第41話 魔の森の主  氾濫の制圧


※※※



翌朝早く。簡単な食事の後。全員で冒険者ギルドに行きました。

まだ街は微睡の中にありました。

思ったより立派な冒険者ギルドの扉を開けると黒騎士さんが待っていました。

「お待たせしました?」

マリアが問うと。

「いや。思ったより早かったね」

黒騎士さんは優しく返してくれました。

「黒騎士さん。先日は大変お世話になりました。どうもありがとうございました」

マリアからの丁寧な挨拶に黒騎士さんもちょっと気圧された感じでした。

「いや。今回ご一緒できてこちらこそ嬉しく思っていますよ」

と丁寧なご挨拶。

そして案内された会議場。ギルド長と一人の男性がいました。

「おはよう」

「おはようございます」

挨拶を交わしてギルド長を注視しました。

「早速始めよう。私がこの街の冒険者ギルドのマスター。ジラール・デサルグ。こちらは今この街にいる最強の冒険者チームAクラス『極北の風』のリーダー。アドリアンだ。黒騎士殿はみな知ってるな?」

みな頷きました。

「ではお嬢さんたち。自己紹介を頼む」

私たちは目を見かわしてマリアが代表で応えました。

「私が魔導師ギルドから派遣されたマリア・ド・ロンズデール・ロワイエ。こちらはソフィ・シェリー・ファベルジェ。こちらは聖騎士のロザリンド。こちらは賢者のサアヤ。そちらは聖女のチハヤです」

「ヴァイエラのロワイエ伯爵家の御令嬢とファベルジェ商会のお姫様がおられるわけだね。データの通りだね」

黒騎士さんが補足してくれました。

「お嬢さんたちには勝算があるようだったが?聞かせてもらえるかな?」

ギルドマスターのジラールが問いかけてきました。

「では私から」

サアヤが立って谷の迷宮と街の位置関係が明瞭な地図を大テーブルに提示しました。

「谷は迷宮を頂点とした二等辺三角形を為しています。町は迷宮の正面の延長線上に位置しています。

迷宮と街はほぼ5キール離れています。私たちはこの内4キールの部分。この二等辺三角形を殲滅領域にすると決めました。100年前の情報でも魔物はこの部分に溢れて街に向かっています。

