第2話 体育は、嫌いです

 学校の体育の時間が悲惨で苦痛なことは、その後も変わりなかった。

 クラスのほぼ全員は、男も女も、体育の時間が来ると嬉しそうにしている。

 体操服に着替えた瞬間から生き生きとしていて、ボールを手にして、教室の中でドリブルなんかしながら、楽しみでわくわくとした感じを全面に出している。屈託のない笑顔と、白い体操服に包まれた弾むような身体を見ていると、この人達と自分とが同じ人類とは思えなくなる。

 そんな光景の中にいることがまた苦痛で、全く嬉しさを感じない、動きたくない感じの強い僕の孤独感をさらに固く、強くした。 

 特に球技は、上手くできないと回りに迷惑が掛かるので、サッカーやバスケットなどで負けると、お前が居るからダメなんだ、とストレートに非難され、消え入りたくなる。


 体育は、嫌いです。

 理由は、上手くできなかったら回りのみんなから文句を言われるからです。

 小学校三年生のある日、体育が好きか嫌いか、をその理由と一緒に書いて下さい、との作文を書かされ、思った通りに書いたら、放課後、呼び出された。

 体育が嫌いだ、と書いたのは、僕ともう一人、牛島の二人だけだったようで、がらんとした教室に、傾き始めた陽光が差し込みあちこちから舞い上がる埃を映し出す中、担任の先生はメガネのふちを上げながら、何であなた達は体育が嫌いと書いたの、と問い詰めてくる。

 僕と同じようにうなだれている牛島の作文を覗き込むと、勝つことに必死で、チームどうしで争い、ケンカになるから、と書かれていた。

 相手チームに野次を飛ばすのは当たり前の時代で、小学生の体育でもそうだった。

 僕が、ただ自分ができないから体育がいやだ、と書いているのとは対照的に思えたが、二人に共通しているのは、体育の時間になると急にみんなが豹変して闘争本能をあらわにし、相手を罵ったり、味方の失敗をなじったりすることに嫌悪を感じていることで、僕と牛島の他にも運動が苦手な子はいたと思うが、体育が嫌いだ、とは書かなかったようだ。

 牛島と僕を交互に睨みつけるように見る先生は、体育が嫌いだと書いたのを、好きだ、と書くように撤回させたいようで、嫌いと書いてはいけないのなら好きか嫌いか書くように言わなければ良いのに、とも思うが、同時に僕は面倒になってきたのと早く帰りたいのもあり、嫌いな体育の中で何か少しでも好きな要素は見つからないかな、と窓からの日ざしと空中を泳ぐ埃りをぼんやり眺めながら考え始めた。

 身体を動かすこと自体を嫌っているわけではない。

 体育が嫌いだ、と言うと身体を動かすのがいやなのだと思われているのかも知れない。

 身体を動かすのに好きも嫌いもない。

 体育によって、身体の動かし方に正解と間違いを分けられ、僕が身体を動かすと、間違っている、と言われ、直せ、と言われ、直しても、違う、と言い続けられる。 

 直しても、直しても、ダメ。いやにもなる。

 あとは、チームプレイになると、どうすれば良いのか分からない。まごまごしているうちに、何を聞けば良いのかも分からないまま、回りから怒鳴られる。

 そういうことがいやなだけで、身体を動かすのは嫌いじゃないから、そう書こう、と思った。

 体育は、好きです。

 身体を動かすのは、好きだから。

 本当は、身体を動かすのは好きでも、体育では自分の思うように身体を動かすと回りから非難されるため身体を動かせないので、書きながら強烈な違和感が湧き、やっぱりどうしても体育というものが好きにはなれない、と思ったが、好きだと書かないと帰してくれそうにないので、心の目をつぶって書くことにした。

 牛島は、僕がほぼ嘘の体育が好きだと書いた後もしばらく黙ってうなだれていたが、やがて意を決して書き始めた。

 僕は先生から帰って良いよと言われたが、牛島を見守っていた。家はわりと近いが、一緒に帰ったことはない。

 でも何となく、このまま一人では帰れない、と思い、自分の中に嘘を無理やり書かされたもやもや感もあり、牛島と話したくなっていた。 

 自分以外に体育が嫌いだ、と正直に書くやつがいたのか、との驚きと、少しの嬉しさもあった。




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