第18話 魔の森の主  ブイヤベースの日


「チハヤ!」

いつものタイサンボクの木の下で読書しているとサアヤが後ろからハグして来ました。

真面目少女には珍しい。私はニッコリして振り向きました。

「どしたの?」

少女はふわりと前にまわってから左隣にすわりました。

「知ってる?トロニーのこと」

「たしか3年に一度選ばれるイシュモニアの“顔”ね?」

「そうそう。あれ教授部門と学生部門があるじゃない?」

一種の美少女コンテストみたいになってますよね。どちらの部門も女性ばっかり選ばれてるとか。

「うん」

「それがさ~教授部門の有力候補誰だと思う?」

ちょっと噂は聞いていました。

「リュティア?」

「いいなぁ呼び捨てで」

「関係無いよ。リュティア教授が優勢なんでしょ?」

サアヤはなぜか満面の笑みです。

「そうなんだよ~私も応援してるの」

おやおや。

「可愛さならアイリス教授じゃない?」

「確かに例年はアイリス教授が強かったらしいのよね。ところが今回はリュティア教授が彗星の如く現れたわけですよ」

チハヤは詳しそうでした。リュティアのファンの一員らしいし。

「学生部門はどうなの?」

話しを逸らされてサアヤはちょっと残念そう。

「噂ではマリアが優勢みたい。あとは先輩と後輩に一人ずつ人気の人がいるみたい」

マリアならお嬢様ムードといい分かる気もします。選定はイシュモニアの島民だし。画像ベースだし。でも良くボーっとしてるリュティアが優勢なんてね。

「たしかお祭りの日に決まるのよね」

「そうよ。楽しみだわ」

そこでちょっとイタズラを考えてしまいました。

「次は何だっけ?」

「アイリス教授の聖魔法の上級よ」

「じゃ一緒に行きましょ」

「うん」

サアヤは上機嫌でした。



次のお休みの日。スティングレイの居間で私はリュティアにトロニーの事を振りました。

「リュティア知ってる?」

お風呂に入って機嫌の良いリュティアはヘーゼルナッツを摘まんでいました。

「何?」

「トロニーのこと」

リュティアはルイボスティーを少し口に含んでから応えました。

「知ってるわ。私が学生だった頃と変わらないのね」

「前からあったんだ」

「そうよ。島のお祭りの時に島民の人たちの投票で決まるでしょ?今年は誰が有力なのかな?」

どうやら今年の下馬評については良く知らないみたい。なのでとぼける事にしました。

「リュティアはどう思う?」

「えぇ?わかんない。あんま興味ないし。でも教授部門はアイリスかなぁ。学生の時から人気あったし」

「そうなんだ」

「イメージ良いから島の為にもなるよね」

そういう見方もあるのね。ちょっと安心しました。

「アイリスとリュティアって仲良いよね?ひょっとして同級生?」

リュティアは一瞬パチクリしました。そしてちょっと柔らかく豊かな髪に触ってからニッコリ。

「チハヤって鋭い。でも今は内緒」

ふーん。で話を変えました。

「今度さ。釣りとか潮干狩りとかしたいね」

「いいわね。ブイヤベースが作れるわ。あなたのお友達も誘ってみんなで行きましょう。私も教授陣を誘うから。あっ良ければだけど」

ぐいぐい来る。私も少し考えて賛成しました。

「みんなも先生方と交流したいだろうし。良いんじゃないですか?」

今度はブイヤベースパーティーですね。プランニングはリュティアに任せました。私も少しお料理を考えましょう。




ブイヤベースの日。学生陣はいつものメンバーでしたけど教授陣が豪華。リュティア。イフィゲーニア。アイリスにラウラ教授とクラリセ教授も。エディスは残念ながら学院の重要な用事とかで欠席。

