第22話 魔の森の主  最後の授業


お祭りとトロニーの熱気から一夜明けると学期の最後の授業です。

この後は長期のお休みがあって最後に卒業試験。そして卒業です。

お休みの間の計画はソフィが着々と行っているようです。

私もみんなとの冒険に備えて大量に魔法薬を作りました。

リュティアは何にも言わずに材料を用意してくれました。


さて授業は懐かしい夢の宮です。

マリアもサアアヤもソフィもロザリンドも心待ちにしていました。

まだ私たちには足りないことがあるように感じます。

でも最後の授業は始まってしまったのです。

今日はアレクサンドラ教授もダイアナ教授もゴルウェン教授もおそろいでお出迎えでした。

一瞬でも3人が揃って授業に出ることは極めて稀と言われています。

それほどこの神獣の牧舎にいる“彼ら”は脅威なのです。

まだ未熟な私たちと恐ろしいチカラを有する神獣たち。

対比的であり象徴的でもありますね。

美しい二人のエルフが去ってから残ったのはアレクサンドラ教授でした。

ハーフエルフの彼女はシルバーブロンドの豊かな髪と理知的な蒼い瞳が印象的な美女です。

かなりの高齢と言われていますが上級魔導師らしく若く美しいです。

言葉はいつも率直で明るい人ですが未来予知の力があると言われています。

その為一部では恐れられています。

まぁ私たちヒヨッコの魔導師には気の良いお姉さんという感じですけれど。



「今日はこの学園の優等生グループの為に特別な神獣に会って戴きますね」

そう言って連れて来たのが立派な恐らくかなり高齢のドラゴンでした。

巨大なドラゴンは存在自体が何と言うか偉大でした。

巨大な脚。

巨大な頭。

巨大な翼。

長大な尻尾。

呼吸するだけでも大きな音がして風が吹きました。紫色のいかにも高貴な龍でした。

「充分に老成したニーズヘッグよ。もちろんドラゴンロードです。名はアールウェン」

『弱き子供たち。良く来た』

強力な心話でドラゴンは話しかけてきました。

『あなた方の中で特に賢い者は生まれて3年もすると絶望し次に諦めるそうだ。何故かな?』

思わず応えていました。

『いと畏きアールウェン様。この世界が野蛮だからでしょうか?理と知が基準では無くしばしば暴力によって事が決するから』

ドラゴンは私を正面からじっと見つめてから言いました。

『その通りだ。しかしそう簡単に諦めるものでは無い』

『貴きアールウェン様。哀れな小娘にお応え下さい。何故でしょうか?私たち暴力で攫われた子供たちを見ました』

サアヤが問いかけました。

『そうだな。ヒトはしばしば愚かな事をする。しかし愚かな事を愚かと認識できるのもまたヒトだ。その子供たちはどうなった?』

『結果的に助かりました』

不思議なドラゴンの顔は笑ったように見えました。

『それは良かった。何億もの人々の死の歴史の上にあなた方の文明はある。それを見て来た私には分かることがある』

今度はサアヤも問いませんでした。

『愚かな事は減ってきている。それは間違い無い。人は弱く無垢な者を助けようとする心を持っている』

『慈悲深きアールウェン様。それを信じても良いですか?』

今度はロザリンドの問いです。

『それを見て来た私を信じなさい』

ドラゴンは聖母のような優しい表情をしたように見えました。古代語を学んでいる私は気づきましたがアールウェンとは女性の名であったと思います。

『愚かな私に道をお示し下さい。アールウェン様。より良き未来を信じよ。ということですね?』

今度はソフィでした。

『そうだ。小さき者よ。あなた方の努力は確実にヒトの未来を変えるだろう』

深淵な知性を有するドラゴンは断言しました。

息もせずに立ちすくんでいたマリア。

心話も忘れたかのように見えました。

でも私にはマリアが一番ドラゴンの心に共感しているように見えました。

ドラゴンもマリアをじっと見つめていたように思います。



ドラゴンとの会話が終わり偉大なドラゴンが去りました。

アレクサンドラ教授は仄かに笑みを浮かべていました。

「深淵なる叡智の主であるアールウェンにあなたたちは良く問いました。マリア。あなたのふるまいも見事でしたよ。あれも一つの正しき在り方です。さすがは伯爵の娘ですね」

私も何も問わなかったマリアにアールウェンは好意を持ったように感じていました。

「女王のようなドラゴンの威厳にすくんでしまいました」

マリアの答えはまたも教授を満足させたようです。

「アールウェンが女性と気づいたのね。やはりこのグループは優等生揃いね」

教授はとても満足そうでした。冷厳と言われるアレクサンドラ教授がこんなに上機嫌な様子を見せるのは珍しいことです。

教授はみんなの高得点を約束して解散となりました。

私は両手が汗ばんでいるのに気づきました。

リュティアの守護獣であるラストローズもグリーンジプシーも生物として上位にある者の特有な雰囲気をまとっています。けれどドラゴンの王族は別格という事でしょう。

あのドラゴンロードのファヴニールをむしろ凌ぐほどの威厳をあのドラゴンは有していました。

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