第52話 魔の森の主  正しき選択


ふわっと柔らかい無形の構えのロザリンドに対して足を前後に開きかかとを上げて右手を前。左手を腰に構えたジュヌヴィエーヴ。

私はそれだけで結果がある程度予想できました。

左をチラっと見るとソフィとマリア。二人の美少女が期待に満ちた表情で真剣に演武を見つめていました。

3回ほどのパンチによる効果的なフェイントの後でジュヌヴィエーヴが二回の蹴りに続き伸びやかな掌底での打撃を行いました。

ロザリンドは手を出さず全ての攻撃をフワリと流しました。

ジュヌヴィエーヴはロザリンドの道着をつかもうとしましたが伸ばした手を柔らかく外されました。

すかさず長身の挑戦者は下段の蹴りを連続して放ちましたがこれもフワリと外されました。

既に全力攻撃を連続で続けていた美少女は激しいタックルという捨て身の攻撃を行いましたが絡みつくようなロザリンドの両手は挑戦者の腕を逆に極めて制圧してしまいました。

タップの音が2回響き勝負は決しました。

お互いに礼を尽くす対戦者。

私たちは惜しみなく拍手を送りました。

「二人とも良かったよ」

身近で見たサアヤの言う通りでした。

パワーもスピードも技の精妙さ兼ね備わった見事な攻防でした。

「美しい闘いでした」

「お見事でした」

「私も頑張らなきゃ」

私たちの感想を聞いて二人の表情も厳しいものから明るいものに変わりました。

「ありがとう」

「まだまだこれからですけどね」

素直なジュヌヴィエーヴの言葉に対してロザリンドはまだ動き足りないような感じでした。

「反射神経も柔軟性も素晴らしかったわ。それに力も強いのね」

私の感想に新しい転入生は眼を輝かせました。

「ありがとう。あなたに追いつけるように頑張るわ」

「そんなのすぐよ。それよりこれ」

私は自分の研究ノートのコピーと古い魔導書の複製を差し出しました。

「これは!凄いわ!」

「喜んで貰えたようで良かった。素晴らしい演武のお礼よ」

むさぼるように私の研究ノートを読んでいたジュヌヴィエーヴは目を上げました。

「戴いて良いの?」

「もちろん」

「嬉しい。ありがとうチハヤ」

研究ノートと魔導書を大切そうにストレージにしまったジュヌヴィエーヴは私の両手を握ってきました。

私たちの会話の途切れるのを待っていたロザリンドは。

「私にもご褒美くれるよね?」

と笑顔で話しかけてきました。

相変わらず女子に対しての魅了のスキルが危険ですね。

「そうね。この次に考えとくわ」

私の言葉にサアヤもマリアもソフィもドっとわいていました。

クラリセ教授も笑顔でうなずいていました。

ロザリンドだけは少し不満気でしたけれど。



※※※※



ソフィの家での晩餐は素晴らしいものでした。

相変わらず商会選りすぐりの執事さんとメイドさんのサービスは完璧。

サリナスで入手した極上の貝類やエビやカニ。白身魚などの海鮮類や多様な果物。新鮮な野菜。雑穀類などを名人とも言えるシェフが素材を生かした料理に変えてくれました。

「チハヤと一緒に選んだのよ。シェフも腕の振るいようが無いと言ってたわ」

ソフィの言葉は全然自慢になってませんでした。

彼女のコネクションと財力で通常では入手困難な素材もたくさん仕入れたのです。

莫大なマナを生かしたハイストレージによって保管されたそれらは市場で入手した時のままの新鮮さを保っていました。

私たちはあの迷宮の氾濫を鎮めた経験値により格段にスキルが向上していたのです。

「先輩たちのスキルや能力には敵わないわ」

大きな一軒家を購入して暮らしているジュヌヴィエーヴも謙虚な感想を述べました。

たくさんの画像データが披露され来客を喜ばせました。

「サリナスって友好国なのに私何にも知らなかったのね」

サアヤの素直な感想がありました。

「やはりソフィの人脈と財力は凄いわね」

マリアの驚きはもっともでした。

「そう言えばマリアもソフィも卒業と同時にAクラスの賢者ね」

ロザリンドの言う通り。みんな本当に強くなりました。

Sクラスの教授たちとの差は年月が埋めてくれるでしょう。

「私はとりあえずチハヤさんの契約の儀式が楽しみ」

ジュヌヴィエーヴの言葉は全員が共有するものでもありました。

私もあの美しい黄金の龍との再会を楽しみに感じていました。

テイムと異なる召喚の契約。

確かに私も特別な興味を感じているのかもしれません。

強大なドラゴンロードの力をいつでも望む時に借りることができるならば将にそれだけで一国の軍隊にも匹敵するかも知れません。

カチューシャの上で輝くララノアは今晩も屈託なく笑顔をふりまいていました。



※※※※



そしてその日が来ました。

私はみんなを連れてあの想い出の森の不思議な石碑の前に長距離転移しました。

ほどなくリュティアとゴルウェン。アイリスも転移して来ました。

リュティアを守護する不死鳥グリーンジプシーと妖精女王ラストローズも。

こちらには私の大切な光のスプライト。ララノアと。ソフィのペガサスの疾風。マリアの鳳凰アキレウスと麒麟のペルセウス。ロザリンドのフェニックスであるリリスも揃いました。