クラリセ教授は釣りの名人で実はリュティアが頼りにしていたようです。エレーの街に隣接する海岸はやや砂浜が多いのですが岩礁地帯も充分にあります。

釣りグループはクラリセ教授と大人しやかなラウラ教授が中心に。イフィゲーニアとアイリスが潮干狩り担当となりました。

ちゃんと漁業券を買っているので今日は取り放題です。休日なのでプロの漁師さんがいないのも落ち着きますね。

今日は魔法は禁止なのでみんなキャイキャイと楽しそう。

ハマグリ。カキ。ウニ。アワビ。サザエ。リュティアは浜焼きや酒蒸しの準備を始めました。

ラウラ教授は意外に達者で大きなヒラメを釣りあげました。

クラリセ教授はカサゴ類やカワハギ類やタイの仲間を次々に釣っています。

私はリュティアのお手伝いをしながら浜焼きや酒蒸しを食べました。

ロザリンドは立派なカンパチを釣りあげてラウラ教授と料理の下準備をはじめました。

どっさり獲物が集まると食べる方も忙しくなります。

アイリスは相変わらず食べます。というか細身のイフィゲーニアだって。やっぱり魔導師は食べますね。

獲物山盛りのクラリセ教授もご機嫌で焚火の方にやってきました。

「チハヤもアイリスも食べるね。良いことだよ」

「教授は釣りがお上手ですね」

出来上がりつつあるブイヤベースをチラリと見てクラリセ教授は応えました。

「ラウラもロザリンドも中々やるけどね。私は修行時代に勉強したんだよ」

「舞いと釣りは関係あるんですか?」

焼けたサザエをペロリと食べながら教授は良い笑顔でうなずきました。

「魚との駆け引きだからね」

なるほど。武術の道は深いですね。

「チハヤは舞いは好きか?」

「好きです。と言うか私体力無いから絶対必須の技術ですね」

クラリセ教授はにんまりと笑いました。

「良く分かってるな。魔導師としてのレベルが上がればある程度は体力もつくが。それでも限界がある」

ですね。

「実際今でも文官の大人の男よりは体力もあるはずだが足りないだろ?」

「全然ですね。身体能力強化の魔法もベースが低いと意味が薄いですし」

教授の指摘は鋭いですね。

「その足りない体力でもある程度のコトを為す技術が“舞い”だよ」

グランドチャンピオンにしてシャドウマスター。武術の申し子のような教授が続けます。

「実際の戦いになれば相手を油断させれば有利になる。チハヤは有利だ。相手がチハヤなら脱力してる。そこへ肘で当身。相手の身体が緊張したら極めて投げる。簡単だな」

たしかに。相手が筋肉マンなら私は有利ですね。ってかクラリセ教授の弟子はほぼ女子ですからね。もう仮想敵はムキムキの男に決まりです。

「でも美味しいもの食べて体力つけるのも大事だけど。チハヤは分かってるな。ふふ。海の幸は身体に良いからな」

おっしゃる通りです。教授が楽しそうで良かったです。

貝類と磯の根魚で出汁をとった美味しいブイヤベースができました。イフィゲーニア教授にサービスしに行きました。

「どうぞ」

「ありがとう。素晴らしい香りだわ。サフランね」

鋭い!エルフって感覚が敏感なんですかね?

「教授ってリュティアやアイリス教授と仲良しですよね?」

「えぇ。でもいつもみたいに名前で良いわよ。アイリスに教授なんて言わない方が良いわ」

「ですね。あの二人って同級生かなんかですか?」

「ん?チハヤちゃん聞いて無かった?リュティアはアイリスの指導教授よ」

げげ!師弟関係?

