第14話 魔の森の主 もう一人の転入生
初めての迷宮攻略の熱も冷めやらぬ日々。
新しい転入生が来ました。しかも私たちのグループへの編入でした。
イフィゲーニア教授の中級の樹魔法の時間。
早めに行った私は教壇のところにポツンと可愛らしい少女がいるのを見つけました。
しかもこの世界では珍しいメガネっ子です。
真面目そうというのが第一印象でした。
私と同じ純白の制服でしたから白魔導師と分かりました。治癒術師らしい丸いデザインの帽子。純白のローブ。スタンドカラーのミドルレイヤー。膝までのスカート。折り返しのあるミドルブーツ。
焦げ茶色の髪とキラキラしたブラウンの瞳。真っ白な肌色から北の国の人かなぁ?と思いました。
そんな事を考えているとソフィ。マリア。ロザリンドの3人娘が来ました。3人も直ぐに少女を見つけて興味深々です。
最後に教授が来ました。
「みんな元気?」
イフィゲーニア教授の言葉にそれぞれ応えました。
「今日は新しいお友達を紹介するわ。こちらはサアヤさん。みんな仲良くしてね」
メガネの少女がペコンとお辞儀しました。
「サアヤです。北の国ムイ共和国出身です。イフィゲーニア教授のご紹介でこちらに編入されることになりました。宜しくお願いします」
イシュモニアの高等魔導学院は諸国の魔導適性の高い子供を集めて教育する機関です。
なので長いお休みの期間に教授たちが諸国を巡って適性の高い子供を探しています。
リュティアのように常任の教授では無い人もいますし研究室に籠っている“司”たちもいますけれど。
なので紹介で編入される学生が多いです。私もそうですし。
一目で好感を得た私はできればお友達になりたいなぁと思いました。
授業をちょっと上の空で終えた私は高楼の鐘の音とともにサアヤさんのところに行きました。
「サアヤさん。私はチハヤと言います。次の授業のご予定は?」
サアヤさんはちょっと微笑んで言いました。
「私は今日はこの授業だけです。まだアイドリングですから」
「じゃみんなでカフェに行きません?」
ソフィもマリアもロザリンドも寄って来ました。
「私は良いですよ」
サアヤさんは可愛く笑顔で応えました。
「やった~」
みんなで学生棟の3階にあるカフェに行きました。
居心地の良いカフェの日当たりの良い窓際の席に座りました。
日陰の席は勉強している人が多いからです。
オレンジ色の太陽の光はポカポカして気持ち良いです。
イシュモニアはこの世界では暖かい地域になりますけど秋の陽だまりは良いですね。
お互いに飲み物を買って自己紹介です。
サアヤさんの反応が楽しいです。
ソフィがファベルジュ商会のご令嬢とかマリアがヴァイエラの伯爵令嬢と知って目を丸くしていました。
またロザリンドがオッダンタプリの大学教授の娘で家が本だらけと知って羨ましそうでした。
次に私がリュティアに救われた異世界からの来訪者と知った時もかなり驚いたようですね。
リュティアの事をいろいろ聞かれてしまいました。
「では最後は私ですね」
サアヤさんの自己紹介。みんな興味深々です。
サアヤさんは北の大国であるムイ共和国で生まれました。お父さんは優秀な兵士だったそうです。でも彼女が幼い頃に亡くなってしまったそうです。
お母さんは看護師さんでサアヤさんとは仲良く暮らしていたそうです。
ムイ共和国は北国ですから暖房などに大きなエネルギーが必要になります。その為同じ条件なら国の発展や防衛に対して他国より厳しい条件となります。
リュティアの文明学の授業でも文明を維持発展させる力の源泉は情報量とエネルギー量と国民の民度だと習いました。
通常では不利なはずのムイ共和国がどちらかと言えば先進的なグループにあるのは実は魔導の開発に熱心だからだそうです。
なのでサアヤさんのような子供も魔導の素質があると相応しい教育を受けることができるそうです。
そして前のシーズンで視察中のイフィゲーニアに見いだされて今回イシュモニア高等魔導学院に編入してきたのだそうです。
この学院に入学すると全ての系統の魔法を学べます。そして卒業すると『魔導師』と名乗ることができます。
魔導師となると世界のほぼ何処でも通用しますし自動的に魔法を教える資格を得ます。また魔法ギルドにもCクラス以上で登録されます。
まさにお母さんに親孝行したいサアヤさんにとっては渡りに船の条件だったのです。
