第40話 魔の森の主 迷宮の氾濫
マリアの家の料理は美食で名高いヴァイエラ風ですから贅沢に慣れてしまった私たちをいつも満足させてくれます。
特にお米の“ご飯”を上手く素材と組み合わせてアレンジした料理は美味しくて栄養もたっぷりです。
例えば甘酸っぱく味付けした“酢飯”の上に様々な魚介を飾った“寿司”は私たちの大好物です。
また卵と炒めたご飯の上に肉野菜炒めをのせた料理は軽く酢をかけると滋味豊かで野菜の旨みがたまりません。
白いご飯の上に筍と茸と卵と豚肉を炒めてのせた料理は食感の変化が素晴らしいです。
エビとカニをネギと一緒に甘辛く炒めた料理をご飯にのせるといくらでも食べられます。
また“味噌”を使ったスープ類も素晴らしいです。
食後に供される“甘酒”もとても栄養豊富で美味しいものです。
甘酒の原料の一つである“麹”を使った小豆の餡はとても美味しいもので私も作り方をメイドさんに習いました。
マリアが全然太らないのはただただ魔導師だからですね。
この日も冷やした甘酒をすすっているとマリアから発表がありました。
「オーラーツェン共和国の西。エフィネラ大山脈の麓に多様な魔獣や魔物で有名な“谷の迷宮”があります。
多くの冒険者で賑わう迷宮で“迷宮街”という街が近くにできています。
この迷宮が溢れそうだという情報があるんです。
その調査に行って欲しいとの学院からの要請がありました。
なので皆さんの意見を聞きたいのです」
「冒険者で賑わう迷宮が溢れるなんてあるんですか?」
ロザリンドの問いはもっともです。
「迷宮が溢れるのは迷宮の固有の状況が理由なので探索する冒険者の量はあまり関係ありませんね。
魔導師の迷宮はマスターがいるので溢れませんし。神獣の迷宮も溢れない迷宮で有名です。
逆にムイの“虹の迷宮”は溢れやすい迷宮として知られています」
ムイ共和国出身のサアヤの意見は説得力があります。
「直ぐに行くべきでしょうか?」
ソフィの質問。また彼女がアレンジメントする事になりそうですから当然ですね。
「溢れる兆候がある以上急いだ方が良いでしょう」
マリアの答え。
「行きましょう。みんなで行けば恐くないわ」
「チハヤに賛成」
サアヤが賛成してくれました。
「私も!」
全員賛成ですね。
「私は今日行きます。先行するということね。現地で少し調べておきますね」
「私も行きます」
また私とサアヤのコンビですね。
魔導師ギルドのポータルを使って3回転移すると迷宮街に着きました。
結構賑やかですね。
街はちょっとしたバザールみたいです。
とりあえず5人が宿泊できるホテルの確保です。
街で一番大きなホテルに行ってみました。
「5人でとりあえず10日部屋を確保したいんですけど」
「・・・魔導師ギルドか。B級魔導師が5人。ひょっとして溢れるって噂を聞いたのかい?」
優しそうなフロントのおじさんが逆に聞いてきました。
「あれって本当ですか?」
「この街の冒険者ギルドの観測だから可能性は高いらしいよ。お嬢さんたちは調査かな?それとも防ぎに来たのかい?」
「そんなに逼迫してるんですか?」
「あれは起きる時は急に起きるからね。このホテルも金目のモノは移動して脱出用のポータルも準備したよ。お嬢さんたちは脱出ルートはあるのかい?」
「私たちは長距離転移できるので」
「なるほど。それなら5人の10日分。確かに確保しましょう」
という事で。とりあえずお部屋は確保。
大きな1部屋と個室3つにしてもらいました。魔導師ギルドの経費ですから。
大きな部屋に私とサアヤが泊まる感じですね。会議室兼用で。
谷の迷宮はその名の通り谷の奥底に存在していました。
エフィネラ大山脈の麓。一年中風が吹く谷の奥の奥に。
迷宮には水が流れ込んでいます。しかしその水が何処に行くのか誰も知りません。
朝日の頃には季節により一時明るくなります。
しかし普段は薄暗いままなのが谷の迷宮です。
苔が生えた入り口をくぐると薄暗いままの迷宮が続きます。
第1層は獣型の魔獣。
第2層はアンデッド。
第3層は鳥型魔獣。
第4層は砂漠でサソリの魔獣や大型のワーム類が襲ってきます。
第5層は水の領域で水棲の魔獣の住処です。
第6層は妖精類。
第7層は植物と昆虫類。
第8層は無生物のゴーレム類。
第9層は真祖がいる領域です。
第10層は巨人の領域です。
そして第11層は誰も踏破した事が無い階層と言われています。
そういったガイドブックを購入して酒場で冒険者の皆さんから情報収集を行います。
街で一番の酒場に行きました。
「おほっ!いていていてぇ!」
おしりに触ろうとした酔っ払いの手首を捕ってひねり上げてあげました。
「やめて許して!」
普段はミニスカじゃ無いのに何なんですかね?
