第47話 魔の森の主 ヘルヴィティアのカタチ
食事の時にマリアと情報共有しました。
マリアが選んだお店で情報遮断の魔法を使いました。
この国にも普通に商店街の中に定食のお店がありました。
ちなみに商店街の中の貴金属店で金細工を売って滞在の資金を作りました。
その方がイシュモニアやヴァイエラの通貨を両替するより目立たないのですね。
「勉強が進んで良かったわね。
あなたが分析した4つのグループはそれぞれが利益共有集団なの。
そしてそれぞれの中にはいくつもの利益集団が混在しているのよ」
マリアが分かり易く整理してくれます。
「例えば軍は陸軍海軍空軍があるわね。
それらは実際には利益を共有できないの。
役割が異なるからなのね。海軍は人員や物資を運ぶ。
空軍は空から攻撃する。陸軍は土地を占領して支配する」
なるほど。
「例えばリヒタル戦役の時は海軍は殆ど動いて無いわね。
そして空軍と陸軍はそれなりに戦果はあったけど結局最終的には負け戦でヘルヴィティアが何かを得たということも無かった」
サリナスとヴァイエラの軍隊がヘルヴィティアの軍隊を追い払ったからですね。
「問題は戦争の結果ね。
ヘルヴィティアの海軍は戦果も被害も無かった。
空軍はリヒタルを破壊したという戦果はあったけどそれ以上に多くの戦闘機や攻撃機を消耗した。
陸軍は一番リヒタルの人々に巨大な被害を齎したけどそれと同じくらいの損失があった。
これを超長期的に見るとヘルヴィティアは負け戦だったけれど次かその次くらいにはリヒタルを完全に占領する足掛かりを得たとも言えるわね。
そう考えると必ずしも負け戦とだけ言えなくなるわ」
そういう考えもあるのね。大人って恐い。マリアが友達で良かった。私はやっぱり無知だもん。
「いずれにしてもヘルヴィティアの陸海空の軍隊が得たモノと失ったモノは全然違うのよね。
そしてそれぞれの中にも利益が大きかったグループと損失が大きかったグループがあるはずなのね。
つまり参加したグループと参加しなかったグループね」
複雑なのね。こういうのはマリアは良く理解してます。私は良く分からないんですけどね。
「だから4つのグループはそれぞれが一枚岩じゃないのよ。
例えば下院なら政党があるし」
分かり易い。さすがマリアね。
「何処にでも派閥があるの。
学閥もあるし閨閥もあるわ」
そういう面倒くさいところで生きてきたのがマリアなのだ。
旅の仲間に選んで良かった。
もしも純朴な庶民のサアヤが旅の相手だったら二人して途方に暮れただろう。
高位の人と付き合いのあるリュティアと同居していても私は庶民派ですから。
「マリア。教えて欲しいんだけど」
マリアは微笑んで美しい瞳をこちらに向けました。
「何でも聞いて」
「イシュモニアの魔導師たちって派閥とか無いように見えるけど・・・」
「それね。私も最初はちょっと驚いたけど今は分かるわ」
「どゆこと?」
「一人一人が強いからよ」
「?」
「自信があるのね。だからどんな時でも自分で判断できる」
「・・・自信があるから党派や派閥を作る必要が無い?」
「そういう事ね。意見の相違と党派は関係無いですから。
あのね。殆どのニンゲンって意見なんて無いのよ。
知識も無いし。知ろうと努力しないし。だから無知な人同士がより集まるの。利益集団として。それが派閥や党派ね」
ふむふむ。
「一人一人が強くて自信があれば意見とは事実を元に形成される。
つまり判断は利益では無く事実を元に為される。結果として利益集団を作る必要が無いわけ」
やっぱりマリアは凄い。
「それってヘルヴィティアの帝国会議は弱くて愚かな人の集まりだから間違うと言う事?」
マリアはにっこり笑顔でした。
「あなたはやっぱり優秀だわ。チハヤ。もう結論に届いちゃったね」
え?そうなの?それなら・・・
「ひょっとしてヘルヴィティアって間違った選択をしてきたのかな?」
「素晴らしいわ。だからリュティア教授はあなたを大事にしてるのね」
「わかんない。マリアって凄いね物知りで教えるの上手で」
マリアは繊細な指を口元にあててクスクスと笑いました。
「凄いのはあなたですけどね。でもありがとう。もっと何でも聞いてね」
「本当はヘルヴィティアは統一された時に軍を縮小すべきだったのね?だけど彼らは・・・恐らくヴァイエラとサリナス征服の野望を抱いてしまった・・・」