もう一つ重要なのはイシュモニア高等魔導学院はお給料が出ることです。
ソフィやマリアのような豊かな家では関係ありませんが私のような家なき子やサアヤさんの場合は結構重要なポイントです。
ロザリンドだってお小遣いがもらえるのは嬉しいはずです。
私の場合は高価な装備などはリュティアがくれます。けれど例えばリュティアのお誕生日にプレゼントを自分のお金で買えるのは大きいです。
サアヤさんの場合には高価な装備などは学院に貸与して貰う手がありますけれど卒業後の数年で自分で買い替えるか貸与品を買い取らねばなりません。
また私のクトネシリカのようなWLIDをサアヤさんは所持しておらず悩みの種のようでした。
高性能高機能なWLIDは買えば高価だからです。
それでも頑張り屋さんの彼女は殆ど私と同じくらい治癒や防御の魔法を学んでおり攻撃系の魔法もソフィやロザリンドに負けないほどでした。
もうすぐお誕生日らしいのでパーティーの計画をたてました。サプライズはプレゼントで頑張りましょう。
すぐに分かったんですけどサアヤさんは本当に優秀でした。まぁこの学院に入れる時点で優秀なんですけどね。
特に模擬戦闘訓練では貸与品の杖なのにとても反応良く防御と攻撃を展開していました。私はリュティアに倣って普段は杖無し派なんですけどね。
シールドも私と同じ空間系で対物理は完璧です。攻撃も多彩でした。火系も風系も氷結系も使えるんですね。たぶん雷系は奥の手だと思います。
体捌きも良いので舞の授業を誘ってみました。みんなとの舞の授業は楽しみです。
サアヤさんの出身国ムイは古来から文武両道と言ってアタマも身体も鍛えるそうです。
だからでしょうか?サアヤさんは実技も学問も好成績でした。
学問の成績が特に良いマリアやソフィには良い刺激になったと思います。
実技が得意なロザリンドは直ぐにサアヤさんと仲良しになりました。好敵手ってことですね。
サアヤさんの母国のムイ共和国はイシュモニアとも良好な関係がありみんなの故国と軋轢が無いのが良いですね。
ある日の舞の授業。サアヤさんも3回目で既に動きがサマになってきています。
ロザリンドが指導役ですが素早い動きに良く追従できています。
かなり勘が鋭いんですね。
私はクラリセ教授に投げまくられる受け身の練習。上手に投げてくれるので楽しいんです。
マリアとソフィは高度な対人練習です。二人は相当上手いです。教授曰くもうすぐ対人警護ができるレベルとのこと。でも二人とも警護される方でしょうけど。
ロザリンドは打撃系の技に優れています。マリアととソフィは多彩な技に習熟しています。強いて言えばマリアは崩しと極め技が得意。ソフィは投げ技が上手です。
サアヤさんはどんな舞手になるのでしょう。楽しみですね。私はリュティアと冒険する時に自分を守れるようになりたいです。
そしてこの授業が終わったらサアヤさんの誕生祝いです。
楽しみですね。イフィゲーニア教授もサアヤさんの保護者代理として出席されます。大人は一人だけです。
これはイシュモニアのカスタムだそうです。
場所は学生食堂の一角をパーティションで区切って借りました。隠蔽魔法をかけたので騒いでも大丈夫です。
イフィゲーニア教授のご配慮でかなり豪華な食事が並んでいます。
盛りだくさんの果物。きれいな海鮮サラダ。丸ごとのターキーのロースト。大きな鯛の焼き物もあります。
そして主賓の席にチョコンと座ったサアヤさんにプレゼントを渡しました。
始めはソフィから。さすがファベルジュ商会のご令嬢。大きな魔晶を使ったWLIDです。ティアドロップのペンダント型です。
「ありがとう。ソフィ。こんな素晴らしいプレゼントなんて」
サアヤさんメチャクチャ喜んでました。これで魔法の制御がもっと精密になりますね。
次はマリアから。こちらも貴族らしく素晴らしい杖をプレゼント。美しい濃紺の魔晶が嵌まったオリハルコンのしなやかな杖。魔法も得意で運動神経の良いサアヤさんにはピッタリです。
「ありがとうマリア」
しっかりハグしてました。
次はロザリンド。大学教授の娘らしく魔導書です。天使を召喚できる『シェムハザの祈祷書』です。凄いです。
「嬉しいわロザリンド」
魔導書をしっかり抱きしめていました。
次は私です。
「これは?」
ドラゴンの革で作ったポシェットです。色は使い易い黒にしました。
