第46話 魔の森の主  マリアとの外遊



マリアは外遊の許可を簡単にとってくれました。

私はマリアを護衛して緊急の際には超長距離転移で脱出するのが役目です。

さすが伯爵令嬢は信用がありますね。

仲間にも内緒にしました。

皆が一緒に行きたがったら大変ですから。

その代わり戻ったらいろいろお話しましょう。

「あなたの気持ちは分かっているけど。でも当ててみましょうか?」

?謎のようなマリアの言葉。

「第一に安全に帰還する。

第二に知りたいことは明らかにする。

第三に皆と共有できる情報やデータを持ち帰る。

どう?当たり?」

マリアが賢いのは分かっていました。

「さすがね。やっぱりあなたは素晴らしいわ」

お姫様らしい美少女は薄っすらと頬を染めました。

「ありがとう。あなたに認めてもらえて光栄だわ」

正面から見つめる艶やかな瞳の輝きには気圧される人も多いでしょう。

「こちらこそ。私のわがままに付き合ってくれて嬉しいわ。やはりあなたで良かった」

私が編入学して最初にできたお友達。

いつもそれとなく気遣ってくれた気品ある少女。

自分が貴族なのに上から目線が大嫌いな少女。

サアヤが転入して来た時も誰よりも気遣っていた人。

彼女に何をプレゼントするかソフィと一生懸命相談していました。

マリアの優しさと気高さは良く知っています。

それでいて学問にも真摯でイフィゲーニアを度々感心させていました。

きっと良い旅の仲間になってくれるでしょう。



※※※※※



チハヤと二人旅。

楽しいですね。

空の旅。大きな猛禽類がゆったりと飛んでいる横をスイッ~と。

『マリア聞こえてる?』

チハヤの心話。小さな声?ですけど良く聞こえます。

『聞こえるわ』

『あのイヌワシ。私の事を認識してる。ハイディングのマントしてるのに』

『そうなの?』

『不思議よね。リュティアやアイリスと同じ。何で分かるかなぁ。凄いマントなのに』

確かに不思議だけど。でも誰にも認識できなかったら困るよね?例えば遭難した時とか。

『それより気持ちいいわ。あなたとの旅ってこんなだったのね』

『そう?良かったわ。あの丘で少し休んだら次は転移するわね』

『了解』

いろんな気流を感じて空の旅も良いけど。

チハヤの遠距離転移ってどんなかな?

