第27話 魔の森の主  大魔導師との語らい


「運よく無傷でここまで辿り着きました。私たちはこの迷宮を攻略できた。という事で良いのでしょうか?」

サアヤが静かに問いました。

「美しいお嬢さんたち。間違いなく君たちはこの迷宮を攻略できたのだ。いろいろ知りたい事もあるだろう。お茶にしようではないか?私も少々退屈しておる」

私たちに否やはありませんでした。

繊細な猫脚のけれどがっしりした大きなテーブルを囲んでお茶会になりました。

マリアが極上のお茶を用意しました。

ソフィは高価なコーヒーと新鮮なミルクを。

私がサンドイッチとタルトを用意しました。

楽しそうに飲んで食べた大魔導師は上機嫌で言いました。

「何でも聞くが良いぞ。こんな可愛いお客様は久しぶりだからな。特別サービスじゃ」

「シャラザール老師はホビットですか?」

たまらずロザリンドが質問しました。

「そうじゃ。ホビットともコロポックルとも言われる種族の一人じゃ。ノームもわしらの親戚のようなものじゃな」

「じゃアイリスは親戚ですね」

私のつぶやきに大魔導師は反応しました。

「アイリス?イシュモニアに行ったアイリスか?あの子は元気にしておるか?」

知り合いだったのね。

「アイリス教授はお元気ですよ」

「教授?そうか。立派になったなぁ。才能ある子だった」

ソフィはさすがにマリアとシャラザール老師のやりとりを見て感じたことがある様子です。

「こんな無粋な問いは避けたかったのですが。私たちは老師と戦うのですか?」

「戦うのかね?」

「では戦わなくて良い?」

「それを決めるのはお嬢さんたちじゃな」

これには損得勘定のはっきりしたソフィにも答えられませんでした。

「今までこの深奥に来た冒険者なりは複数いましたよね?」

今度はサアヤの問いです。

「いたよ。確かじゃな」

「その冒険者たちは老師に戦いを挑まなかった?」

「いや挑んだ者もいたな」

「それでどうなりました?」

「うむ。お帰り願った。ここまでに得たご褒美は返してもらったな」

なるほど!

「戦わなかった者はおしゃべりして帰ったんですね?」

「うむ。たまのお客様じゃからのう。後ろの転移陣から下界に帰ったわい」

最高の解答です。最高の解答は最高の問いに隠れているって本当ですね。ロザリンド。

「老師はプレゼントをくれるのですか?」

ロザリンドの問いに笑顔になった老師は言いました。

「あげるよ」

やった。

「しかし私が選ぶのじゃがな。時と場所も内容も」

???

「その意味は?」

ロザリンドの質問はもっともです。

「文字通りじゃよ。お嬢さんたちが成長した時にそれぞれに相応しいプレゼントを贈るという意味じゃ」

「私は異議ないわ。むしろ嬉しい。その贈り物を手にする権利こそを得たと考えると素晴らしいわ」

サアヤは呑み込みが早いようです。

「なるほどね。そう考えると老師と戦う必要も無いし他の迷宮のグランドボスの宝物よりずっと良いわね」

「私も異存ありません」

「私も」

ソフィもマリアもロザリンドも納得のようです。

「お嬢さんは?」

老師が私をマジで見ました。

私ははっきりと応えました。

「私も全く異論はありません。もともと迷宮の宝物は探求の最も大きな理由ではありませんし」

「面白い。ではお嬢さんにとって迷宮探索の最大の理由は何じゃな?」

「自分の能力を知りたい。ということでしょうか?」

ふうむ。と老師はご自分の顎をなでました。

「それならお嬢さんはご自分の通う学園で常に自分の能力を測っているのでは無いか?いや!そうか。学園はお嬢さんの全力を測れるほどの場所では無いということか?」

私はにっこり微笑みました。

「魔導学院の教授の皆さんは私の能力を把握しておられると思います。けれどそれを私がリアルに知れるかと言うとそうでは無いのではないでしょうか?」

「なるほど。教授陣の認識はダイレクトにお嬢さんに伝わっていないと?」

老師はゆっくりうなずきながら問いました。

「そうですね。魔導の道は深淵ですし魔導科学は高度な学問です。だから学院の方針の基本は“褒めて伸ばす”だと思っています。厳しい現実だけ見せていたら学生は委縮してしまいますから」

