第48話 魔の森の主  新しい研究生



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いろいろ考えさせられることが満載の資料を持って帰ることができました。

とりあえずはお土産を配って回りました。

マリアがしっかりマネジメントしてくれたのでお土産は皆に喜ばれました。

興味深かったのがエディスがヘルヴィティアの地図を非常に喜んで感謝していたことです。

さすがマリア。全ての教授たちの嗜好を把握してるんですね。

私は貴族の娘に生まれなくて幸運でした。とてもマリアのような能力はありませんから。

もちろんリュティアとリデルは珍しいヘルヴィティアの書物をとても喜びました。

たくさん買って良かったと思いました。

マリアも多くの書物を買っていましたが私は2冊だけ。

1冊は子供用の小型のヘルヴィティアの百科事典。

もう一つはヘルヴィティアの童話集です。どちらも子供向けで読みやすいのと小型でも中身が詰まっているのが良かったです。



最後にソフィの家で報告会をしました。

ロザリンドとソフィは私たちの旅をとても羨ましがっていました。

食べ物や飲み物のお土産は大層喜ばれました。

でも最も盛り上がったのは画像の映写会でした。

始めて見るヘルヴィティアの風景はみんなの興味を惹きました。

まぁ案外普通とも言えますが。

でも走行機械が多いとか。

魔導師が空を飛んでいないとか。

サリナスやヴァイエラのような魔導科学文明ではなくてアーネンエルベのような機械科学文明よりの国家であることが特徴と言えるでしょう。

機械科学文明よりの国家としては東のヘルヴィティアと西のアーネンエルベは代表的と言えるでしょう。

魔導科学文明は歴史と伝統がとても大事なのでどの国も育成に苦慮しているのです。

近年に力をつけてきた北方のムイ共和国は国を挙げて魔導科学を研究しています。サアヤの故郷ですね。

またフェニスはムイよりは進んでいますがサリナスやヴァイエラよりは遅れているので猛追している最中ですね。

マリアンヌちゃんの御父上が私のレナーティアーに興味を持ったのは当然なんです。

逆にエルフの国であるエルハンサとイスカネルは魔導は高度ですが機械科学は遅れているので魔導科学全体としては弱い部分があります。

これを動力の面から見るとヘルヴィティアは内燃機関と電動機関が主でありサリナスは魔導エンジンが主となります。

魔導エンジンの動力源は魔石や魔晶ですね。

内燃機関と電動機関は地下から採れるオイルと植物系のオイルが主となります。

他は風土によりますが太陽光とか風力とか水力とかですね。

魔導科学によるエネルギー利用は効率が良いんですね。

例えば冒険者が使うランタンですが最下級の魔石を利用したランタンでも2~3年使えます。

これは電力利用のランタンもオイルを燃やすランタンも比較になりません。

魔導科学にはこのような優位性があります。

また魔導科学の世界では転移があります。

だから飛行機械も一定の範囲内でしか速度を求めません。

どんな速度も急加速も転移には敵わないからです。

超長距離転移ができる魔導師は音の何倍もの速度で飛べる飛行機械を圧倒できます。

なので飛行機械は音速以下で自在に飛べる方が優れていると言えます。


だからサリナスやヴァイエラの軍では機械と魔導師が連携することに長けているのです。

ヘルヴィティアなどの機械文明のみが進んだ国の軍隊ではその連携が難しいんです。