そこに強烈な転移の光が輝きました。

眩しさの中。皆は美しいハイエルフと対面しました。

エルハンサの女王陛下の姪であるファロスリエンでした。

「ファロスリエン様」

「覚えていてくれたのね。チハヤ。今日はおめでとう。立会人として来たのよ」

長身の美しいエルフは嫣然と微笑みました。

しばらく皆で久闊を叙しているとまたもや巨大な転移の光が輝きました。

『とうとう来たか。その時が』

「ファヴニール」

美しく巨大でしかも強大な黄金の龍王の姿がありました。

『召喚の魔導を覚えたのだな。異界の巫女姫よ』

「はい」

『我には分かるぞ。渡る準備もできているのだな』

「はい。重力を操るグラヴィトン。空間を超えるフォトン。時を越えるタキオン。そして次元の扉を開くディメンション。

全て学びました。全て素晴らしい師や友人たちのおかげです」

『そして光のスプライトか。素晴らしい』

『私が光のスプライト。ララノアです。黄金の龍王殿には以後お見知りおき願います』

普段おとなしいララノアも見事に名乗りました。

『これはこれは。ララノア殿。こちらこそ以後お見知りおき願いたい』

巨大な龍王が小さなスプライトに対等の挨拶をしていました。

ゴルウェン教授がじっとこちらを見つめていました。

リュティアも儀式の魔法陣を描くのを忘れたかのようにゴルウェンとアイリス。二人の美しい魔導師に挟まれて立っていました。

「やはり儀式は行わないのね?」

愛らしいアイリスの唇からは思わぬ言葉が紡がれて集まってくれた友人たちを驚かせました。

「はい。集まって戴いたみんなにも龍王にもご迷惑だったかも知れませんが。私は素晴らしい龍王と契約する資格はありません」

龍王は何度か頷いてから心話で語りました。

『我と契約する能力があると言うことは契約する必要が無いと言うことだ。その選択は正しいのだろう』

落ち着いた美しい龍王の言葉に私はただ黙って立っていました。

『ララノアからも寛大な龍王に御礼申し上げます。私の主はまだまだこれから成長します。その運命をこそ祝って下さい』

ララノアがこんなに話すなんてね。

「私も寛大にして美しい黄金の龍王に御礼申し上げます。契約するよりむしろ時々語り合う友人にはなれないでしょうか?心よりお願い致します」

言葉の通り私は正式の礼をもって龍王に改めて拝謁しました。

『チハヤ殿。それではこの宝玉を受け取られよ。これは我らの友情の証にして汝れがこの魔の森の真の主たる証なり』

黄金の龍王はストレージより美しく輝く宝玉を取り出して私に授けてくれました。

『我はとこ永遠(とわ)にこの魔の森を守護するであろう。この森の真の主たる汝と我の友情にかけて』

「ありがとうございます。ファヴニール。私も命ある限り美しき宝玉を守ります。あなたと私の友情にかけて」

私の答えに龍王は莞爾として頷きました。そして最後の言葉とともに飛び去りました。

『ではしばしの別れじゃ。さらば』



「驚いた。召喚の盟約よりも良いではないか?まさか龍王との友情とはの」

ファロスリエンの言葉はむしろそれを予期した者のようでした。

「さすがにリュティアの囲い者じゃな」

ゴルウェン教授も美しい万華鏡の瞳を輝かせていました。

「チハヤらしいわ」

アイリスの言葉は簡潔でした。けれども全てを表現していました。

リュティアは黙ってハグしてくれました。

次々に転移する立ち合いの人々。

私はリュティアの香しい腕の中で未来を想い描いていました。



※※※※※



ティン・エレンの城の深奥の間で女王はトルキスタンの古い美酒を味わっていました。

そこに転移してきた美しき姪。ファロスリエン。

二人が似ていることが明るい室内で良く分かりました。

ファロスリエンの報告を聞いて女王は呟きました。

「さもあろう」

聖なる女王アグラリエルの瞳は遠い未来を映しているようでした。


※※※※※

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