第53話 高貴なる護り手 オッダンタ・プリへ
南国と言って良いイシュモニアを離れて。
もっと南の強烈な日差しの国。グプタ帝国に来ました。
人口も面積も最大のこの帝国は地下資源が極めて豊富で税金も低く住み易いと評判の国です。
永住や移住はなかなかハードルが高いそうですが私のような研究生の留学には寛容です。
ハイウェイとは名ばかりの道の両側にはマンゴーやパパイヤなど様々な樹木が生えた田舎です。
私は嫌いじゃありません。少しイシュモニアの雰囲気に似ています。
旅の仲間はリュティア改めリュト。
緑の髪の旅人ギルドのいわば旅の達人です。
今回の旅ではホテルの個室を除いては男性の姿を通すらしいです。
まぁ良いですけど。
男性の姿の方が旅が楽だとか。
確かにカップルに見られればちょっかい出す人は少ないと思いますけど。
そしてこの国が出身のロザリンドは旅に参加出来なくて残念がっていました。
まぁ彼女は派手ですし。
って彼女に負けずにと言うかこの国は派手な国ですね。
移動手段はTATA-XX9という4輪駆動のクルマです。
運転はリュトとクレセントムーン。
優秀なWLIDのクレセントムーンに任せても大丈夫なのに時々ステアリングを握るリュト。
ソフィも楽しそうに3輪のクルマを運転してましたけど。
超長距離転移もできる今の私にはクルマとは景色を眺める機会を与えてくれるシステムに過ぎませんけどね。
イシュモニアやサリナスでは見ることが出来なかった小屋がけのお店が時々あります。
冷やしたパパイヤやマンゴージュースを出してくれるのが嬉しいですね。
いくら衣服が温度調整してくれても喉は乾きますから。
イシュモニアと較べると湿度が低くて唇も乾き気味です。
風もちょっとだけホコリっぽくて。
ララノアは割と平気そうですがリュトのラストローズはちょっと苦手みたいです。
碧系の不死鳥変異体であるグリーンジプシーはこの惑星の上で困る気候も無いようですけれど。
小屋掛けのお店にはドーナッツを蜜に浸したようなグラブジャムンも売っています。
傍らで焼いているソバ粉のチャパティに挟んで食べると美味しいおやつです。
リュト?というかリュティアにはこの国ではなるたけ加熱調理したモノを食べるように言われました。
まぁ治癒魔法があるから大丈夫なんですけど。
でもわざわざ体力に負担をかけるのは愚かですね。
とりあえずグプタの巨大な大学都市であるオッダンタプリまではもう見える距離です。
遠くには大学の大講堂の屋根が見えます。
その大講堂の全貌を隠すかのように都市の周囲に構築された純白の変成岩でできた美しい壁。
法律的には緩いと言われるグプタ帝国の中のそれは云わば小さな城のような存在です。
まぁイシュモニアの魔導学院と比べたら広大と言っても良いんですけどね。
※※※※
ちょうど1ウィル前。唐突に学院長の執務室に呼ばれた私を待っていたのはリュティア。アイリスとイフィゲーニア。
私たちの指導教官のエディスは出張中でした。
優秀な教官に囲まれて委縮していたら学院長から声がかかりました。
「リュティアと旅行でもどうかね?」
何のこっちゃ?とリュティアを見てもいつものようにぼんやりしています。
アイリスを見ると笑顔で頷いています。
イフィゲーニアは優しく微笑んでいました。
悪い話では無さそうです。
「何処への旅行ですか?」
質問に質問を返され学院長は少しフリーズしました。
まぁ今は私のサイドかと思われたので。
「グプタだよ。美味しいモノが山のようにあるぞ。特に果物は旨い。海鮮も旨い。美食の国だからな」
攻め所を良く知ってるんです。ズルい。
「何の御用でしょう?」
「何。君らには簡単だよ。一人のたぶん娘だと思うが。人探しさ」
ちょっと目が泳いだのを私は見逃しませんでした。
「誰?」
「うむ。君たちに縁が無いわけでも無いんだよ。あのリヒタル戦役の時に行方不明になった王女。ヴァレリア・ケレブリン・リヒタスだ」
