第44話 魔の森の主  魔砲の魔導書


図書館に行くと。

リデルが難しい顔で古い魔導書をコピーしていました。

しばらく彼女の作業を見ていました。

リデルが眼鏡を外して一息ついた時にご挨拶。

「御機嫌よう」

「御機嫌よう。待っていてくれたのね」

「はい。古い本ですね」

しなやかなポニーテールをふわりと振ってリデルは応えました。

「昔の大魔導師の魔導書なのよ。魔導書って言うより錬金学の本かなぁ。

結構コピーが大変だったの。あなたは・・・興味無いかなぁ?」

「魔力を込めるのが大変だったんですね。どんな内容ですか?」

リデルはオリジナルを大事そうに最高級のセーム革にくるんでコピーの方を私に差し出しました。

「読んでみる?」

「はい」

リデルは私がページをめくるのを面白そうに見ていました。

内容は古代の技術の書。魔砲の魔導書でした。

「魔砲?」

「あなたみたいに強い人には関係無いかもだけど。技術としては面白いわよ」

レナーティアー抜きでの強さを求めていた私にはとても興味を魅かれました。

「読むなら貸してあげる。・・・あなたって・・・」

「えっ?」

「ううん。何でも無いわ。じゃぁ研究頑張って。成果が出たら教えてね」

リデルは言うだけ言って奥の書庫に入ってしまいました。

魔砲。面白そうです。



※※※



銃砲は古代に戦争や狩猟や護身の為に発達しました。

今でも陸上型戦闘機械や戦闘艦艇。あるいは戦闘飛行機や武装飛行艇などに様々な銃砲が装備されています。

また小型の物や携行できるものは多くの国で一般の兵士に供与され戦場で使われています。

魔導科学に関して劣っているヘルヴィティア帝国の軍隊は銃砲類を基準にして構成されています。

しかし魔導科学の発達した国々では。例えばイシュモニアでは銃砲の代わりに魔砲が使われます。

銃砲は弾薬が必須でその装弾数により戦闘継続能力が確定してしまいます。

しかし魔砲の場合は魔導師のマナの量によっては無限とも言える戦闘継続能力が確保されます。

魔砲の利点の中で大きいのは魔導師の魔力消費を低く抑える事です。

魔導師の多くは攻撃魔法に自動追尾の付加を行いますが魔砲の場合は砲が追尾の付与をする事が可能なのです。

そうなると魔導師は攻撃魔法を発現することに集中できます。

魔法発射のタイミングも砲の操作でコントロールできますのでこれも魔導師の負担を軽減できます。

魔導師にとっては良い事ばかりです。

しかし同様なことは弓や弩でも実現できます。

付加魔法によっては刀や剣や槍でも実現できます。

魔法とはイメージを実現する事ですから多くの魔導師は魔砲を選ばなかったのです。

要するに弓や槍や剣のがかっこいいからですね。

しかしリデルに借りた魔導書に書かれた魔砲はちょっと変わっていました。

一般に魔砲は自動追尾の付加と威力増大の付加を行うものですから大型のものになりがちです。

これは大きな魔晶を使うからですね。最低でも杖と同じくらい大きくて重さもそこそこのものになるわけです。

ところが魔導書に記された魔砲は違います。

まず小型で軽量です。

その代わり威力増大は諦めています。

この魔砲は威力のある攻撃魔法を連発できる魔導師でないと無意味です。通常の銃砲に劣ることになってしまいますから。

自動追尾も軽い付与です。

魔導師同士の戦いなら距離さえあれば防御や回避の手段はたくさんありますからこれで良いのです。

武術家相手の戦いなども最初から考慮されていません。

魔獣や普通の軍隊が想定される敵です。

その代わりに二つのモードが加えられています。

一つは散弾モード。

一度に10か所を攻撃できます。

これは便利ですね。

銃砲の散弾と違ってある程度の追尾もしてくれるのが良いんです。

もう一つは狙撃モード。

大型の銃砲や弓矢で狙うような超長距離を攻撃できるモードです。

これは視力増強を自動で行ってくれる便利なモードです。

モード切替はイメージ操作です。

つまり小型軽量で便利ですが強力な攻撃魔法を連発できて尚且つイメージ力の強力な魔導師専用の特別な魔砲ということです。

ある意味私にピッタリです。

というか私のグループの人たちはそれなりに興味を持つと思います。

なのでまず私が私にとって使い易い魔砲を作ってみようと思いました。