老師は手を打って喜びました。

「面白い。面白いよお嬢さん。気に入った」

喜んでもらえて幸甚でした。

「ともあれ全員の意見が一致したのは素晴らしい。もう少しお茶会を続けても良いかね?」

異論のある人はいませんでした。お茶が美味しく椅子が素晴らしかったからとも言えますけど。



「さて。お嬢さんたちは闇ギルドの連中に襲われて恐かっただろう?」

ある意味核心を突いた質問ですね。なので私たちはお互いに見合ってしまいました。

「んん?ひょっとして・・・恐く無かったのかね?」

マリアが静かに発言を始めました。

「お気を悪くなさらないと良いのですが。私の観るところが正しければあの時に演技でなくて本気で怖がっていた人はここにはいないと思います」

老師は穏やかに尋ねました。

「はて。誰も怖がっていなかったと?」

「はい。恐いというか・・・自分が怖いというか・・・」

ソフィの言葉に老師は驚いたようでした。

「それは?」

今度はロザリンドが応えました。私たちの中である意味最も心正しいロザリンドが。

「私たち相談していたんです。そして心を決めていました。サアヤとチハヤが出会ったような輩にもしも私たちが出会ったら。決して許すまいと。決して手加減すまいと。何故ならば少しの躊躇で敵に付け込まれる可能性があるからです」

老師は目を半眼にして少し頷きました。そして真面目なサアヤが補足しました。

「もちろん闇ギルドに出会ったら即生命を奪うという事では無いんですよ。私たちは生命を奪わずに敵の戦闘力を奪う方法を徹底的に研究しました。その多くは魔物には通じないかも知れませんが人間には通用する方法でした」

「お嬢さんたちも考えたんじゃなぁ。しかし予め考えておくのは良いことじゃ。つまり命を奪わずに制圧したくともそれができずに最終的な手段をとらなくてはならなくなる可能性があることが怖かったんじゃな」

「おっしゃる通りです。手加減できないくらい相手が強いことが怖かったんです」

マリアが答えました。少し諦めたように。大魔導師さまの前では良い子でいたかったですよね。分かります。

「なるほどのう。ところでお主たち。クラリセは知っておるか?」

思わぬ名前がでました。

「私たちの武術の師匠です」

最近急速に学んでいるサアヤが答えました。

「クラリセは昔わしのパーティメンバーじゃった」

ほよよ!シャラザール大魔導師とグランドチャンピオンのクラリセ師匠がいるパーティ?どんだけチートですか!

「とは言えわしらも当時は未熟での。先代の黒騎士も仲間じゃったぞ。あと先々代のアウランガバード大聖堂の聖女さまも若い頃おったな」

アウランガバードはグプタ帝国の首都で恐らく世界最大の都市です。そこにある聖母教の大聖堂は世界三大大聖堂の一つです。その大聖堂の聖女さまなら凄い権威があるはずですね。

「凄い方ばかりのパーティだったんですね」

ソフィの感想は素直なものでした。

「まぁわし等も若かったし未熟じゃったな。特にわしは皆のお陰で成長できたんじゃ。しかしあの頃のクラリセは凄かったな。先代の黒騎士にも剣技で負けておらんかった。何より覚悟がしっかりしておったな」

「覚悟ですか?」

ロザリンドも興味がありそうですね。私たちの中では一番の武闘派ですけど実は一番優しいのが彼女ですから。

「うむ。修行の期間じゃったからのう。いろいろあったんじゃろう。わし等も詳しくは聴いておらんよ。しかしいわゆる悪者には容赦が無かったな。わしは今でもあの頃のクラリセを尊敬しとるよ。じゃから弟子のお主たちが悩んでおるのは良くわかるよ」

クラリセ師匠も悩んでたんですね。何かほっとしました。

「まぁお主たちが闇ギルド相手でも怯えて無かったのは良かった。クラリセも安心じゃろう。じゃがな。今回は黒騎士の活躍は幸運じゃった。何しろ人の生き死にに関わることを逃れたのは確かじゃからな」

「黒騎士さんは私たちの味方という事で良いのでしょうか?実は私たちが怯えて見せたのは彼の接近を察知していたからです」

気になっていたので聞いてみました。

「彼は子供の誘拐と人身売買を酷く嫌っておる。まぁわしらは皆同じじゃが。だから黒騎士がお嬢さんたちの敵になる事は無いじゃろう。そう言えば現黒騎士はこの迷宮2度目じゃなぁ。先代は時に遊びに来たんじゃが。今のあやつはやっと2度目かぁ」

きっと老師は寂しいんですね。たまに来てくれるご友人がもっといれば良いのにね。学院に戻ったらクラリセ教授に頼んでみましょう。

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