もうずいぶん復興されて人口も戻りつつあると言われるリヒタル。
けれどあの惨劇の時に美しい白亜の都は血に汚され多くの人が亡くなりあるいは行方不明になったと聞きます。
私が初めての魔法を発動した美しい都市国家。
その王室の遺児がグプタにいるとは。
まだ子供のはずですが・・・
「グプタ有数の学問都市。オッダンタプリに現れるというリヒタルの占いがあってね。それを君とリュティアで探して欲しいんだよ」
「なぜ私たちなんですか?」
「オッダンタプリに縁があるのはこの学院で二人。一人は君の親友のロザリンドだが彼女は修行で忙しい。それに少々デリケートな事を頼むのは向いていない」
たしかにロザリンドは何かを撃破するとかなら向いていますが。
「もう一人が考古学者の顔を持つリュティア。いやこの場合はリュトだ。そうなるとカモフラージュの意味からも君の同行が望ましいのでは?と思われたんだ」
なるほど。筋は通っていますね。
「これは魔導師ギルドを通した正式の依頼となるんでしょうか?」
「もちろん。依頼主はリヒタルの宰相の一族で大金持ちのギルサリオン・ファウンロド・リヒテル卿だ。報酬は任せてもらいたい」
リヒテルと名乗るのは王族に連なる一人だからでしょうか。それなら行方不明の王女を探すのも分かります。
リュトの派遣は決まっていてそれに同行するのなら。
それにしてもリュトが考古学者だったとは。様々な文明の歴史に通じているのは知っていましたが。
緑の髪のリュト。旅人ギルドのリュト。美しいリュティアが変身した姿。
私は少し考えて答えました。
「行きましょう」
学院長ゾシマ老もアイリスもホッと溜息をつきました。
イフィゲーニアは変わらぬ笑顔でそっと頷きました。
※※※※※
まだ夜の食事には間があるためかリュトは大学に着く前に少し寄り道をしました。
「ちょっと以前に調査した遺跡を見てみるね」
横道に逸れるととりわけ田舎っぽい埃だらけの道を進みました。
XX-9のキャノピーの中でなかったらちょっとしんどいと思いました。
弾力のあるタイヤと強力なサスペンションが良い仕事をして田舎道を穏やかに進みました。
しばらく行くと小さな集落があってリュトは駐車場らしき場所にクルマを停めました。
子供やヤギや仔犬が走り回る田舎。
何人かの子供たちは物珍し気にこちらを眺めています。
自国のクルマに乗っているとは言えいかにもな外国人が突然訪れたわけですから。
少し遠くでは何人かの大人がこちらをマジマジと見つめていました。
黒い顔に光る眼が強い警戒心を表していました。
リュトは屈託なく大人たちの方に気軽に歩いていきました。
一人の子供が人懐こくリュトに近づき私のこともジロジロ見てきました。
「ナマステ」
リュトが現地の言葉で挨拶すると子供も。
「ナマステ」
と挨拶を返しました。
私も同じ挨拶を返すと子供はニッコリと微笑みました。
そうこうする内に大人たちの所にたどり着きました。
リュトは帽子を脱いで挨拶すると共通語で話しかけました。
「村長さんはいるかい?」
「あんた誰だい?」
「私は20年前にサガルハワーの遺跡を調査したリュトって言う者だよ」
挨拶を交わした老人は私たちをジロジロ見てから。
「村長を呼んで来い」
と傍らの大人に言いました。
静かに立ち去った大人と共に奥から一人の老人が現れました。
「あんた。何となく見覚えがあるな」
「私も懐かしいよ。20年前にサガルハワーを調査したリュトだ。あの遺跡から出た杖はどうなった?」
「なるほど。あの杖を見つけた若い学者さんかい。こりゃ懐かしいな」
村長らしき老人は周囲の大人に説明しました。
私にはクトネシリカが心話で通訳してくれました。
いつの間にか子供が私の手を握っていました。
笑顔で微笑むと子供も笑顔を返してくれました。
※※※※
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