第45話 魔の森の主  幸せのカタチ


リュティアに習った古代の歌を歌っていました。

キタラを鳴らしながら。

良い月夜でした。

青と黄の二つの月が微笑んでいました。

不意に声が重なりました。

私の声にリュティアの声が。

振り向くとリュティアが微笑んでいました。

しばらくデュエットしました。

古い古い恋の歌。

私のキタラにリュティアのマンドリンが重なりました。

爽やかな風が吹いていました。

歌声と共に満天の星が輝いていました。

木々の花々から良い香りがしました。




※※※※



「リュティア」

「なあに?」

いつもの笑顔でした。吐息まで香しいリュティア。

「私知りたいんです。国々のことです」

リュティアの瞳は深い叡智に満ちていました。

「国々の何が知りたいの?」

「サリナスには皇室があります。ヴァイエラには王室があります。

グプタ帝国も皇帝陛下と多くの貴族がいます。

ヘルヴィティアにも皇帝がいますね。

でもムイやイシュモニアには王室も皇室もありません。

私はフェニスを見て来ました。フェニスは人々の中から選挙で議長や議員や政治家を選びます」

リュティアは静かに聴いてくれました。

「サリナスの人々は皆幸せそうでした。

でもイシュモニアの人々もフェニスの人々も同じく幸せそうです。

なぜ国の姿は異なるのでしょう?

どんな国に生まれた人が幸せなのでしょう?」

リュティアは美しいオッドアイを閉じて美しい顎に親指をあてて考えました。

そして目を開き。静かに語りだしました。

「難しい問題だわ。

まず何が人にとって幸せか?という問題があるわ」

私もリュティアの言葉を逃さぬように聴きました。

「次にどの国に生まれるかによって人の幸せは決まるだろうか?という問題があるわ」

リュティアは私の眼を正面から見ていました。

「そして何故国々は異なった姿をしているのだろうか?という問題があるわね」

リュティアの言う通りでした。

私の子供っぽい問いは3つの問いからできていました。

「まず3つ目の問題。国々の姿はなぜ異なるのか?

それはそれぞれ異なる自然環境があり異なる歴史があるからだわ。

自然環境は異なる文化を育てやがてそれは異なる文明に成就していきます。

異なる人々による異なる歴史の結実が異なる文明とも言えるわね」

リュティアの言葉はとても論理的でしたから私にも理解できました。

「つまり国の姿とはある意味でその国の文明そのものだと言えるわね。

文明が異なるから人々も異なるのか?それとも人々が異なるから結果として異なる文明を形成するのか?

これは個別具体的な問題ですから一つ一つデータを集めて検討すべき問題ね」

リュティアの声はいつもの授業の時と同じく明晰でした。

「次に2番目の問題。どの国に生まれるかで人の幸せは決まるか?

今はある程度どの国でもある程度の人口の流動はありますから個別的には自分に合う国に移住することができるわね。

でもあなたが疑問に思ったのはその事じゃないわね。

例えばそれはヘルヴィティアに生まれた人々は幸せなんだろうか?ということでもあるわね。

戦争ばかりして多くの国々に迷惑をかけている国の人は幸せなのかしら?

私もとっても興味があるわ。でも逆に見ると国民の多くが満足していないとしたらなぜ戦争を続けられるのだろう?

という疑問が生まれるわね。そこで第1の問いにも関わるのだけれど人の幸せとか満足とかの本質は何だろう?

と言う問題に突き当たるわね。つまりヘルヴィティアの国民は私たちの基準で幸せでは無いかも知れないけれど何等かの形で自分たちにあるいは自分の国に満足しているのかも知れないということね」