「リュティアの薦めでアイリスは研究生から教授になったのよ。ちなみにエディスはリュティアの2年後輩。リュティアは来るもの拒まずだから。良く面倒見てたわね」

なるほどなるほど。みんな歳とらないから聞かなきゃ分からないですよね。仲良しの理由が分かってきました。

そもそも魔導師は寝ている時の魔力循環で老けないのに。女性の魔導師はそこに気合入ってますからね。

もともと長命なエルフのイフィゲーニアは当然ですけど。ほぼ人間と思われるエディスだって見た目は美少女としか言えません。

まぁたまに宗教的な理由で老いて死ぬことを選ぶ修道女などがいるようですけど。

「そう言えばチハヤちゃんはアイリス以来のリュティアの直弟子ね」

突然こちらに話題がふられました。

「え?アイリスの後は直弟子はいなかったんですか?」

「そうよ。アイリスで頑張ったから疲れちゃったのかもね。リュティアってあんまり関わらない人だから」

アイリスは愛弟子だったんですね。

「でもこれだけは言っておくわ。あなたほどリュティアの生活の深いところに入った人はいないのよ」

真面目な顔でイフィゲーニアは続けました。

「あなたはリュティアにとって明らかに特別な人だわ」

嬉しかったです。でも私はなぜか顔をそむけてしまいました。

「お料理見て来ますね」

リュティアはブイヤベースがみんなに一渡り行きわたったので安心したのか自分も食べていました。相変わらず箸で骨をよけるのが上手です。

「チハヤも食べてる?」

あでやかな笑みでした。マントを脱いで純白のスカートとジャケット姿です。金銀の縁飾りが素敵ですね。

そして細くてすんなりした綺麗な手足が印象的です。

「食べてますよ。リュティアもやっとごはんですね」

この世界の柔らかい日光でも眩しかったのでしょう。リュティアはストレージから純白の帽子を出してかぶりました。

「作りながらつまんだから。お友達も喜んでるかな?」

そう言えばとサアヤのところに焼きガニを届けることにしました。

サアヤはアイリスと一緒に岩場の小高いところで食べてました。二人とも貝類が好物みたいです。カニは大丈夫かなぁ。

「召し上がりますか?」

リストランテのスタッフみたいに気取った仕草でサービスしてみました。

「美味しそう」

二人の声がハモリました。

甲羅を外してから大きな脚を1本ずつ渡しました。

器用に殻を外してかぶりつく二人。

「やっぱり浜でのお料理はこれが大事よね」

とサアヤ。笑顔を見ながらエラの部分を外しました。

「最高だわ」

アイリスもご満悦。柑橘類を絞りかけて岩塩をつけて食べています。

「良く母と潮干狩りしてカニも食べました。私の国は人口が少ないから漁業券とか無かったですね」

「私はリュティアと海鮮食べたわ。カニの食べ方も教えてくれた」

お?っと思っていると。サアヤから。

「幼馴染ですか?」

「違うのここの学生だった時よ。私は今のチハヤちゃんと同じような感じだったから」

驚きました。

「どこかで助けてもらったんですか?」

訳知りのサアヤから的確な質問。

「うん。そんなとこ。これ以上は内緒よ」

いたずらっぽく笑ったアイリスの顔は立派な教授さまには見えませんでした。むしろサアヤより幼くも見えたのです。

二人は既に二本目の大きな脚の肉に私が持った甲羅のミソをつけて食べていました。

美味しそうだったので私も少しお相伴しました。

食べ終わる頃リュティアが手を振ったので何事か聞きに行きました。

「お酒配ってくれる?こちらはクラリセさんに。こっちはイフィゲーニアに」

クラリセ教授には何か怪しい壺が。イフィゲーニアには美しいデザインの瓶でした。

「こっちの壺は熟成された梅酒よ。この瓶は美味しいビール」

美味しいのかな?リュティアはほとんどお酒呑まないけど。そう言えばアイリスも飲まないわね。

「クラリセ師匠。美味しい梅酒ですよ」

渋い陶器の壺を渡す。師匠も心得たモノで。かっこいい盃を取り出した。

「・・・うん。たまらん。さすがリュティア」

とっても良い笑顔。

「師匠とリュティアってどんな関係なんですか?」

にんまり笑顔の師匠。

「リュティアは私の一番弟子だね」

「ほう!」

「今でこそ魔導師も体術を習う者が増えたが昔は魔導師は魔法だけで戦うのが流行だったんだよ。ところがリュティアはかなり真剣に修行してくれたね」

「そうだったんですか!」

「あの子は結構強いよ。もちろん魔導込みなら私だって厳しい。いや本当の本気なら勝てないかもね」

ぎょぎょ!

「そんなに!」

「そうだよ。あの子は弱そうなフリしてるだけさ。チハヤも筋が良いんだから頑張りな」

「はい!」

凄いですね。リュティア。美少女で賢くて何でもできてお金もたぶん持ってるし。目指しましょう!

お辞儀してイフィゲーニアのところに。

ラウラ教授と飲んで食べてます。

「お気に召しましたでしょうか?」

メイドさんみたいにご挨拶しました。

「なぁに?チハヤちゃん。他人行儀ね?」

少し赤くなったイフィゲーニアは微笑みました。

「チハヤは優等生だもんね」

ラウラ教授もご機嫌でした。

「とんでもない。こちらリュティアからです。ご賞味ください」

グラスを渡してビールをサービスしました。

「うん!」

「美味しい!」

お気に召したようです。

「ベリー系のフレーバーとほのかな甘みが素晴らしいわ」

リュティアにOKサインを送るともう2本ビール瓶が転移してきました。

「あら!気が利くのね。さすがだわ」

ラウラ教授も頷いています。

「アイドルを占有したら悪いわ。チハヤちゃんはリュティアの所に戻りなさい」

何だか分かりませんが仰せに従う事にしました。

リュティアの所には食欲旺盛なロザリンドとソフィとマリアが集まっていました。

3人とも良い食欲で。どうりで3人とも育ちが良いと言うかですね。それぞれ立派に実ってます。私だって食べてるのに。

でも私も参戦しました。アワビの焼いたのが美味しくて生まれた土地の味の記憶が少し甦りました。

貝類は全般的に好きです。生も焼いたのも蒸したのも。小さい頃の記憶の影響もあるんでしょうね。

育ちの良いソフィとマリアは野趣に富んだ料理が新鮮なようでした。

リュティアの準備が良く新鮮な野菜や香草も惜しまず作られたブイヤベースはロザリンドの味覚も充分満足させたようです。

夕方になり風が出てきたせいで皆も集まってきました。

クラリセ師匠やイフィゲーニアとラウラ教授のお酒も無くなりました。そろそろお開きの時間です。

片付けはみんなの魔法であっという間。お開きの挨拶をしてそれぞれ転移で帰りました。

私はなりゆきを装って寮に帰らずリュティアの飛行艇でお泊りしました。

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