殲滅領域を形成するのは聖女のチハヤです。恐らく抵抗力があると思われるアンデッドとゴーレムは私とマリアとソフィが始末します。

そして右ウィングの撃ち漏らしはロザリンドが担当しますから左ウィングは黒騎士さんにお願いしたいんです。

その他の方で戦える方は街を防衛して下さい。万一の為に」

アドリアンさんが挙手しました。

「ちょっと教えて欲しいんだが。その殲滅領域の形成を聖女のお嬢さん一人が担当するというのは本当かね?それは可能なのかな?いや疑うわけじゃ無いんだが・・・」

冒険者は自分の手の内を晒すことを嫌います。なのでアドリアンさんも強くは言えないようです。

人数も少ないので私はレナーティアーを着装しました。

「おぉ!」

ギルドマスターのジラールさんも冒険者のアドリアンさんも驚いたようです。

私は注目されてちょっと恥ずかしかったんですけど。

黒騎士さんも。

「これは私でも厳しいくらいの強さだね」

と口添えしてくれました。大魔導師様と同じようなセリフです。

男性の皆さんは私のと言うよりレナーティアーの強さを信じてくれたようです。特にアドリアンさんは。

「これは強さの次元が違うね。全然大言壮語じゃ無かったんだな」

と仰っていました。納得されても困りますけど。

そしてロザリンドもシルマリルの魔剣を抜いて見せて皆を理解させました。

これでサアヤの戦略は皆に認められ実行に向けて動くことが決まりました。

その際ロザリンドは大勢の人に見られてしまうんですけど私は見られずに済むように話がまとめられました。

ギルドマスターのデサルグ氏も大いに満足そうでした。街を守る算段が立ったからでしょう。

私たちのチームは迷宮の氾濫に備えて谷でキャンプすることになりました。

黒騎士さんも何処かにキャンプしているはずです。



迷宮は氾濫が終わるまでAクラスとBクラス以外の冒険者チームは入れなくなりました。

しかし氾濫の鎮静化に参加するとそれなりの報酬が出ると告知されると多くのCクラスの冒険者チームが滞在する事を決めました。

また冒険者のネットワークでBクラスの冒険者チームが若干集まってきました。比較的に楽な仕事で報酬が良く面白いモノが見られると評判になったからです。

なので街全体では冒険者の総数はあまり減っていない状態になりました。

また冒険者ギルドからの連絡を受けてオーラーツェン共和国の正規軍が街の外側に防衛線を構築しました。



キャンプの間はサアヤがヴァルキュリアを1体だけ召喚して常に警戒にあたることになりました。

ロザリンドは腕が鳴るのか時々迷宮に入っていました。

その他の皆は瞑想に耽ったり読書したりで“その時”に備えました。



そうしてキャンプを開始して二日目の夜。

サアヤのヴァルキュリアが異変を察知しました。

「氾濫よ!持ち場について!」

私は直ぐにレナーティアーを着装して迷宮を頂点とする二等辺三角形が全て見える位置に翔びました。

それぞれが持ち場についた直後。

凄まじい地鳴りが轟きました。

私はティアラの機能でララノアも含めて耳も目も防御しました。

ララノアも緊張しているのが伝わってきました。

ソフィはペガサスに跨って街側の上空へ。

マリアも麒麟と鳳凰を従えて空で待機。

サアヤは全てが見える位置に陣取りました。

私の場所からは黒騎士さんとロザリンドは殆ど見えませんでした。

するといきなり轟音と共に迷宮の氾濫が始まりました。



私は殲滅領域に1,000倍の重力魔法を展開しました。

殆どの魔獣はそれで自壊していますがやはりアンデッドとゴーレム系は耐久力があるようです。

ゴーレム系は皆に任せてアンデッドの中で強力なモノは光の弓を顕現し追尾する聖なる矢で撃破しました。

重力魔法はレナーティアーとクトネシリカに任せたので殆どのアンデッドを殲滅することができました。

これは思った以上にゴーレム系の数がいたので適切な行動と後に評価されました。

永遠に思えた2アクほど頑張ると迷宮から約30体の真祖らしき個体が出現しました。

彼らは私を敵と見定めて迫ってきました。まるで伝説の都市を滅ぼしたダゴンみたいな勢いでした。さすがにアンデッドの王だけあって重力魔法に対する耐性があるようでした。

私以外に単騎で真祖と戦えるのはロザリンドと黒騎士さんくらいですからこれを逃してはなりません。

彼らは強敵ですが伯爵とクトネシリカを信じて聖魔法の矢で各個撃破しました。

肩で息をしていると突然迷宮から巨大な龍が現れました。

暗黒の龍王でした。私を見て怒り狂っていました。

真祖の次に現れるはずの巨人たち(結局のところ巨人族と妖精族は氾濫に参加しませんでした)が現れなかったのを見て私は龍が最後の敵と理解しました。おそらくは・・・巨人たちは黒き龍王の贄となったのでしょう。

全ての巨人のエネルギーを蓄えた龍王の闇毒のブレスは私には効かないんですが街に被害が出ないように結界に封じ込めて防御しました。

光魔法と迷ったのですが雷系の極大魔法を矢に籠めて放ちました。

「雷の力により悪しき龍を倒せ!サンダーアロー!!!」

物凄い光と音でしたが私も興奮していたらしく何も感じませんでした。

邪龍王は2発目のブレスを吐く前にセイクリッドコアを射抜かれて斃れました。

あの巨体で1000倍の重力魔法をものともしなかったんですから邪神なみのパワーですね。

毒で染まった結界の内側を浄化して外に出ると氾濫は殆ど終わっていました。

巨大な龍の死体は殲滅領域の中央に残りました。

地鳴りも治まっていました。

若干の怪我人が出たようですがサアヤたちが治療していました。

ゴーレム系の撃ち漏らしは期待通りに黒騎士とロザリンドが片付けてくれました。ゴーレムの何割かは貴重な素材の宝庫です。ソフィが確保した以外は街の大きな利益になりました。

