……私よりも前の世代に、いじめが原因で自殺をした部員がいたそうです。かなり昔のことですが……未練があって、とどまっていても不思議ではありません」


 ……店員さんの言う部員と、うちの事務所にいる幽霊さんは同一人物なのだろうか。まだ不明だが……なんとなく本人である気がする。


「お弟子さんの解答も、おそらく正解の1つでしょう。私が話した問題文から読み取れて、かつ矛盾していない。それは正解と言っても差し支えはありません」それから店員さんは、もう一杯オレンジジュースを用意して、「ですが、今回私が用意した解答とは異なります」

「不正解、ッスか」

「不正解というよりも……解答を1つに絞り込めない出題の仕方でした。つまり、問題が悪いのですよ」


 問題が悪いというより……ただの世間話だからな。話の流れで、適当に出題した問題だからな。答えが確定していなくても当然だ。


 まぁ、弟子の推理も間違っちゃいない。弟子にとっては幽霊は存在するものなのだ。だから推理に組み込んだだけのこと。そして練習相手が幽霊でも……店員さんの話は成り立つのだ。


「だったら……答えはなんだったんですか? 店員さんの練習相手というのは、誰だったッスか?」


 俺は即答する。


「鏡でしょう?」俺は肩をすくめて、「とっさに思いついた叙述トリックとしては、素晴らしいんじゃないでしょうか」

「ただの意地悪問題ですよ」そうとも言う。というより、そっちに近い。「叙述トリックなんて言える代物ではありません」

「どうでしょうね。実際に弟子は騙せてますし」弟子が単純なだけかもしれない。「とにかく……店員さんの練習相手というのはということですよね」

「なにを根拠に」

「最初にあなたは……フォームチェックをすると言いました。1人でフォームチェックをするのなら、映像を使うか鏡を見るか……その二択くらいしかありません」他にもあるのかもしれないけれど。「そして近くにいたのに気がつかなかった……これは心理的な盲点の話でしょう? 存在していることは当然知っていたけれど、最高の練習相手だとは思っていなかった」


 さらに……同等の技量だと言い切ったのも気になった。同等技量ではなく、同等だと言った。その時点で……相手は自分自身なんじゃないかと思った。


 そして鏡に写った自分からは……当然、音がしない。音が鳴るのは自分の場所からだけだ。


「即興で作った謎ですからね。少し粗が目立ちましたが……」

「いえいえ。十分に楽しませてもらいましたよ」心霊現象と見せかけての叙述トリック。「弟子も楽しんだみたいですし……ありがとうございます」

「そう言っていただけると助かります」少し微笑むだけで絵になる人だなぁ……「今度は……もう少し考えてきますよ。またいつか、私の挑戦を受けてくださいね」


 おお……これでまた店に来る口実ができてしまった。なんともありがたい。


 ……


 ……


 なんか俺にしては珍しく、ちょっとだけまともなエピソードだったな……


 この調子で次のエピソードもまともになって欲しいものだ……

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