※※※※※




魔砲の作成にはかなり時間がかかりました。

私の場合はリュティアという優秀な錬金学者が一緒にいるという大きなアドバンテージがありましたが。

また私の場合レナーティアーのエネルギーを流用できることも分かりました。

けれど基本的な目的はレナーティアー無しでの戦力アップです。

ネイキッドでどこまで強くなれるか。

それが私の最近のテーマです。

魔砲の作成でそのヒントの一つが見えてきました。


もう一つの方法論は地味で辛い地力の強化です。

シャラザール老師の迷宮で。

あるいはリュティアと模擬戦をして。

ネイキッドでの強さの増大を図りました。

私はまだまだリュティアのような広範な鑑定魔法の行使またはマジカルエコロケーションの精密運用はできません。

ですから多人数を相手に精密に唐辛子の粉を目や鼻に転移させるような魔導は使えません。

相手を精密に選んで手足を拘束したりも無理です。

なので谷の迷宮で行ったような範囲を限定しての殲滅魔法や5人とか10人とかに限定しての魔法攻撃をより洗練させることに努めました。

この場合も魔砲の作成は実際に効果がありました。




※※※※



リデルに借りた魔導書は既にコピーを作ってもらいました。

そしてリュティアに何度も助言をもらって私の魔砲は完成しました。

手の中に隠れそうなほどコンパクトで。

レナーティアーの弓に匹敵するほどの超長距離攻撃ができて。

同じく同時に10個の対象を攻撃できる魔砲。

仲間に見せて改良のヒントをもらおうと思いました。



「チハヤに集合かけられるなんて珍しいわね」

「面白いものが完成したんでしょ?」

マリアは落ち着いて。ロザリンドは興味深々でした。

「私の参考になると良いな」

「私にも作れるかな?」

ある意味私と似たタイプのソフィも賢いサアヤも私が集合した以上使えるものと決めているようですね。

「まぁ見てみようよ」

クラリセ教授にも来て戴きました。

何と言っても実戦では一番信用できますから。

場所は学院が保有する研修用の迷宮。虫の迷宮です。

もちろん出現する魔物は弱すぎるのですが迷宮そのものはSクラスと変わりません。

つまりかなり激しく魔砲を撃っても誰にも迷惑はかかりません。

最下層まで一気に転移して実験を見てもらうことにしました。


大型の昆虫の魔物でも標的としては弱すぎる感じでした。

それでも魔砲の機能は充分に表現できたようです。

超長距離射撃も一度で10個の標的を攻撃できる散弾モードも。

仲間たちの多くにかなり気に入って貰いました。

「凄いわ。私も作りたい」

「商会の全力でカスタムメイドするわ」

「私の弱点を補える装備ね」

サアヤ。ソフィ。マリアの3人は何らかの形で入手するようです。

ただロザリンドは。

「いわゆる魔導師型の人には向いているけど。

騎士型の私には不要な武器だと思う。

この武器でサポートしてくれる人を仲間にしたいけど自分で使う武器では無い感じ」

という感想でした。

クラリセ教授の意見は。

「ほぼロザリンドの言う通りかな。

魔導師型なら補助武器として便利だね。

威力が使用者任せなのも良いね」

魔砲は魔導師しか使えない事が良いですね。

しかも魔砲の魔導書に記され私が復元したタイプは魔導師の能力に大きく依存しています。

そこが美点ですね。老師の反応が良かったので安心してソフィたち希望者に作成の手助けをすることにしました。

魔砲は私たちの魔法や魔導をより使い易くするための道具であり過剰な威力を付与するものではないのです。




※※※※※




魔砲の作成は私の他にマリアとサアヤとソフィとソフィの(ファベルジェの)商会の魔導技師さんと錬金学者さんを交えて行う事になりました。

その理念としてはリュティアが文明の性質として言っている通りのものです。

つまり私たち魔導師の攻撃魔法を。

より簡単に

より精密に

より安全に

コントロールすると言う事です。

それぞれのWLIDが管理の詳細を実施します。

またそれぞれの魔法の特質を踏まえてそれぞれ個性的な機能を付与しました。

例えばサアヤの魔砲は私のようなピストル型ではありません。

左手にはめる手袋型とでも言うのでしょうか?

