第15話 魔の森の主 海辺の街へ
お休みの日はリュティアご自慢のスティングレイにお泊りです。
快適なお風呂付き。リュティアの美味しい手料理付き。グランドマザーのストレージを漁って昔の音楽を楽しむ事も教わりました。
高等魔導学院の真上にありますから図書館もすぐ傍にあります。つまり本も読み放題。最高です。
時には海岸に行って釣りをしたり。海辺の町で海産物を買うのも。リュティアの料理の腕が冴えわたります。
柑橘類をキュッと絞ったお刺身。たっぷりと酒蒸しされた貝。
様々な貝類を食べて私は一瞬だけ生まれた世界を思い出しました。美味しい記憶は強烈ですからね。
甘辛く煮つけたお魚。お野菜と食べる鍋。大皿に盛りつけたお刺身。
お魚はとても身体に良いんです。なんだか気の巡りや魔力の巡りも良くなったような。
コリコリ食感のお刺身。少し甘いタレと。ふんわりと蒸しあげた白子や肝。こちらは酸っぱいタレと良く合うんです。
たまらない美食を楽しんで。
夜はリュティアに音楽を習ったり。私はキタラの才能があるそうです。リュティアが教えてくれた古代の恋の歌。上手く弾けたでしょうか?青と黄色。二つの月が知っていますね。
ある日の午後。リュティアは見事なエイを買ってご機嫌でした。大きな肝を酒蒸しに。素晴らしい切り身はバターで焼いて。
「さぁ。私のスティングレイと同じ形のエイのお料理よ」
新鮮な柑橘類。美しく切り分けたサラダ。焼きたてのパンケーキ。魔導師じゃなかったら太っちゃいますね。実は最近少しずつお料理も習っています。まるで魔法ですね。
「そう言えば鑑定魔法はどうなんですか?」
優雅にハチミツ酒を飲みながらリュティアは微笑みました。
「まだ難しいわね。鑑定阻害の付与魔法が働いているみたい。でもね。私は分かっていることがあるの」
エイの切り身に舌鼓を打ちながら私は聞きました。
「どんな事ですか?」
テーブルの上を細い指で打ちながらリュティアは言葉を選んでいるようでした。
「あのアーティファクトを完全に支配すれば私もあなたも全ての機能を知ることができるはずよ」
なるほど。在り得ると思いました。でもまだ少し恐い気もします。
「あのアーティファクトを作ったのは異世界のクリーチャーで恐らくはシェイプシフターですよね」
「そうね」
リュティアはこの質問を予期していたようです。
「でもなぜ銀星龍レナーティアーは私に理解できる心話で語り掛けたんでしょうか?」
「鋭いわね。実はシュイプシフターはこちらの世界では流暢にこちらの言語を話すらしいのよね」
「えぇ?!ホントですか?」
完全に異世界の魔物と思っていた私は驚きました。
「実際あちらの世界にはこちらの世界の神々に匹敵するような存在もいたし」
確かにリュティアはそんな事を言っていましたね。不思議なことです。
「まぁ神々っても邪神ですけど。・・・想定外の存在について考えても今は無意味ね。問題はあなたに語り掛けた時はこの世界の共通語だったのよね?」
「はい」
「でも私には古代語で話したのよ・・・」
なんて不気味な事でしょう。
「どうも私の主言語を古代語だと認定したようね」
「不思議ですね。なぜ私にあのクニの言葉で話さなかったんでしょう?」
「そこよね。やっぱりシュイプシフターは何か万能あるいは汎用翻訳の考え方があるみたいね。でもあなたの故郷の言葉は何かの理由で規格外だったのね」
「あるいは何らかの理由でこの世界を狙っている?あの遺跡は明らかにこちらを対象としていましたよね?」
「なのに私には古代語で話しかけた。そうか!古代語が優先なんだわ!」
「では私が古代語に堪能になれば古代語で話せるんでしょうか?」
リュティアはまじまじと私を見つめました。
「チハヤ。古代語習う?高度な魔法を学ぶ時に便利だし」
私は時々リュティアが歌う古代語の意味を知りたいと思いました。
「教えてください」
それから古代語のレッスンが私の学習に加わりました。
そんなある日。クトネシリカがサアヤさんからのメッセージを受け取りました。
そう言えばサアヤさん。実家との往復の旅費を節約するために寮に残って勉強しているんでした。私から連絡すれば良かったな。そう思いながらメッセージを読みました。
どうやら街までお買い物に行きませんか?とのこと。私は二つ返事でOKしました。
待ち合わせは風の曜日の朝。場所は学院の図書館の前。気持ち良い季節なんですけど何があっても良いように防御力のある恰好できました。
「チハヤさん」
どうやらサアヤさんも同じ考えだったみたい。
私たち魔導師のタマゴはある意味宝の山みたいなもんですから。
悪い人に捕まって利用されたら大変ですからね。
「サアヤさんもお元気そうですね」
何となく両手でタッチ。二人だけでお話しするのは初めてかも。親近感はあるんだけどいつもお友達が一緒だから。寮は個室ですし。
「チハヤさんもイシュモニアに残ったのね?」
二人で同じことを考えていたみたい。
マリアはヴァイエラの実家。ロザリンドの実家はグプタ。ソフィは世界中に別荘があると言ってたから。どこかしら?
