第21話 魔の森の主  攻略の準備


「卒業旅行の時に攻略する迷宮は決まった?」

優雅にお茶をすすりながらマリアが問いました。

「ガルーダの神託が正しいなら」

おっとりしたソフィはカップにベリーのジャムを混ぜながら言いました。

「面白そう!どこ?」

ロザリンド積極的ですね。

「魔導師の迷宮」

淡々と述べるソフィ。

「ガルーダが言った通りね」

サアヤ。記憶力ですね。

「どこそれ?」

ロザリンドやきもき。

「北の国。トルキスタンの中央ね」

ソフィの言葉。賑やかなお祭りの雰囲気の中で小洒落たカフェのテーブルは一瞬無音になりました。

まぁ室内ですから。それでもね。

だってトルキスタンですよ。最北の国。

おまけに先進国とは言えない国。

私たちだけで大丈夫かな?

「迷宮のクラスは?」

マリアは落ち着いてますね。

「Bクラス」

少し重い空気になりました。

Bクラスは厳しいです。冒険者ならちゃんと前衛を立てて・・・例えば3-2-3のフォーメーションで攻略する迷宮です。

私たちはまぁ前衛と言えるのはロザリンドだけ。

そのロザリンドもアタッカー兼前衛ですから本来は中衛に近いんです。

まぁクラスだけ言えば殆どBクラスの魔導師5人ですから一見すると攻略可能に見えますが・・・

「私たちだけで大丈夫かな?」

サアヤの疑問ももっともです。

「方法を考えたのよ」

さすがソフィ。そりゃ考えるよね。

「強い前衛を2体連れていくの」

ん?2体?

「2体って?」

マリアの問いは正当です。

「魔導機のゴーレム2体」

「・・・あなたが操作するのね?」

さすがマリア。付き合いが長いだけありますね。

「マリアの言う通りよ。最強のゴーレムを2体。私が操作します。つまり2-2-3のフォーメーションになるわ。これなら全然勝機があります」

確かにソフィの経済力とコネクションなら可能ですね。後衛がサアヤとマリアと私なら鉄壁です。ロザリンドが自由に動ける中衛になれるのも大きい。ソフィは当然中衛になりますね。

「魔導師の迷宮は6層。ボスは6体。ちょうど良いのよ。最後にみんなで獲物を分けるのに。ついでに休憩拠点も最高の魔導器を使うわ。だから安心して。転移の拠点も私が責任もって設置するわ」

それなら何の憂いも無いはずです。

「お祭りが終わったら旅行の準備ね」

安心したサアヤが言いました。

「攻略が上手くいけば自然に卒業試験はクリアできそう」

マリアも安心したみたいです。

「それも好成績でね」

ロザリンドはいつも通り。やる気満々ですね。

私は・・・トロニーの投票が気になってました。





お店を出るとお祭りの真っ盛りでした。トロニーの投票期限も迫っています。

「あら?結構動いてるわ」

とソフィ。もちろんトロニーの途中経過です。

学生部門ではマリアがやや優勢かと思われていたのですが。サアヤが急追しています。

珍しいメガネっ子というのも良かったのでしょう。

「やった。サアヤ頑張れ。私は目立ちたく無いのよ」

マリアが喜んでます。

伯爵令嬢ですもんね。目立つのはマズいんですね。

当人のサアヤは戸惑っているようでしたが。

選考に使われる画像の何枚かが素晴らしい出来栄えでした。これは上手くいくかもしれません。

そして教授陣の方もアイリスやリュティアを抑えてダークホースがトップに立っていました。

「リデル教授!」

そうです。図書館司書にして館長のリデル教授です。選考用画像がこれまた素晴らしい。

誰が撮影したのでしょう?