そして超長距離射撃は杖で行うことに慣れているので散弾モードに限定されています。

彼女の散弾モードは空間把握が優秀なので30の対象を攻撃できます。私の3倍ですね。

逆にマリアは散弾モードを完全に捨てて連発型にしました。距離は普通の弓矢なみの中距離までを対象に想定しています。

鳳凰と麒麟の加護による防御能力の高さを生かした制御です。

防御力が卓越したマリアは超長距離の狙撃や散弾モードは必要ありません。

ソフィは1発に威力を集中して私以上に超超長距離にも対応できるライフル型にしました。彼女の魔法の特性にも合っています。

ケルビムの祈祷書を有しゴーレムも使えるソフィは散弾モードも連発も必要ありません。狙撃特化で良いんですね。

腰のホルスターに収納しておいて使う時だけ伸長するのです。

そのためソフィは長い杖を捨てて短いワンドに替えました。

マリアは短剣を捨てました。短距離の戦闘にも魔砲で対応できるからです。

これらの魔砲の装備により私たちがチームになった時には隙がなくなりました。

良く長を生かし短を補うことができるからです。

ロザリンドもシルマリルの魔剣を得てますます前衛職的になってきましたけど今の方が中長距離のサポートが厚くなったので動き易いと思います。

もっとも彼女は私が何故レナーティアーを使わずに強くなりたいのか理解できないようですけど。

それに関してはクラリセ教授が善き理解者でいてくれるのが有難いですね。

私はハイディングのマントと魔砲を使った今のスタイルは気に入っています。

たぶんレナーティアーの能力と自分のネイキッドの能力の乖離が埋まってくれば良いのでしょうけれど。

そして今はレナーティアーを使うほどの問題が発生していないのも大きいですね。

それは本当は平和で良いことなんです。




※※※※※※



サアヤのお母様が海辺の街エレーに引っ越して来られました。

私は一緒に住むのかな?と思いましたがどうもあの母娘は別居を続けるようです。

お母様はエレーの病院に勤めるそうです。

お互い一人で良い距離感なのかも知れません。

リュティアから独立する気が全くない私とは違いますね。

私の場合は自分用に確保したアパルトマンは勉強部屋という感じで住まいという感覚がありません。

住まいはリュティアのところです。

そう言えばロザリンドも相変わらずソフィやマリアのところを食堂代わりに使っています。

ソフィもマリアも鷹揚な人たちなので何も感じていないようですけど。とゆうか。むしろ喜んでいるようですけど。

ソフィのペガサスはソフィの魔力を充分に受けて進化したようで普段はかなり小型に変異しています。見た目は純白の小ウサギですね。

これはマリアの鳳凰や麒麟も同様で今では大きくて困るということはありません。

麒麟は子犬のようですし鳳凰はちょっと美しい小鳥に見えます。

これは二人の魔導師としての能力向上も大いに関係しているようです。

最近のソフィはイフィゲーニアの研究室を手伝っているようです。

基本的には研究者気質のソフィは正統派の学者でもあるイフィゲーニアの研究姿勢を尊敬しているようです。

またマリアはアレクサンドラ教授とドラゴンロードのアールウェンに気に入られているために夢の宮でお手伝いすることが多いようです。

マリアは面倒見が良い性格なので神獣たちのお世話が得意なようです。

特に基本的にはプライドが高くて気難しいアールウェンのお世話はマリアに適性があるようです。

上品で恭しいマリアがいるとアールウェンの御機嫌が良いのははた目にも明らかです。

アレクサンドラ教授もとても満足しておられるようです。

現在の状況はそれぞれソフィやマリアの研究テーマにも合っていますね。

サアヤは相変わらずの優等生ぶりでいろんな研究室で勉強しているようですが基本的にはクラリセ教授のところでロザリンドと修行している時間が長いようです。

ネイキッドでの強さの追及ということでは私と似ていますね。

マリアにプレゼントされた杖。手袋型の魔砲。クラリセ教授に貰ったスティレット。ソフィに貰った高性能なWLIDと今では極めて充実した装備です。

これにロザリンドにプレゼントされたシェムハザの祈祷書と迷宮で得たヴァルキュリアの魔導書がありますから今は神獣をテイムしなくて良いという判断は正しいかもしれません。

格闘に関して良い相手を得たロザリンドもサアヤの才能を喜んでいるようです。



ところで私はとゆうと。

気の合う教授のところで勉強したり。

ララノアの成長を楽しんだり。

リュティアと古代の文明を研究したり。

相変わらず楽しくやっています。

リュティアには料理と古代語と音楽を習っています。

最近はレナーティアーやクトネシリカや伯爵と古代語でおしゃべりするのも楽しいです。

こうなるとレナーティアーは古代語しか話さなくなるのでリュティアの予想は当たっているかも知れません。

つまりシェイプシフターの造ったアーティファクトの基本言語は古代語だということです。

これが何を意味するのか?不思議な話ですね。

魔砲の調子はすこぶる良いです。

レナーティアーの時に使える弓ほどではありませんが威力も充分。射程も長くて使い易いんです。

コンパクトなのも良いですね。

私は杖を使わないリュティアと似たタイプなので(とゆうか目指しているので)今は教えてくれたリデルに感謝しています。

そう言えばリデルもアイリスも以前から教授と呼ばれるのを好みませんでしたが今ははっきり嫌がります。

研究生はもう教授と対等だそうです。

イフィゲーニアもやんわり訂正してきますね。エディスは反応がありません。ゴルウェン教授も教授をつけない方を喜びます。

クラリセ教授は以前から師匠と呼ばれる方を好んでいました。

もちろんリュティアを教授なんて呼ぶ勇気は私にはありません。



「リュティア」

「なぁに?」

「リュティア」

「なぁに?甘えん坊さん」

「甘えん坊は嫌い?」

ハグしました。

「大好きよ」

強くハグされました。良い香りです。

眠ってしまいそうです。

「可愛い子ちゃん。どうしたいの?」

「このままが良いの」

『ララノアもこのままが良いです』

「可愛いわ。二人とも魅了のスキル持ちね」

リュティアはとても優しくて。私は幸せです。



                                          

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