第25話 魔の森の主 秘密兵器
玉座の後ろの宝箱にはプラチナ色のティアラがありました。
宝箱を閉めると転移の魔法陣が現れて私たちは第5階層に跳びました。
第5階層は闇の世界でした。
まず私たちは次々に明かりの魔法を使いました。
今までと同様に転移魔法陣の周囲は魔物が来ないようなので野営地を定めました。
警戒をゴーレムに任せるとお食事の時間です。
この夜も私がみんなにサービスしました。
酒蒸しにした貝類。
塩焼きにした鯛。
海藻のサラダ。
春の野草を塩漬けにして叩いたもののおむすび。
磯の小魚のお味噌汁。
たっぷりの野苺。
さっぱりと緑茶。
リュティアにもらった食材が大いに役に立ちました。
みんな大満足して・・・爆睡でした。
目覚めても闇の世界は闇のまま。
私はしばらく闇を闇のまま見つめていました。
するとまずソフィが起きてきました。
「チハヤ。疲れたの?」
「ううん。あなたこそ。ゴーレムの操作で疲れたでしょう?」
するとソフィは闇の中で魔法の光に朧に照らされながら微笑みました。
「それが全然。疲れが無くて怖いくらい。あなたのお料理のお陰もあるけど。でもそれだけじゃないの」
そこへサアヤが起きてきました。
「二人でどうしたの?疲れた?」
思わず微笑んだソフィが応えました。
「ううん。不思議と疲れないねって話よ」
ストレージから良い香りの濡れタオルを出して顔を拭いたサアヤが言いました。
「目的地の近くに行ったら“やっと半分来た”と思いなさいって。母が言ってたわ」
サアヤに倣って顔を拭いたソフィが言いました。
「それ私のお祖父さんも言ってたわ。ことわざなのかな?」
そこへマリアとロザリンドが起きてきました。
「おはよう。何の相談?」
「朝食のかな?」
私たちは笑ってテントに戻りました。
朝食は軽く。
目玉焼きかオムレツ。
カリカリに焼いたベーコン。
オートミールかロールパン。
色々な野菜の新芽のサラダ。
カフェラテ。
たっぷりの生クリームとジャムとケチャップ。
しっかり栄養補給できました。
闇と戦うために。
心に光が灯りました。
私たちは周囲に光魔法を使いながら進みました。
最初の敵は闇の眷属。オオコウモリの群れでした。
何しろ数が多いのと甲高い声で幻惑するのが曲者でした。
私たちは音声遮断の魔法を使い心話で会話しました。
弱い幻惑の魔法はゴーレムが防御してくれました。
こちらの攻撃手段はロザリンドの炎熱剣。ソフィの氷結魔法。マリアの風斬魔法。
私とサアヤは防御魔法と支援魔法で対抗しました。
山ほどのオオコウモリを退けると次は大狼の群れ。指揮するのはフェンリルでした。
私は最強の物理防御イージスで皆を守り皆は得意の魔法で狼を一匹ずつ仕留めました。
少しずつ少しずつ数を減らして最後のフェンリルに挑みました。
ゴーレムの魔法防御を突破寸前だったフェンリルの風魔法と氷結魔法が一段と強くなりました。
しかしそれは断末魔の抗いでした。
私とサアヤの鉄壁の防御で防ぎ。全員が総攻撃。最後はロザリンドの炎熱剣がとどめを刺しました。
「ボス並みじゃないですか!」
「確かに強かったわね」
これまでで一番大きな魔晶を得ることができました。
闇の中に城砦が浮かび上がりボス部屋が存在を現しました。
「闇の城砦ね。少し休憩しましょう」
みんな疲れていたので軽い飲み物を供しました。
始めに美味しい水を一杯。
次に濃いエスプレッソをデミカップで。
「目が覚めたわ」
「これは効くわね」
優等生たちは薬もろくに飲まないので濃いコーヒーが良く効いたようです。
扉を開けるとやはり真っ暗。
光魔法で辺りを照らしました。
奥の黒々とした闇の中に強大な存在が座っていました。
ヴァンパイアです。恐らく存在感の大きさから真祖クラスです。
「ようこそ我が居城へ」
ヴァンパイアは余裕でした。
老成したドラゴンなどと同じような威圧感。
特に闇魔法には卓越したヴァンパイアの真祖。
「お一人なんですか?」
サアヤが静かに聞きました。
穏やかに笑う真祖。
「我が名はヴラディミール・ニーチノスト伯爵。ヴラッドとでも呼ぶが良い。人間の子ども達。私は一人だ。眷属がいないのが不思議か?」
「あなたは真祖ですよね?伯爵どの」
マリアが問う。伯爵令嬢の威厳を込めて。
「そうだ。そういう設定になっておるようだ」
「設定?」
ロザリンドの疑問はもっともです。
「うん。そういう役割が振られているという事だ」
「眷属を多数抱えていてもおかしく無いのですが。それでもお一人なのは有難いですね。このまま戦っても?」
私の問いにも伯爵は笑顔でした。
「良いとも。かかって来なさい」
笑顔のヴァンパイアに私はいきなり光魔法の最大攻撃を行いました。