「今日はおしゃべりたっぷりできますね」
「丁寧語じゃなくて普通に話せるようになりたいわ」
せっかくだから踏み込んでみました。そしたらサアヤさんもにっこり。
「私もそう思ってたの」
「ですよね」
自然に手を繋ぎました。
「まずお食事?」
「ですね。何処に行く?」
サアヤさん。まじまじと私を見ました。
「私は学院以外で食べた事ないんですよね」
これは私の責任重大ですね。
「サアヤさん不得意な食べ物は?」
彼女はほっこり笑顔になりました。
「普通の食べ物なら何でも食べるわ」
う~ん。それなら。
「海鮮料理が美味しいお店は?」
「素敵。ムイも魚介類食べるのよ。ウチはお金持ちじゃないから良く潮干狩りしたな」
それなら大丈夫ね。
「決めたわ」
「楽しみ」
手を繋いだまま私たちにできる距離の転移をしました。
漁港の近くの商店街エレー。イシュモニアの海鮮の需要の多くを引き受けている街です。ある意味学園都市を除いてイシュモニア群島で最も大きい街ですね。
お魚の専門店。貝類の専門店。保存食の専門店。もちろん料理店も。
「お店がたくさんですね」
サアヤさんもニコニコですね。
「美味しいお店を紹介するね」
「楽しみ。チハヤさんは美食家だもんね」
うそ。ハードルが上がってる~。
「美味しいお店はお魚の匂いがしないのよ」
リュティアからの受け売りです。
「え?どして?」
「新鮮な食材は匂わないのよ」
「え~!なるほど!」
新鮮な食材を使って清潔にしてると匂いなんかしないんです。清潔ってつまり食べれるモノと食べられないモノをちゃんと区分することですから。
清潔が実現できないお店が美味しい料理なんか作れるワケがありません。・・・もちろんリュティアからの受け売りです。
「ここよ」
リュティアが見つけたお店に着きました。『リリアーナの店』
「可愛いお店ね」
サアヤさん気に入ってくれたみたい。
「いらっしゃいませ!」
元気な女性が挨拶してくれます。お店の中はカウンターとテーブル席。とても可愛らしくて清潔そのものです。お魚の匂いなんてしません。
「おしぼりどうぞ。こちらがメニューです。冷えたお茶はサービスですけど如何ですか?」
清潔な冷えたおしぼり。うれしいですね。お茶は好みがあるから聞いてくれるんですね。
「私はお茶をお願いします。サアヤさんは?」
「私もいただきます」
で。お茶を用意してくれる間にメニューをチェック。今日のお好み定食が良い感じ。安いし。
「私と同じで良い?」
「チハヤさんにお任せします」
表情豊かな瞳が微笑んでる。
「じゃこれを二つお願いします」
「はい。お好み定食二つ。ありがとうございます」
焼き物の器に入った冷えたお茶を一口。さっぱりして美味しいです。
「爽やかなお茶ね。お砂糖入ってないのが素敵」
つかみはOK?
「これはグリーンティーだからこのまま飲むらしいわ」
「ねぇ。チハヤさんって普段はリュティア教授に勉強教えてもらうの?」
むぐ。いきなり突っ込んだ質問。たしかにリュティアは教授なんだけど。
「正直言ってかなり教わっているわ。そもそも上級の魔導師と一緒にいるだけで私得してると思う」
そして魔法薬の作成を例に得してることをお話ししました。
そうこうする内にお料理が。
「はい。お待ちどうさま。今日のお好み定食2つです」
獣人の血統が混じっているらしい娘さんが運んできました。先ほどのご婦人が料理人兼オーナーのリリアーナさんね。
とても清潔な木のお盆の上にはいくつかの小鉢とスープとパンケーキが載っていました。
「美味しそう。香りも良いわ」
サアヤさんも嬉しそう。
「でしょ。さぁいただきましょう」
お料理に手を合わせてまずスープから。お魚と海藻のお出汁の旨みが口一杯に広がります。
小鉢は新鮮な貝類の酒蒸し。魚の揚げ物。野菜サラダとデザートらしい果物。パンケーキはそば粉が主体でおそらくもち麦などの粉を練り込んだものでした。
「このそば粉のチャパティは美味しいわ。少しもっちりした食感も良いのね」
サアヤさんはパンケーキをチャパティと表現していました。後でリュティアに聞いてみましょう。
そして魚の揚げ物にかかった甘口のソースが絶品です。外はパリッ中はふっくらした揚げ物に良く合いますね。
サラダと果物はサッパリして清々しいですね。お食事のシメは冷たいお茶。しあわせです。
「ごちそうさまでした」
お代を払ってエレーの街へ。イシュモニア群島で第二の街だけあってそこそこ賑やかです。