だから世界はパワーバランスを保っているとも言えるのです。

皆はその現実の一端に触れたのですね。



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「現実の国々の事って難しいね」

ロザリンドも気づいたんですね。

「私たちももっと学ぶべき?」

サアヤの疑問はもっともです。

「学ばざるを得ないでしょうね。私たちもいつまでも子供ではいられないわ。しかも私たちは大きな力を得ているし。責任があるもの」

さすがソフィ。ソフィだってある意味軍事レベルの力があるわけですし。

今の段階で最も攻撃力や防御力が低いサアヤだって超長距離転移能力を生かせば国と国との争いに大きな影響を与えることができるのですから。

「ソフィはどこか知りたい国はあるの?」

世界の各国に別荘があると言われるソフィ。何でも知ってるように見えますけど。

「特殊な国を除いて最も知りたいのはサリナスね。あの国はいろんな意味で謎の国だしいろいろ厳しいのよね」

と意外な答え。

「そうなの?」

「サリナスにはもちろんウチの支店があるけど。ほとんど商業活動しかできないのよ。

深いところの知識は得られない国ね。いろんな意味で堅く守られた国ね」

面白そう。

「じゃ私と行ってみる?」

「良いの?あなたならリュティアさんのコネクションがあるからいろんな事が知れるかも」

珍しく私から誘ったのでサアヤとロザリンドは遠慮したようです。

我慢ができるなんて偉いわね。でも二人がムズムズしているのは鈍感な私にも分かりました。

マリアは優しく微笑んでいました。マリアの助言を私が早速実行したからですね。



そんなこんなでソフィと一緒にサリナスの事を勉強しました。

この予習がしっかりしてるのがソフィですね。

だから世界一のツアコンができるのね。

「サリナスは何から何まで他国とは違っているのよ」

ソフィの講義は楽しいんですよね。今すぐにでも教授になれそう。

「まずサリナス皇家が謎なんです。

男系の宮家が17あってその他に男系の公爵が5家あるの。そして女系の侯爵伯爵子爵が全部で70家あるの。

爵位のあるいわゆる貴族は他に一代限りの男爵と騎士爵があるわ。

それ以外に爵位を有する人は存在しません。例え国家の危機を救った軍人や政治家でも男爵以上にはなれない。

これが他国の貴族との大きな違いね。

宮家の男子には民間から嫁ぐ人もいるけど主に夫人になるのはこれらの爵位のある家からね。

男系男子以外は聖皇にはなれないから宮家の女子は爵位のある家に嫁げば爵位が上がるわ。民間に嫁げば子爵家が増えるわけ。

そしてサリナスに於いては宮家や爵位のある人たちは国家と聖皇と国民に絶対的に忠誠心があると言えます。

そのため宮家の方々や爵位をお持ちの方々は多くの場合官僚を監視監督する立場にあります」

詳しいですね。サリナスをファヴェルジェ商会がマークしていたのが良く分かります。

「これは長い歴史を有するサリナス皇家ならではの制度ですね。

しばしば官僚システムが国民をないがしろにして来たからの対抗策なわけです」

確かにヘルヴィティアではしばしば利権集団がせめぎ合って国民の利益は無視されていました。

「それだけに皇家の存在の深奥に迫るのは難しいのです。

軍も同じで国民への忠誠心は篤いんですね。

これはサリナスと諸国との大きな差になっています。

実はヴァイエラの聖王家はサリナス皇室の末裔なのです」

これは初めて聞きました。サリナスとヴァイエラは兄弟国家?