マリアはそこで難しい表情になりました。
「これはどうしようも無いのかも知れないわ。彼らは大国だし陸軍だけで決戦すればヴァイエラとサリナスの連合軍にも勝てる。それは疑いの無い事実。
だけど実際は全く彼らには歯がたたない空軍が両国にはあった」
「だからヘルヴィティアはその状況を逆転したくて科学技術と軍事偏重なんですね」
マリアは難しい顔のまま頷きました。
「その通りだと思うわ。私もそこが知りたかったの」
マリアもこの国を見たかったんですね。
「でもこの国って案外子供たちは幸せそうですよね」
「そうね。4つの上位の階層に入りたい子供たちは目標があって良いかも。
でも女の子はどうかな?多くの女の子たちは4つの階層に入るより安定した安全な生活とか愛する人との安心できる暮らしを望むのではないかしら?」
なるほど。確かにそれはありますね。
イケイケの軍部の男性の奥様たちも旦那様の出世や軍の勝利よりも安心とか安定を望んでいるのかも。
特に自分の子供に対してはやっぱり安全を望みますよね。
「やっぱりマリアは凄いわ」
「恥ずかしいわ。ヘルヴィティアを憎むのでは無くて知りたいと思ったあなたが凄いのに」
まだまだ勉強すべき事が多いですね。私は未熟だから。
「あんなに強くなったら普通はそこで思考停止しちゃうのに。リュティア教授の気持ちが分かるわ」
マリアに感心してもらって嬉しいけど。でも本当はそんなじゃ無い。
ただ私が無知なだけ。
「私何にも知らないから・・・」
「それが分かるのが本当の知者よ。私もそうありたいわ」
マリアは満足そうでした。こんなに物知りなのに謙虚なのね。
思ったより美味しい食事ができたので目立たないホテルを選んで泊まりました。
私たちは食べ物や飲み物はストレージにあるのでたっぷりおしゃべりできました。
マリアは本当に飾らない人で貴族さまの出身とは思えないですね。
謙虚なお姫様はヴァイエラに帰っても人気爆発しそうですね。
二人で1部屋なのに全くストレスがありませんでした。
その事を言うと。
「恥ずかしいわ。あなた達みたいな優秀な人とグループじゃ無かったら。
私天狗になってたかも知れないもの」
「確かに私はともかくサアヤもソフィもロザリンドも優秀よね」
するとマリアは私の顔をマジマジと見て言いました。
「あなたの事が良く分かったことだけでも今回の旅は価値があったわ」
「え?私はわかんないよ・・・」
マリアは真面目な顔で言いました。
「いつかソフィと旅してあげて。あの子もそれを望んでるわ。私には分かるの」
「そうなの?じゃぁ研究生のうちが良いわね。楽しいかも。ありがとうマリア」
※※※※
本当に凄い音楽家は自分の演奏の価値を良く分からないと言いますが。
このチハヤという少女は本当に若いのに素晴らしい人だと改めて分かりました。
私もお陰で多くの事を学ぶことが出来ました。
それはある意味でもっともっと多くを学ばなければならないという事ですが。
私は今回旅の仲間に選んでもらった幸運を何度も神に感謝しました。
あの優秀なサアヤが一緒にいたがるわけですね。
そして知性の塊のようなリュティア教授が可愛がる気持ちも良く分かりました。
永いイシュモニアの歴史の中でチハヤと同じグループにいる私たちは特別な存在と言って良いでしょう。
さて。
今回の旅の目的だったチハヤの疑問も多くが解決したようです。
私は彼女の残りの疑問を解決できるように務めましょう。
※※※※
二日目は首都ダルカンの市場見学です。リュティアも市場を見ればその都市が分かる。
特に首都の市場はその国を学ぶ良い場所だと言っていました。
まぁ食いしん坊なので。
それはともかくハイディングしないで様子を見ることができるのは気楽で良いですね。
ダルカンの中央市場は巨大でした。
また科学技術が発達した国らしく冷蔵や冷凍の技術もあり産物のバリエーションもなかなかでした。
ヘルヴィティアは南北に長い国です。南はほぼほぼ赤道です。北はほぼヴァイエラに接しています。
つまり基本はかなり温暖であり農業は進んでいますね。内陸部では牧畜も盛んです。農産物は輸出しています。
北側の河川流域には工業地帯が発達しています。
海岸線も長いので海産物もかなり豊富です。