まぁ良く考えれば好感の持てる美少女って感じですし。

今まで話題にならなかったのは不思議でした。

私が調べた限りでは選考用画像がUPされたのも初めてのようでした。

繊細なプラチナブロンドも謎に満ちた灰色の瞳も学園都市の代表に相応しいですね。

良く働く人らしくポニーテールにした姿も似合っています。

これは決まりですね。

読書家の学生の間では人気がありましたから。まぁ当然かもです。

「リデル教授もサアヤも選考用画像の出来映えがダントツね」

ソフィの言う通りです。

「選考委員会も新しいイメージを残したかったんでしょう」

マリアの指摘は正しいですね。選考委員会は有志の学生が務めていますから今年は読書好きの学生たちの意図が反映したのかも知れません。

「私はともかくリデル教授の画像は良いわね。私はリュティア教授を押してたのに」

サアヤも図書館長の美しさは認めているようですね。彼女も読書家ですもんね。

「学院は美形が多いもんね。選び甲斐があるわ」

王子様風で女子に人気が高いロザリンドは何となく淡泊な反応です。

まぁ私は予想通りで何の文句もありません。このまま二人に勝ってもらえばOKです。

「歩いてるとお腹が空くわね。屋台めぐりもしましょうよ」

みんなを屋台村の方に誘導しました。

串焼きや串揚げやクレープやビッツァや。もう大変です。

みんなも食の誘惑には勝てないようです。

魔導師は食べますからね。

私は甘いクレープに負けました。完敗です。



※※※※※



お祭りとトロニーの熱気から一夜明けると学期の最後の授業です。

この後は長期のお休みがあって最後に卒業試験。そして卒業です。

お休みの間の計画はソフィが着々と行っているようです。

私もみんなとの冒険に備えて大量に魔法薬を作りました。

リュティアは何にも言わずに材料を用意してくれました。


さて授業は懐かしい夢の宮です。

マリアもサアヤもソフィもロザリンドも心待ちにしていました。

まだ私たちには足りないことがあるように感じます。

でも最後の授業は始まってしまったのです。

今日はアレクサンドラ教授もダイアナ教授もゴルウェン教授もおそろいでお出迎えでした。

一瞬でも3人が揃って授業に出ることは極めて稀と言われています。

それほどこの神獣の牧舎にいる“彼ら”は脅威なのです。

まだ未熟な私たちと恐ろしいチカラを有する神獣たち。

対比的であり象徴的でもありますね。

美しい二人のエルフが去ってから残ったのはアレクサンドラ教授でした。

ハーフエルフの彼女はシルバーブロンドの豊かな髪と理知的な蒼い瞳が印象的な美女です。

かなりの高齢と言われていますが上級魔導師らしく若く美しいです。

言葉はいつも率直で明るい人ですが未来予知の力があると言われています。

その為一部では恐れられています。

まぁ私たちヒヨッコの魔導師には気の良いお姉さんという感じですけれど。



「今日はこの学園の優等生グループの為に特別な神獣に会って戴きますね」

そう言って連れて来たのが立派な恐らくかなり高齢のドラゴンでした。

巨大なドラゴンは存在自体が何と言うか偉大でした。

巨大な脚。

巨大な頭。

巨大な翼。

長大な尻尾。

呼吸するだけでも大きな音がして風が吹きました。紫色のいかにも高貴な龍でした。

「充分に老成したニーズヘッグよ。もちろんドラゴンロードです。名はアールウェン」

『弱き子供たち。良く来た』

強力な心話でドラゴンは話しかけてきました。

『あなた方の中で特に賢い者は生まれて3年もすると絶望し次に諦めるそうだ。何故かな?』

思わず応えていました。

『いと畏きアールウェン様。この世界が野蛮だからでしょうか?理と知が基準では無くしばしば暴力によって事が決するから』

ドラゴンは私を正面からじっと見つめてから言いました。

『その通りだ。しかしそう簡単に諦めるものでは無い』

『貴きアールウェン様。哀れな小娘にお応え下さい。何故でしょうか?私たち暴力で攫われた子供たちを見ました』

サアヤが問いかけました。

『そうだな。ヒトはしばしば愚かな事をする。しかし愚かな事を愚かと認識できるのもまたヒトだ。その子供たちはどうなった?』

『結果的に助かりました』

不思議なドラゴンの顔は笑ったように見えました。

『それは良かった。何億もの人々の死の歴史の上にあなた方の文明はある。それを見て来た私には分かることがある』

今度はサアヤも問いませんでした。

『愚かな事は減ってきている。それは間違い無い。人は弱く無垢な者を助けようとする心を持っている』

『慈悲深きアールウェン様。それを信じても良いですか?』

今度はロザリンドの問いです。

『それを見て来た私を信じなさい』

ドラゴンは聖母のような優しい表情をしたように見えました。古代語を学んでいる私は気づきましたがアールウェンとは女性の名であったと思います。

『愚かな私に道をお示し下さい。アールウェン様。より良き未来を信じよ。ということですね?』

今度はソフィでした。

『そうだ。小さき者よ。あなた方の努力は確実にヒトの未来を変えるだろう』

深淵な知性を有するドラゴンは断言しました。

息もせずに立ちすくんでいたマリア。

心話も忘れたかのように見えました。

でも私にはマリアが一番ドラゴンの心に共感しているように見えました。

ドラゴンもマリアをじっと見つめていたように思います。


ドラゴンとの会話が終わり偉大なドラゴンが去りました。

アレクサンドラ教授は仄かに笑みを浮かべていました。

「深淵なる叡智の主であるアールウェンにあなたたちは良く問いました。マリア。あなたのふるまいも見事でしたよ。あれも一つの正しき在り方です。さすがは伯爵の娘ですね」

私も何も問わなかったマリアにアールウェンは好意を持ったように感じていました。

「女王のようなドラゴンの威厳にすくんでしまいました」

マリアの答えはまたも教授を満足させたようです。

「アールウェンが女性と気づいたのね。やはりこのグループは優等生揃いね」

教授はとても満足そうでした。冷厳と言われるアレクサンドラ教授がこんなに上機嫌な様子を見せるのは珍しいことです。

教授はみんなの高得点を約束して解散となりました。

私は両手が汗ばんでいるのに気づきました。

リュティアの守護獣であるラストローズもグリーンジプシーも生物として上位にある者の特有な雰囲気をまとっています。けれどドラゴンの王族は別格という事でしょう。

あのドラゴンロードのファヴニールをむしろ凌ぐほどの威厳をあのドラゴンは有していました。

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