「しかしヴァイエラでは軍の忠誠心の根本は聖王家でありサリナスとはかなり違います。

まぁヴァイエラはサリナスより規模がかなり大きいんですけどね。

サリナスは国家と皇家と国民が三位一体という感じですけどヴァイエラはあくまで根本が聖王家なんです」

面白いわね。

「国民に違いはあるんですか?」

「サリナスは元々のサリナス人の他は新しくサリナスに忠誠を誓ってサリナス国民になった人々ですね。

でもヴァイエラはヴァイエラ地方の土着の人々の他にエルフやドワーフや獣人を含む様々な人々が元々の国民となっています。

そもそも聖王家が古代にサリナスから来た人々ですからね。人口もヴァイエラはサリナスの3倍くらいありますし」

ヴァイエラはイシュモニアと友好的な国ですからいろいろな情報が得られますけどサリナスは違います。

サリナスについてこのように詳しいレクチャーができるのは教授の何人かを除けばソフィとマリアくらいでしょう。

その意味でも私はかなり恵まれた環境にあると言えますね。



こうして私とソフィがサリナス調査旅行について計画と準備をすすめていると新しい研究生が私たちのグループに編入されました。

名前はジュヌヴィエーヴ。

出身は商業立国のソグド自由都市。現在はフェダイーン国の中央より東に位置していますね。

身長はソフィやマリアに近い157セール。

体重は40ダムと細身の小麦色の肌の少女です。

髪は明るい金色。瞳も金色です。おそらくほぼヒト族だと思います。

途中編入から飛び級で学生から研究生に進んだそうです。

学業は相当優秀ですね。また私たちのグループに入るということは実技も優秀と言うことになります。

アウターレイヤーは白魔導師らしい帽子と長衣。白に近い薄い紫色で金の装飾があります。

ミドルレイヤーはジャケットと膝までのスカート。ミドルブーツです。

久しぶりに歓迎パーティを開きました。

ソフィは忙しいのでマリア主催です。

基本装備は杖と片手剣。WLIDは腕輪だそうです。

実家は相当裕福な商会の理事メンバーと言う事です。その証拠にソフィと同じく一戸建ての家を購入して住んでいます。

侍女さんはマリアと同じく一人ということです。私とソフィが帰国したら彼女の家でパーティを開く予定となりました。

また私たちのグループに編入されるということは相当高度な知識にアクセスできると思われます。

つまり彼女の両親はソグドの有力商会の理事であるだけで無くソグド自由都市という国家の有力なメンバーであることが推測されます。

ただ私たちは迷宮の氾濫を制止した功績でAクラスを特例で得ていますがジュヌヴィエーヴは現在Bプラスとなっています。

恐らくは研究生終了に伴ってAクラスとなるのでしょう。

ジュヌヴィエーヴの現在の能力はサアヤと近い賢者であり満遍なく様々な魔導を操るようです。

そのため私たちが既にほぼ修了している魔砲についての研究がメインのテーマになっています。

これは私たちのグループに入る大きな動機でしょう。

これは学院側としても納得できるのでしょう。

また他の研究生に対して特筆すべき能力として情報収集と情報操作があるようです。

私も不得意な分野なので学びたいですね。



新しい研究生が入ったこともありソフィとのサリナス旅行の準備も進みました。

その中で実はソフィがエルフとのハーフである事が分かりました。

お母様がエルフだったんですね。

道理で美人なんだと思いました。

でも耳は殆ど普通なので分からなかったんです。

血統が外見に現れるか否かは確率の問題だそうです。

ソフィの場合は膨大な魔力やマナの総量に遺伝が現れたようですね。

ロザリンドも外見では全然獣人のクォーターと分かりませんからね。

私は100%のヒトなので少し残念だなぁと思いました。

逆にソフィはお母さまが結構偏食なのでエルハンサのハイエルフが肉も魚も食べているのが少しショックだったようです。


それはともかくサリナスへの視察旅行はソフィの計画によって行われることになりました。

さすがに優等生だけあって旅行の許可は簡単に降りました。

私はまたソフィの護衛役ですね。そこはマリアの時と同じです。

ただしソフィは防御力が高いですしサリナスは友好国な上に治安が抜群に良い国ですから私の出番は無いと思いますけどね。

ソフィはペガサスを連れて行きませんから私は移動手段としての意味もあるかもしれません。



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「マリアの時と同じような感じで良いよね?」

「え?」

「安全に帰る。

情報はしっかり持ち帰る。

知りたい事は調べ尽くす。

でしょ?」

「さすがね」

「わくわくするわ」

「私も。住んでた頃はサリナスのことなんか分からなかったもん」

「本当に私が旅の仲間で良いの?

リュティアさんなら凄い情報が得られるかもなのに」

真面目な表情のソフィ。少し背が高くてイシュモニアに来たばかりの頃の引っ込み思案だった私をマリアと一緒に守ってくれた人。

「当然。あなたの事は信頼してるもん」

ソフィは嬉しそうでした。

ミニスカで颯爽として現実社会でも活躍していて。素晴らしい私の学友。

「ではサリナスの首都アスカから始めるわね」

そこで私がソフィをハグして超長距離転移。

薔薇のような良い香りがしました。


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