ヘルヴィティアの基準で豊かな階層は物質的にも満ち足りた生活ができるようです。
ただ魔導科学はレベルが低い感じですね。
リュティアは文明を測るには情報量とエネルギー量と民度を見なさいと言っています。
ヘルヴィティアは魔導に関する情報が少ないですね。
またエネルギーの利用には無駄が多いと思います。
民度は真面目でなかなか高いと思いました。
つまりサリナスやヴァイエラを打倒するにはまだ国力が足りません。
しかし発展の余地はあり目覚ましく発達している部門もありますから油断はできないと言えるでしょう。
人々はイシュモニアやサリナスやヴァイエラやフェニスに較べてしまえば劣りますがそこそこ幸せと言える生活をしているようです。
案外貴族層や上位の官僚の不正が少ないようなのは良い傾向ですね。
図書館で分かった事ですが一部の知識人層は戦争には否定的と思われます。
それは帝国議会の一部に反映されていますがまだ主流派では無いようです。
非戦派が主流になるのと戦力がサリナスとヴァイエラを圧倒するのとどちらが先か?難しいところです。
それは主に空軍力の発達にかかっていると言えるでしょう。
首都ダルカンの中央市場を見学して良質な農産物を入手できたので今度は商都ルベルに跳ぶことにしました。
商都ルベルはまず中央市場から見学しました。
ここは北の工業
西の鉱業
南の農業
中央の牧畜
東の漁業
これらの全ての流通をコントロールしている皇帝の直轄領でもあります。
なのでかなり上質の牧畜関連の産物や漁業関連の産物も入手できました。
後は著名なルベルの銘酒を購入してお酒を呑む教授たちへのお土産にしました。
また大きな書店を見つけたのでイシュモニアなどでは珍しいヘルヴィティアの地理に関する本を何冊か買ってこれもお土産にします。
リュティアやリデル館長は喜ぶでしょう。
またトリシューラ山脈の東側(ヘルヴィティア側)に於ける神獣の分布を調べた書物があったのでこれもゴルウェン教授たちへのお土産にしました。
クラリセ師匠の好きそうな変わった武器も購入しました。
お土産を購入しながらマリアは物産のデータを作り流通の記録をとってくれました。
これはまさに土産話の最高の資料ですね。
中央市場で重要な情報を集めた私たちは一般庶民が気兼ねなくおしゃべりできる居酒屋のような店を探して張り込みました。
ひそひそ話をする者。
声高に自分の商売の話をする者。
様々な情報を感覚増幅した私たちに齎してくれました。
ヘルヴィティアは基本的には大陸国家であり案外とセキュリティーが甘いところがあります。
戦争で攻められた経験がありませんし魔導科学に関して遅れているのでスパイに対する警戒も薄いところがありますね。
しかし予想に反して一般庶民は案外幸せに生きている国だなと感じました。
もちろんサリナスやヴァイエラやイシュモニアと較べれば税金は重いのですがそれも慣れるというところがあるようです。
一部の働けない人たちや何らかの大きな借金を背負った人たち以外は案外と幸福そうというのが実態でした。
この旅行の結論としては一部の目覚めた人々や戦争で被害を受けた人以外は帝国の政策の間違いには気づいていないこと。
そしてその結果として子供たちは疑い無く決められた進路のいずれかを選んで努力している感じでした。
戦争の好きな愚かな国家の国民もそれほど不幸では無いという感じです。
おかしな宗教にやられた国や法律で雁字搦めの国よりはましと言う感じです。
もちろん戦争で被害を受けた人たちは悲惨です。ただ戦死した人の子供たちには救済措置がありました。
もう一つヘルヴィティア帝国について重要な事があります。
イシュモニアでもサリナスでもヴァイエラでもフェニスでも。
ヒトもノームもエルフもドワーフも獣人も誰でも幸福に生きる道がありました。
けれどもヘルヴィティアではヒト以外の種族を奴隷のように売り買いすることが認められています。
つまりリュティアやアイリスやイフィゲーニアはヘルヴィティアでは決して幸福に生きられないということです。
これは私にとっては非常に重要な事実でした。
つまりこの国では私も幸福に生きられないということだからです。
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