その為もあって黒騎士さんとロザリンドは街の人気者になりました。

また大きな魔法を発動したのがペガサスに乗ったお姫様だと思われたらしく。ソフィも大人気でした。

マリアとサアヤは治癒魔法で感謝されていました。

おかげでレナーティアーを解除した私は邪魔されずに無事にホテルに戻りました。



ホテルでのんびりしていると何とリュティアが転移してきました。

「チハヤ元気?頑張ったのね?」

「リュティア」

優しいハグと花の香り。幸せです。

「凄かったわ。あの龍が出た時は驚いたのよ」

「信じてくれてありがとうございます」

実はどこかで見ていてくれると思っていました。

「あなたは強いもん。きっと大丈夫だと思ったわ。でも信じて見ているのも辛いのね」

「リュティアのお陰です」

リュティアのしなやかな腕の中は気持ち良くて気絶しそうでした。

「あなたの努力の結果よ。頑張り屋さん」

優しくキスしてくれました。

リュティアの腕の中で丸まった私はそのまま溶けるように眠ってしまいました。


※※※※


「良く眠るのよ。いい子ちゃん」

リュティアは優しくチハヤの髪をなでた。

「重力を操るグラヴィトン

空間を越えるフォトン

時を超えるタキオン

そして門を開くディメンション

あなたには大きな可能性がある。

そして大きな困難も」

リュティアは苦しそうに眉をひそめた。

「でもあなたは私が守る。

愛しい子」

そっとチハヤの頬に触れたリュティアはいつまでも小さな声で子守唄を歌いました。


※※※※



「可愛い子ちゃん。起きれるかしら?」

寝ていたら優しいキスで起こされました。

リュティアです。

「ご飯ですよ」

お腹が空いているのに気づきました。

う~んと起きるとサアヤがいました。まぁ同室ですからね。

「あなたたちっていつもこうなの?」

小声で聞いてきました。

「・・・うん」

「そうなんだ・・・」

これでリュティアを諦めたかな?

ちょっとしょんぼりして可哀想だったかもしれません。

でも彼女もリュティアの手料理で元気になりました。

ヴァイエラ的なお野菜の味噌スープ。

具材の甘味と旨味があってこれだけで良いくらいです。

サアヤもお代わりしてました。

ブタ肉のカツレツ。刻んだ大量のキャベツがぐんぐん消費されます。

大きなエビのフライ。ホタテのフライ。牡蠣のフライ。マヨネーズとピクルスやいろいろを混ぜたタルタルが絶品でした。

さっぱりとお野菜の浅漬け。

雑穀の入ったご飯とサフランライス。

何となく全体にヴァイエラ風ですね。

デザートにはリュティアのハイストレージを存分に生かした季節感無視のフルーツ盛り合わせ。

パイナップルがめっちゃ美味しかったです。

食後は良く冷えたルイボスティー。

さっぱりして最高ですね。

「美味しかった?」

「んまいです!」

サアヤが元気にお返事してました。

リュティアもニコニコでした。

ハチミツをもらったララノアも喜んでました。

そういえば風より疾く飛んだソフィのペガサスは“疾風(はやて)”と名付けられたそうです。

みんな元気で魔導師ギルドの宣伝はばっちりだったようです。

一般人にはほぼ被害者がいなくてギルドも政府も大満足だったそうです。

その際に街の子供の一人が“見者”であることが分かったそうです。

見者は歴史を見る者です。

魔導師ギルドでも探しているそうで近くその子の親と交渉があると思われます。

何故その子が見者と分かったかと言うと。

「天使様が悪い龍を倒したの」

と言い出したからだそうです。

「ペガサスに乗ったお姉さんのこと?」

と聞くと。

「違うの天使様はお馬に乗らないの」

と答えたそうです。可愛い。

この世界の年齢で14歳だそうですからまだ魔導師として覚醒する可能性が十分にありますね。

エディスが見者保護のために派遣されてくるそうです。

エディスが忙しくなるのは良いですね。

それに普通なら軍にとられてしまう男の魔導師をイシュモニアが優先的に確保できるのは良いことです。



※※※

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る