歩きながらお互いの生い立ちを話しました。
海風と山風が気持ちよく吹く“風の丘公園”に着きました。ベンチに座ると。
「苦労したのね。私最初はお金持ちのお嬢さんかと思ってたの」
サアヤさんが真面目な顔で言いました。
「そうでも無いわ。マツリの依り代に成らなくて済んだし。リュティアは何でもできる人だし。私苦労知らずの甘えん坊かも。ダメだよね」
私の答えに労わるような優しい笑顔を見せてくれました。
「ううん。私はそうは思わない。チハヤさんは立派よ。でも苦労は忘れた方が良いわ。楽しい思い出だけ大切にして」
「あなたも大変だったんじゃなくて?」
一瞬でいつもの元気なサアヤさんに戻りました。
「そんな事無いわ。ありがたい事に魔法の才能があって。母は優しい人だし。女に生まれたのも得したと思うの。軍に徴用されずに済んだもの。イフィゲーニア教授に見つけてもらえてイシュモニアに来られて私は幸せ者よ」
「軍隊って怖いよね」
私の言葉にサアヤさんは穏やかに微笑みました。
「でも国には必要なものよね。ただ私は軍隊で訓練されるより学院で学ぶ方が向いてると思う。軍の方がお給料はずっと良いし母に楽させてあげられるけど」
その言葉で実はサアヤさんには男の子に生まれてお父様みたいな軍人になりたかったという気持ちがあるのを理解できました。
「学院では何でも学べるのが嬉しいよね?」
「そうね。チハヤさんみたいな人に知り合えたのも良かった」
びっくりです。優等生に言われると。
「私もサアヤさんみたいな優等生と知り合えて良かった」
ところがサアヤさんも驚いた表情でした。
「あなたのが凄いじゃない?」
え?
「みんな知ってるよ。チハヤさん称号とるかもって」
え?
「でも優しい人で良かったな。この学院は学生の人数が少ないから。悪く目立つ人もいるもんね」
私は少し考えました。
「・・・称号ならサアヤさんもとるかも」
今度はサアヤさんがびっくり顔。
「うそ・・・」
「ホントだよ。サアヤさんは賢者。ロザリンドの聖騎士もほぼ確定だし。私たちのグループはわりと評価高いみたいね」
サアヤさん嬉しそう。
「ホントなら嬉しい。B級魔導師以上確定だもんね。母に楽させてあげられる」
なるほどね。だよね。
「あっ!ごめんね。私は母がいるだけ楽な人生だったわ。ダメね」
「そんなこと無いよ。私も幼い頃は伯母に甘やかされていたし。リュティアはとても優しいもん」
「そうだよね。優しくて強くて綺麗で素敵だわ。リュティア教授が大賢者ってホント?」
ビビる質問。聞いたこと無いし。
「あっ!気にしないでね。でも私もあんなになりたいなぁ」
「なれるよ。サアヤさんなら」
恥ずかしそうに微笑んだサアヤさん。
「嬉しい。けど自信ないな」
うそ。
「どうして?」
「だって私平凡だもん」
ぎゃふん。WLIDなしでも魔法ポンポン打てる人に自信が無かったら世の中の魔導師は可哀想。
「全然平凡じゃないよ」
「リュティアさんみたいに美人ってか美少女じゃ無いし。あ!笑った!」
「笑うわよ。あなたみたいな可愛い人が悩むことじゃ無いわ」
「そんな事ないよ。あなたも美少女だもんね。わかんないのね。こういう悩み」
「私なんかチビだし。胸平らだし。やせっぽちだし」
また驚いたサアヤさん。
「だって妖精みたいな高貴な美少女じゃん・・・悩みって人それぞれなのね」
守ってあげたいタイプのサアヤさんに言われても。でも。
「そうね。何でもできる可愛いサアヤさんにも悩みがあると分かったのは収穫だわ」
ふと気づいたようなサアヤさん。ちゃんと褒めたのにスルー?
「そう言えばあなたって攻撃系だけはあんまり使わないよね」
私はリュティアの戦い方を話しました。空間魔法で唐辛子や塩や砂を好きなところに転移させる戦いを。あるいは重力魔法で敵の体重を千倍にしてしまう戦法を。
「凄いわ。さすがリュティア教授ね。それなら攻撃系は要らないよね」
そこでリュティアがサアヤさんを褒めてたことを教えました。
「あなたの雷系魔法を褒めてたわ。いろいろ応用できそうだって」
「え?ほんと?嬉しい・・・」
食いつきは良かったのに。考えこんじゃいました。
「私ももっと勉強しなきゃ・・・」
あ~ぁ。やる気だしちゃった。もうこの子賢者確定かな。いいな。目標あって。私は・・・
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