輝く立体魔法陣から放たれた流星のような攻撃は伯爵の両手での防御で防がれてしまいました。
「凄い攻撃だ。素晴らしいよ。その若年でこの威力」
物も言わずにサアヤの雷魔法。ロザリンドの炎熱魔法。ソフィの氷結魔法。そしてマリアの風斬魔法が伯爵を襲いました。
鈍く振動するような魔法防御。極大のディスタブ。
伯爵には傷一つつきませんでした。
まだ最後の階層では無かったのですが・・・私は最後の手段を選ぶことにしました。
※※※
「本当にみんなだけで行くの?」
リュティアはソファに埋もれて静かに水出しコーヒーを楽しんでいました。
「行くよ。でもゴーレムがいるわ。私たちだけじゃないわ」
私はちょっと弱気で応えました。
「大丈夫?」
「大丈夫」
リュティアは少し笑いました。
「グリーンジプシーもラストローズも連れていかないの?」
「はい」
リュティアは少し諦めた表情になりました。
「それならせめてこれを持って行って」
※※※
「みんな下がって。ここは正々堂々一騎打ちで勝負したいの」
私の言葉にみんなは驚きました。
「大丈夫?」
「無理すんなよ」
「自己犠牲はダメですよ」
サアヤは私の両手をしっかり握りました。
「必ず勝って」
私は応えました。
「任せて」
私は手の中のモノに呼びかけました。
「クレセントムーン。我が呼びかけに応えよ」
クレセントムーンが蓄えた莫大な魔導力の一部を解放しました。
掲げた右手の中に光が溢れ。
美しく輝く光の弓が私の手にありました。
弦の無い弓に魔法力の矢を番えて伯爵に聞きました。
「降参して下さい伯爵。あなたは紳士的な方です。私は喩えヴァンパイアでも戦いたくありません」
伯爵は静かに笑っていました。
「全力で来よ。賢き乙女よ」
そこで私は集中しました。
全力の聖魔法を輝く魔法の矢に籠めました。必殺必中の魔法に疲弊したリュティアを癒した時以上の魔力を籠めました。
私も成長していたんです。
今なら一度の治癒であの時のリュティアを回復することができるでしょう。
幾重もの立体魔法陣が輝きました。
「クレセントムーン。彼を・・・救って!セイクリッド・アロー!!!」
叫んだ私の言葉に伯爵の瞳が揺らめきました。
最大魔力の聖なる矢は伯爵の防御を貫いてその左の胸に人間ならばセイクリッド・コアのある位置を見事に射抜きました。
まるで古代の騎馬武者が敵の大将を倒したように。
声も上げずに伯爵は頽れて消えました。
その跡には闇の色の腕輪が。
「終わりましたね」
「クレセントムーン。リュティア教授のWLID。ですよね?」
さすがにサアヤには分かったようです。
私は全力魔法の疲れで座ってしまいました。
宝箱の中は古代の意匠を刻まれた古風な造りの髪飾りでした。
皆は速やかに次の階層へ転移して設営しました。
私は魔法薬を飲んでとりあえず回復しました。
いよいよ最後の階層です。明るい古代神殿風の階層でした。
たぶん最後の迷宮での夜。
調べてみると魔法薬も食料もまだまだ余裕がありました。
防具も衣服も準備は万全。
若い私たちが油断していたのは仕方がありません。
巨大牛のサーロインに焼き目を付け。玉ねぎとキノコ類とニンジンに香草を加え煮込んだシチュー。
オリーヴオイルとニンニクと香草で蒸し焼きにしたヒラメ。
トマトと玉ねぎとブロッコリーのサラダ。
海藻類の酢の物。
雑穀をたっぷり入れたほっかほかのごはん。
貝類のお味噌汁。
クロワッサンとバター。
ふんだんに盛り付けたベリー類。
冷やした緑茶。
冷やした聖水。
たくさん食べておしゃべりして。
ゴーレムに警戒を任せてゆっくり寝ました。
目が覚めると気分は上々でした。
寝ているのはお嬢様のマリアだけ。
少し急いで準備しました。
この迷宮攻略で気づいたのですが。魔力量やマナの量が増えていたんです。
でも気の量や質はあまり変化がありませんでした。
そうなるとクラリセ教授の境地に至るにはどれほどの修行が必要でしょう。
旅行が終わったらリュティアにも聞いてみようと思いました。
クレセントムーンを借りたお礼も言わなければなりません。
お話しする事がいっぱいありそうです。
そしてまた冒険の準備です。
温かいカボチャのポタージュ。
軽い味付けの温野菜。
ミルクで煮たオートミール。お好みの薬味で。
スクランブルエッグと柔らかいロールパン。
目に良いブルーベリー。
カフェオレをホットかアイスで。
私はアイスを選びました。
マリアはめったにアイスを飲みません。
さすが貴族は心構えが違いますね。
サリナスの皇族もアイスを飲まないと聞いたことがあります。
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