遠くに街が見える。

ふわっと降りました。丘の上に。

ハイディングのマント。素晴らしいわ。あの鳥はチハヤを好きだったのね。

魅了のスキルがあるから?私もチハヤを好きみたい。だってマントを羽織ったあなたが見えるもの。

私もリュティア教授やアイリス教授と同じね。

始めて会った時。小柄で賢そうな可愛い子だったわ。

今も小柄で可愛いけど。本当に賢いのはもう知ってる。

小さい頃からエリクサーやアムリタを作ってた。

本当の優等生。本は読むけどあんまり勉強はしない。凄い子。あなたと競えて私は成長できた。ありがとうチハヤ。

そして。あなたは言わないけど私の為に努力してくれた事を私は知ってる。私が知ってるのも内緒ね。

賢くて可愛いチハヤ。良い旅にしましょうね。



※※※※※




「ここで良いの?マリア」

「素晴らしいわ。大き過ぎない図書館。セキュリティも緩いし」

首都ダルカンの郊外の図書館。まずはここで情報収集。

「適当に興味のある本を読みましょう」

効率を考えて二人は別れて行動開始です。

ある国を知りたい時。何を調べれば良いでしょう。

リュティアは言ってました。

「もしも子供が幸せだったら。

その国は良い国だと言えるわ。

何故なら子供が幸せという事はその親も幸せということだから。

もし若い2世代が幸せなら当然その上の世代も幸せなはず。

つまり子供が幸せなら。その国は良い国よ」

私も全く同感です。

なので子供の事を調べることにしました。

まぁ私自身もギリ子供の範疇(地球年齢で13歳)かもですし。

で。まず子供が読むような本を調べて見ました。

すると・・・

その内容は私たちの国々の子供たちが読むものと全く違う事が分かりました。

私たちの国々ではそれぞれの地域の伝承や歴史を踏まえた様々ないわゆる童話を子供たちが読みます。

ところがヘルヴィティアでは不思議より論理。

天使より科学者。

旅人より武人。

優しい少女より強い少年。

自然より鉄の武器。

そういう物語を読んでいる事が分かりました。

これならば確かに子供たちは魔導師ではなく軍人を目指すのだろうと思われました。


次に知りたかったのは社会階層の構成です。

ヘルヴィティア帝国の元首は皇帝のシュテファンⅡ世です。その下には4つの勢力があります。

第一のグループは皇帝の親族を中心とした貴族の人々。

第二のグループは軍事国家として陸海空の軍人たち。

第三のグループは政府の大臣たち。

第四のグループは帝国議会の議員たち。

この4つのグループが国家の根幹となる集団であり階層です。


まずこの国では領地を持った世襲の貴族はいません。

すべての貴族は帝国から公費をもらって生活しています。

つまり叙爵に関しては皇帝の思いのままであり全てが皇帝に対して絶対の忠誠を誓う人々です。

少なくとも表向きは。

次に軍人たちは完全な実力主義です。これに関しては皇帝の心証なども全く関係ありません。

強いなら上位になり弱ければ出世できません。

彼らは皇帝へと言うより帝国という国家と軍に対して忠誠を誓う人々です。

完全に公平な実力主義なので特に貧しい家の子供たちは第一に軍人を目指すと言えるでしょう。

層も厚く高い能力の人々が集まる階層です。

もちろん表向きは皇帝イコール帝国ですから皇帝に対する忠誠もあります。

第三の国家官僚のグループは第四の帝国議会の議員から選ばれて着任します。

当然国家と皇帝への忠誠が完全な人々です。表向きは。

さて第三の階層の母体となるのが第四の帝国議会の人々です。

彼らは任命制の上院と選挙で国民全体から選ばれる下院からなっています。

上院は貴族と軍人つまり第一と第二の階層から特に有能な人々と全国民の中から特に皇室が認めた有能な人々によって構成されています。

この上院議員は割と誰が見ても有能な人々です。つまりその意味で公平に選ばれた人々です。

当然帝国への忠誠心は絶対ですし表向きは皇帝への忠誠心も揺るぎません。

下院は全国民から公平な選挙によって選ばれた人々です。

彼らは多くの人々の支持を集めたわけですから当然帝国の為を思う人々です。

しかしこのグループだけは皇帝あるいは皇室への批判勢力となり得る人々でもあります。

皇帝の存在が帝国の為になっている場合は忠誠心がありますがそうでない場合には一気に忠誠心が低下します。

つまりこのグループは帝国の国民一般の心情をリアルに反映する人々です。


これら上位の階層に対して圧倒的に多数の国民が属するのが商業工業農業漁業などで実際に働く人々です。

この国では働かない人々はほとんど存在しません。

上位の貴族の階層でも外交に携わったり官僚の不正を摘発したりと何らかの仕事をしています。

なので国民は非常に勤勉です。

勤勉で真面目な人たちの国がなぜ諸国に迷惑をかける軍事国家になってしまうのか?それこそ今度の外遊で最も知りたいことでした。

まず実力主義の国家ですから上位の4つのグループの中にいる人々は常に実績を挙げたいと思っています。

軍人である人々は軍事的実績を挙げて今より上位の地位に就こうと考えます。

国家官僚は国を富ませて多くの予算を確保しようと考えます。

議員たちは自分の発案で国家の為になる法案を成立させたいと考えます。

貴族の人々は軍にしろ官僚にしろ勝ち馬の側に乗ろうと考えます。

先年サリナスの第三皇女を攫おうとした事件は勝ち馬のはずの皇室の第二皇子が懸想した結果の出来事でした。

リュティアのお陰で未然に防がれましたが成功すれば血筋の良い美しい皇女を得た皇子の威勢は上がったでしょう。

そしてその皇女が多くの子を成せば大成功だったわけです。

だから皇女の母の皇妃はある意味一介の魔導師に過ぎないリュティアに頭を下げたのです。

リュティアは皇女を守ったのみならずサリナスの威権をも護ったからです。

その直後に起こったリヒタルへの侵攻も同様です。

今の地位に満足していない人々は皆実績を作って出世したいわけです。

だから軍人の人々は勝てる戦争を勝てるやり方でやろうとします。

するとリヒタル戦役のように弱い国を圧倒的な戦力で攻めようとなるわけです。

幸いなことにリヒタルにはサリナスやヴァイエラあるいはイシュモニアのような軍事的に強い国が同盟国としてありました。

だから王室は壊滅的にやられましたけれど何とか国土は奪還できたのです。

オーラーツェンやカリストも大きく国境線を削られましたがこれ以上のヘルヴィティアの軍事攻勢を許さない外交的状況を構築できました。

今は世界がバランスをとっている状態ですから逆にヘルヴィティアの出世したい人々は大きなストレスを抱えているでしょう。

特に問題なのは軍事に携わる人々です。

軍事に於ける実績とは戦争に勝つことです。

戦争に勝つには二通りの方法があります。

第一は攻撃して土地を(あるいは何かを)奪うこと。

第二は防御して敵の攻撃を防ぎきることです。

ヘルヴィティアは軍事強国です。

どんな国もヘルヴィティアを攻撃しようとはしません。

なので第二の意味での戦勝はありません。

彼らが実績を挙げるのは常に第一の戦勝だけなのです。

私はこの現状を図書館ではっきり認識できた為にまたヘルヴィティアの軍隊が何処かの国を攻めるのでは無いかと考える事ができました。

優秀で出世したい人々が軍事部門に大勢いるからです。

そもそもヘルヴィティアは18の地方と言うか地域国家が合併して形成された帝国です。

合併と言うと言葉はきれいですが要するに戦争に勝った地域が他を併呑したわけです。

その過程の全ては戦争であり人の血が流れたわけです。

その統一戦争の際に成立したのが現在のヘルヴィティアの軍事部門です。

国家が統一されて治安も安定し役割が薄くなったのに存在し続けている強大な軍事部門がこのヘルヴィティア帝国と言う国の方向性に大きな影響力を持っているわけです。

規模を縮小しようとすれば反発を招くのでできないからですね。

今でも充分に過剰と思えるのは私が外国人だからでしょう。

彼らの本音はサリナスやヴァイエラを打ち破る強国になってそれらの小国を併呑し世界に覇を唱えることですから。

リュティアの言っていた“歴史的に成立した”とはそういう事ですね。

今の現実だけを見れば現状維持だけできれば充分なのにそれが許されない歴史的根拠があるわけです。

哀れですが国民の多くは現実に対して盲目ですから変われないんですね。

変わり難くしているのが国家の統一を支えた体制です。

同朋の血で贖った帝国なのでそのまま膨張を続けたい。

成功体験があるから体制を変えられない。

恐ろしいことです。


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