第7話 協調性運動障害

 YouTubeを観ていてそのことを知った瞬間、なんだ、もっと早く知っておけば良かった、と思った。

 その障害を持つ子のボールの投げ方は子供の頃の自分を見ているようなぎこちなさで、砲丸投げの砲丸のように肩に乗せるような持ち方からしておかしく、動画ながらもどかしく、そうじゃない、と口を出したくなるような、上半身もぎこちないが下半身も足の位置が逆と言うか、身体の方向がバラバラの、この態勢でボールを投げたら前には絶対に飛ばないだろうということが容易に予想される、目を覆いたくなるような、投球フォームとは言えない珍妙な体勢だった。


 翌日、仕事から帰ると夕食は鍋で、テレビがついていた。

 人気の企画、運動神経悪い芸人。

 妻は笑って観ながらも、あなたも球技やったらこんなかな、と言う。

 映像はバスケットのドリブルからシュートへの流れを芸人達がやっていて、まずドリブルの段階でやり損ねる芸人が多い。

 誰も邪魔していないのに、ドリブルが続かず、前へ進むことができない。何とかゴール近くまで進んで、シュートを打つ段階までこぎつけても、入る入らない以前に、シュートの姿勢と言うか、ジャンプだけしてボールが手から離れないとか、反対に、ジャンプとともにボールが地面へポトンと落ちる、など、普通に運動できる人からするとあり得ないようなミスをする様を映し出している。

 テレビのスタジオ内は爆笑に包まれているが、僕にとっては、自分がそれをやれば同じかそれ以上ミスを連発し、この番組ではそれを笑いにしているのだが実際に回りが真剣に試合をしていたとすると、バカにしているのか、わざと足を引っ張っているのか、お前のせいで負ける、ゲームの進行のじゃまになる、迷惑だ、ということになり、笑いになるレベルの範疇を超え、回りにいる全員の表情が凍り付き、静まり返るだろう。もしくは怒鳴られ、つまみ出されるだろう。

 妻と知り合ってからは一緒にスポーツをする機会はなく、妻は僕の球技における醜態をほとんど知らない。

 ボウリングには行ったことがあり、その他日常生活をともに送る中で、自分の夫の運動神経がどんなものかということは大体把握しているようだ。

 人気番組である運動神経悪い芸人だが、その動きを見て僕は昔の自分を思い出して落ち込みがちにこそなるが、笑うことはできない。

 鍋の湯気の向こうで、テレビから聴こえる大爆笑の音声を空しく聴いていた。

 これ、笑いのネタにしてるけど、一種の障害らしいよ。協調性運動障害という。昨日、YouTubeで知った。遺伝もあるけど、そうじゃない方が多くて、十人に一人ぐらいの割合で、居る。そして、僕にも当てはまる…。

 口に出さずにはいられなかった。

 一瞬、妻の表情が固まった。

 そういう人の妻になった人はどうすれば良いの?そういうことはネットで言ってるの?

 自分は自分の苦しんできた半生の理由がようやく分かったような気分で少し高揚していたが、運動が苦手以外に、不器用、方向音痴、空間把握能力の欠如、立体的感覚の欠如、などの特徴を持った自分のような人間は、身近にいる家族には迷惑をかけてきたのだと思う。

 何度も通った道でも間違えたり、子供の組み立て式の机を作るのに手間取ったり。

 何とか苦労して最終的にできるようにはなる。何度も間違えた道も、失敗を重ねて覚えれば、間違えなくはなった。

 しかし、また別の道で間違える。以前覚えた道も、しばらく通ってなければまた間違える。

 机を苦労して組み立てても、今度は椅子で失敗する。自分としては懸命なのだが、失敗を重ねること自体が妻には不注意かつ誠意のない姿として映るようだ。

 動画の中で障害の専門家は、この障害は本人の責任ではないので、この障害を持つ人に対して怒ったりすることは逆効果で、障害を悪化させる、と言っていたが、妻にはそう言えなかった。

 この障害の表面上現れる事象は、砲丸投げのようなボールの投げ方をする子供の動画や運動神経悪い芸人の動きのように、まじめにやっていないように見える。

 やる気あるのか、と怒鳴られるのは子供の頃は毎日だった。

 そうした回りの反応が自分の行動を萎縮させ、ますます運動を苦手にさせたことは事実だが、まわりから見ると、まじめにやらない迷惑な人間、という風に見えてしまうのも無理はない。

 鍋物の味がしなくなってきた。

 みんなが笑う運動神経悪い芸人を悲しげな顔で観ているのも奇異で迷惑なのだろう、と思い、早々と食器を片付け、自室へ戻ることにする。


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