第5話 気でも触れたか?
俺たちは事件現場に向かうために電車に乗った。
そしてその電車内で、自称弟子が興味深そうに窓の外を見て、
「ほほう……電車というのは、こんなにも速い乗り物なんですねぇ……景色があっという間に移り変わっていくッス」
その姿は初めて電車に乗る赤ん坊みたいだった。
というか……平日の昼間に制服姿の女子を連れていると人の目が気になるな……幸い電車内には人が少なくて助かっているが……
「電車に乗るの、初めてなのか?」
「そうみたいッスね」なんで他人事みたいなんだよ。「それで師匠……今回の依頼は、どんな依頼なんですか?」
「……一応言っておくが、俺はまだキミを弟子にするとは言ってないからな?」
「まだ、ってことは望みはあるみたいッスね」……こいつ本当は頭良いだろ。「まぁ、まだ自称弟子で良いッス。いつか弟子になるッス」
「お、おう……頑張れ……」
なにを言ってるのかはよくわからんが、目標があるのは良いことである。
「というか師匠、電車移動なんですね。てっきりバイクとかだと思ってたッス」
「バイクは……とある事件で木っ端微塵になった。それ以降、怖くて乗ってない」
また買えば良い話なのだが……怖い。もう二度と乗りたくない。
さて……俺みたいなおっさんと女子高生に共通の話題があるわけもなく……そのまま沈黙が訪れた。
そして……事件現場に到着した。マジで途中から会話がなかった。
☆
事件現場は和風な旅館だった。なんとも高級そうで、劇場版の探偵アニメにでも登場しそうな風貌だった。紅葉が綺麗だった。
「おお探偵くん。よく来てくれた」その一室に、警部はいた。「さっそく現場を見てくれ。また密室殺人なんだよ」
「警部の言う密室を密室だと思ったことはありませんけどね」
普通に扉が開いていたとか……そんなのを密室っていう人だからな。まったく信用できない。
「今回は本当に密室だよ。扉の鍵もしまっていた。そして窓の鍵も閉まっていた。鍵は室内。その状態で、部屋の中に首吊り死体があったのだ」
ほう……それはたしかに密室かもしれない。
……いよいよ普通のミステリーみたいな推理ができるのだろうか……ちょっとワクワクしてきた。死人が出てるから、ワクワクしてる場合じゃないのだろうけど。
「一応確認しておきますけど、天井はありますよね?」
「天井? そんなものはあるに決まっているじゃないか。気でも触れたか?」
ムカつくなこいつ……この間は力士のつっぱりとか言ってたくせに……
しかし……今回ばかりは本当に密室なのだろうか。天井も扉も窓も締まっていて……鍵も他の人間は手に入れられない。ならば自殺と考えるのが自然かもしれない。
「とりあえず、現場に案内してください」
「ああ。現場はすぐそこにある部屋だ。鍵は開けてあるから、勝手に入ってくれ」
……殺人現場に勝手に入って良いものかなぁ……いくら探偵とはいえ、そんな権限はあるのだろうか。
しかし密室殺人か……ようやくまともな推理ができそうだ。ちょっとだけテンション上がってきた。
「事件現場は旅館。2階の客間。部屋は密室」
俺がつぶやくと、自称弟子が、
「なにを独り言を言ってるんですか?」
「ちょっとした状況確認だよ」いちいちツッコまなくていい。「部屋は密室。たしかに幽霊だと思いたいところだが、幽霊なんて――」
幽霊なんて存在しない、と言いかけて思い出す。
……いたな。幽霊はいた。俺の事務所にいた。
……じゃあもしかして、今回の犯人も幽霊なのだろうか。可能性がありそうで怖い。
俺がドアノブに手をかけると、警部が言った。
「足元が悪いから、注意してくれ」
「足元?」
足元が悪い? 争った形跡があるのだろうか。物が散乱しているのだろうか。
困惑しながら扉を開けて、
「……そんな……バカな……」
思わず崩れ落ちそうになった。あまりにも間抜けなことを見落としていた、と俺は反省する。このこともちゃんと警部に聞いておけばよかった。
部屋は……密室ではなかった。なんというアホらしいトリック……いや、トリックでもなんでもない。こんなものをトリックと言ったら推理小説に失礼だ。
たしかに窓は閉まっている。事件当時は扉も鍵がかかっていたのだろう。そして天井もある。
そんな状態だが、どう見ても部屋は密室ではない。
それはいったい、どういうことだろう?
☆
読者への挑戦状っぽくなっていますが、そういう作品ではないのでお気軽に次のページにお進みください。
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