私は思わずそこで質問してしまいました。

「つまり私たちとヘルヴィティアの人々の“幸せ”は異なるという事ですか?」

「そうね。その可能性は充分にあるわね」

「そしてその“幸せ”の違いこそが文明の違いの本質に通じている可能性がある・・・」

「鋭いわね。さすがね」

「難しいんですね。私もっと勉強しなければ。また教えて下さい」

リュティアはにっこりと笑顔でした。

「私はまだ何も教えていないわ。あなたの疑問を整理しただけよ。私こそ勉強になったわ」

私は個人としての人間の事。集団としての人々のこと。その歴史のこと。

結果としての文明の事を思ってクラクラしました。

そして思わずリュティアにしがみついてしまいました。

「考えるのは素晴らしい事だわ。だから私たちはあなたを信頼しているの」

思わぬ言葉でした。

「え?」

優しい笑顔のリュティアは私を静かにハグしてくれました。

「本当よ。学ぶ心。物事の本質を知りたいと願う心のある人は決して悪には染まらない」

私は何故か泣きながらリュティアに縋り付いていました。

多くの人々の悲しみと多くの無念な最後を思って。

何かの予感を振り払うように。




※※※※※




リュティアとの問答で得た疑問は日に日に膨らんで行きました。

そしてどうしても興味を抑えられなくなっていました。

それはヘルヴィティアの人たちへの興味でした。

彼らは近年でもオーラーツェンとカリストの領土に侵攻し2国の領土を削り取りました。

またリヒタルを攻撃して殆ど壊滅に追い込みました。

そしてグプタの領土にも何度も侵攻を企てています。

私はヘルヴィティア旅行をしようと考えました。

そこに行って見なければその人々の事は分からないと思ったからです。

でも私はレナーティアーの件があって国外での行動については逐一報告を義務付けられています。

そしてもしも国外に行くなら研究生の誰かと行かなければならないでしょう。

誰が良いのか?ソフィの家でのお食事会の時に考えました。



まずロザリンドは派手過ぎます。

戦闘力は高いですがハイディングはほとんど考えていませんし。

慎重に隠密行動ができる人が望ましいんです。

ソフィも厳しいですね。

賢くて物知りなのは良いですけど。

行動の全てが宣伝になるような人ですから。

となるとチハヤかマリアです。

二人とも器用ですからハイディングも得意です。

マリアは上流階級らしく知識や教養が豊富なのが良いですね。

沈着冷静なのも良いです。ただし貴族階級の御令嬢ですから私と冒険したのが知れたら大騒ぎになるかも知れません。

やはり無難なのはサアヤでしょうか?

サアヤは私の願いを聞けば二つ返事で賛成してくれるでしょう。

でも私はマリアだってきっと行きたいだろうなと思いました。

貴族の御令嬢で常に安全な道を歩んで来たマリア。

テイムした神獣がマリアを守護する鳳凰と麒麟である事にもそれは表れています。

けれど地理や歴史の教養が豊富で常に世界各国の情報を集めているマリアも実在の彼女です。

私はマリアと二人きりの時に私の考えを打ち明けてみようと思いました。




ソフィの家でのお食事会の次の日。

私はマリアの家を訪ねました。

とても歓迎してくれました。

ヴァイエラ風のお米中心の美味しい食事のあと。

マリアは私が見た事の無いデザートを出してくれました。

「お箸で食べてね」

小さな器に盛られたデザートは黒い液体の中に透明な麺状のものが入っていました。

「!美味しい!」

にっこり笑ったマリア。

「甘くて冷たくて。ツルツルしてるのね」

「気に入った?」

「とっても」

「これはね。葛切りというのよ。ヴァイエラでは暑い時に良く食べるわ」

私を驚かして上機嫌のマリアに私の考えを打ち明けました。

どうしてもヘルヴィティアに行きたいことを。その為の同行者を探していることを。

少し俯いて考えていたマリア。

そして顔を上げて私をまじまじと見つめました。

「嬉しいわ。私に打ち明けてくれて」

「あなたはお嬢様だし。無理だよね・・・」

私はマリアの真面目な顔を見て断られる事を予想していました。

けれど私の予想は良い方向に外れてしまいました。

「嬉しいわ。是非行きましょう。私あなたがサアヤと冒険した時とても残念に感じていたの」

想いもよらない言葉でした。

「それに私もヘルヴィティアの事を知りたかったのよ」

「そうだったの!」

「えぇ。私も見てみたいわ。幸いあなたと私なら高度なハイディングも使えるし。そうね。

首都のダルカンと商都のルベルを見ましょう。ここで運が良かったのは私ならあなたの疑問にある程度応えられることね」

マリアはヘルヴィティアの事をある程度知っているようでした。

これは都合が良いですね。全く分からない二人では理解するのに多くの時間がかかるはずですから。

「私は教養として知っている事もあるし。貴族特権でグランドマザーの特別なデータにアクセスできる事もあるし。

あなたの旅の仲間としては好適なはずだわ」

「あなたに打ち明けて私は幸運だったみたい」

「幸運の髪飾りのお陰かもね」

マリアは上品に微笑んでくれました。

美しく賢いマリアの笑顔は私を安心させました。


※※※※※※※

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る