まぁ弱いものイジメは趣味じゃ無いので放してあげましたが。
それで只モノじゃ無いと酔っ払い達も悟ったようです。
「お嬢さんたちは何処から?」
酒場のマスターらしい人の問いかけです。
「魔導師ギルドからの派遣です」
サアヤがパスポート見せて説明しました。
それで酒場の空気が少し動きました。
「すると迷宮の調査か何かかね」
「そんなところです」
奥に座っていた大男が立ち上がりました。
「冒険者ギルドじゃ無いのか?」
「私たちは違いますね」
「そうか」
落胆した様子で座り込む大男。
何となく獣人の血統が混じっているように見えます。
そこに新しいお客様が。
ギィっと重い扉を開けて入ってきました。
「!!」
何とあの海辺の町で見かけた黒っぽい剣士さんです。私の鑑定でも素晴らしい剣を背中に吊るしています。
「ん?どこかで見たお嬢さんたちだが・・・ちょっと入れてくれないか?私はこの街の冒険ギルドの長に会いに来たのだが」
冒険者ギルドのパスを確認して道を開けてあげました。
「おおい!冒険者ギルドから派遣された者だが。ギルド長はいるかい?」
するとあの大男が立ち上がりました。
「おれがギルド長だが。冒険者ギルドから来たのはあんた一人かい?」
「うん。そうだよ。迷宮の調査に来たんだ」
「そうか。一人か。そこのお嬢さん二人は魔導師ギルドからのようだが・・・」
剣士さんはこちらをちらっと見て。
「このお嬢さんたちは魔導師の迷宮を無傷で踏破した凄腕だ。一緒に話を聞かせてくれないか?」
と渡りに船の言葉。なるほどなるほど。
ギルド長は
「ふうん。酔っ払いの腕を捻るだけじゃ無いってか・・・よかろう。三人ともこっちに来な。おやじ!個室を借りるぜ」
と言って慣れた様子で奥に歩いて行きます。
剣士さんに目で促されて私たちも奥に行きました。
剣士さんが最後なのは私たちを酔っ払いの手から守ってくれたようですね。
奥にあったのは商談用の部屋でしょうか?酒場にしては小綺麗で変な匂いもしませんでした。
椅子が7脚と大きなテーブルがあります。
私たちは壁を背にして並んで座りました。
「あれ?」
サアヤが驚くのも当然です。剣士さんは一瞬で黒騎士のフルアーマーを着ていました。
「なるほど。あんたが黒騎士か。冒険者ギルドが依頼するのも分かるな」
「全額前払いだったんでね。それに魔導師ギルドからも助っ人が来ると聞いたんで面白そうだと思ったのさ」
「え?まさかこのチビさんたちが助っ人?」
「うん。全部で5人らしいな。さっきも言ったように凄腕だよ」
「確かにあと3人来ますよ。それじゃ調査と言うより私たちで迷宮からの魔獣の津波に対処する感じですか?」
サアヤの答え。ギルド長はびっくりしています。
「できるのかい?」
「みなさんが邪魔しなければ。もちろん黒騎士さんには協力して戴きますよ。その節はありがとうございました。黒騎士さん」
サアヤは自信たっぷりです。
「ふふふっ。楽しいなぁ」
黒騎士さんは余裕のようです。
「それで済めば良いんだけどなぁ」
ギルド長は厳しい表情です。
「迷宮が氾濫するというのは確かですか?」
「200年前の記録によれば第8層のゴーレム類が第2層に出てくるのが明確な異常で氾濫の前兆ということらしい」
「もうゴーレム類が上がって来てるんですね?」
「そういう事だよお嬢さん」
ギルド長とサアヤの会話からは確定みたいですね。
「こちらが全員揃ったらまた会合を持ちましょう」
そう提案して一旦別れました。
こちらはあの剣士さんが黒騎士さんと分かっただけでも十分な収穫でした。
「大丈夫かな?」
「何が?」
「迷宮氾濫の制圧」
サアヤは笑って余裕でした。
「楽勝ですよ。みんなが来たら話し合いましょう。それより急がせた方が良いですね」
マリアに緊急連絡をしたらしいですね。明日にはみんな来るでしょう。
すると。
「お待たせ!」
ロザリンドでした。
「先に来ちゃった」
「二人は?」
「今晩こちらに着くと思うよ」
「それなら大丈夫ね。明日の朝。ミーティングしましょう。黒騎士さんに連絡するわ」
さすがサアヤ。段取りが良いですね。
「私の役割は?」
「あなたがいて良かったわ」
さすがのロザリンドも一瞬驚いた様子でした。
「どうゆう事?」
「あなたは黒騎士さんと同じ能力を期待するわ」
サアヤがどんどん進めます。
「ヒュー。それは面白いわね」
「迷宮の氾濫よ。期待を裏切らないでね」
「任せて!思いっきりシルマリルの魔剣を使ってみたかったんだから」
サアヤは心得てますね。ロザリンドの操縦法を。
「全員全力よ。それが絶対条件」
「だよね」
どうなることやら。
取り合えず3人でホテルに戻りました。
「お帰りなさい。お嬢さんたちの登場で街は大騒ぎだよ」
「え?」
「噂が走るのは早いからね」
もう?早すぎでしょ。
「でも心配しなくて大丈夫だよ。お嬢さんたちが強いのはギルドマスターがしっかり宣伝してるから。ちょっかいかける奴はいないさ」
まぁそうでしょうね。それにしてもやれやれ。
ダイニングで騒ぎを起こすのも何なので食事は部屋で。もっとも世界の美食を詰め込んだストレージがあるんですけどね。
もぐもぐしながらサアヤとロザリンドの掛け合いを見ているとマリアとソフィが転移してきました。
ピンポイントで部屋の中に転移だなんて凄いですね。
「なにイチャコラしてるのよ!」
マリアがお冠です。私は知りません。
「遅いわよ!作戦練らなきゃなのに」
サアヤもお冠?
「まぁまぁ。作戦ってほぼほぼ出来てるんでしょ?」
ソフィが仲裁。
「まぁね。ロザリンドが頑張れば大丈夫よ」
「黒騎士さんがいるってホント?」
マリア。狙ってるの?
「ホント。黒騎士とロザリンドが左右のウィング。チハヤが中央を制圧。私たちが撃ち漏らしを処理。その他大勢は街の防衛。これで決まり!」
え?え?チハヤが中央を制圧???私?のこと?
「サアヤの作戦で良いと思う。やっぱり鍵はロザリンドかな」
?私は?
「あの~」
「あぁチハヤのことは心配して無いの。エディス教授にレナーティアーの現在の能力聞いてるし」
私に聞かないの???
「そうね。この作戦の要諦はロザリンドが黒騎士さんと同じくらい頑張れるか?よね」
ソフィにも無視されてる?
「あのさ。中央の制圧ってどうするの?」
「え?あなたのお得意の重力魔法で範囲殲滅よ?できるよね?」
サアヤに呆れられてしまった。なぜ?私の得意な???重力魔法?
「あなたリュティア教授の重力魔法無効化したでしょ?つまりあなたも重力魔法のエキスパートってこと」
ソフィも当たり前みたいに言ってます。
「アンデッドとゴーレム系はこちらで処理するわ。だから大丈夫」
マリアも・・・
「これで私と黒騎士どちらが強いか分かるよね」
ロザリンドは能天気。
「詳しくは明日説明するわ。今日はしっかり休んでね。たぶん余裕があるのは今だけかも」
たぶん?かも?大丈夫?サアヤ。
そんなこんなで強引に眠らされました。
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