「ストレージ付きだよ。気に入ってもらえるかなぁ?」
「あなたが作ったの?」
「うん」
「素敵だわ。あ!ストレージの中に魔法薬?これもあなたが?」
「うん。何処に行っても無事に戻れるように」
アムリタやソーマなど上級の魔法薬を10本ずつ入れました。
「凄いわ。嬉しい!」
気に入って貰えたようです。早速肩にかけて魔導書と杖を収納していました。
最後はイフィゲーニア教授から。目隠しされたサアヤさんにフワっとプレゼント。
教授たちからは素晴らしいローブが贈られました。
目を開いたサアヤさん。感動で声が出ないようです。
「・・・嬉しいです」
少し涙が滲んでいるみたい。優しい子なのね。
「教授陣も優等生に贈るんでがんばったのよ」
美しいイフィゲーニアは声も女優さんみたいです。感動です。
「さぁ食べましょう。飲み物もたくさんあるのよ」
それからは女子会です。
もちろん楽しかったですよ。
遅くまでおしゃべりしちゃいました。もちろん寮は厳しいので大人しく。
今日は魔法薬の授業。私は出席免除で単位がもらえるんですけど。みんなのお付き合いで授業に出ています。
先生はリピニウス教授。銀髪で銀の瞳のリヒターです。つまりリヒテル出身の男性ですね。この学院は女子はほぼ女性の教授が担当なんですけど。学生も教授も女性が多いですから。
なので私たちには珍しい男性の教授でしかも今年最後の授業です。
「みんなかなり出来るようになりましたね。この学院は女性の学生が圧倒的に多いですが。確かに成績良いですよ」
学院の方針は正しいと言う事ですね。まぁ男性で魔導師適性がある人は各国の軍に入る人が多いようですけど。
それでもイシュモニアは子供の時にいわば青田刈りするだけあって優れた魔導師を輩出しています。
「まぁ上級ポーションは当然としてアムリタかソーマかダイゴかあるいはエリクサーが作れれば充分ですからね」
リピニウス教授はリヒターらしく理知的というか・・・あまり感情を表さない人です。指導方針はまず魔導師として妥当な能力を身につける事。あとは学生が伸びるに任せるという感じですね。
「このグループは実技は大丈夫ですけど。筆記の試験も頑張って下さいね。魔法薬は今作れないものでも製法をちゃんと理解していれば何時かは作れますからね」
この学院ではほとんどの授業で実技と筆記の試験があります。魔導師は超現実的視覚からの情報をもとに現実世界に魔法的事実を実現する能力者ですから現実世界の物事をアタマで理解しておくことも大切です。
ですから筆記試験も重要なんですね。筆記試験ができない人は将来子供たちに教える時に不自由します。
俗に“善く知る者は良く教える”という通りですね。
例えば魔法薬は通常の薬と全く違います。それは薬の成分の働き以上に籠められる魔法の力の作用が大きいからです。
成分と製法が正しければ薬は薬として働きますが魔法薬はそうはいきません。
例えばエクストラヒールができない魔導師はアムリタを作れません。そういう難しさがあるのが魔法薬作成です。
「また休みの前なので考えて欲しいことがあります。みなさんは魔導師になるためにこの学院に来たわけですけど。魔導師になるとはどういう事なのか?今一度考えてみましょう」
魔導師になる意味。私はまず自分で自分を守りたいです。
「例えば広場で子供が攫われそうな時。みなさんはどうしますか?」
挙手が速かったのはロザリンド。
「守ります。ついでに悪者をとらえます」
「素晴らしい。正義感があるのは善いことです。でも良く考えましょう。子供はお母さんと一緒ですね?」
たしかに。みんな頷いています。私は教授の意図が分かりました。
「お母さんが忙しくて何処かに行っちゃったら?」
まだ?って感じの子もいます。ソフィとサアヤさんは分かったみたいです。
「その土地の警備系の人が来たら?」
「あぁ!」
全員気づきました。
「分かりましたね?そこにいるのは笑顔のロザリンドとボコボコの悪者。まぁ私たちの目にはロザリンドは如何にも正義の味方ですけど。でも文化が違ったら?善悪が逆に見えちゃうかも」
ですよね。
「でも大丈夫です。皆さんが魔導師なら」
「自分のお手柄にしなくて良いなら子供も助けられるし悪人も懲らしめられるんですね」
ソフィの結論。みんなの結論。
「そうです。それこそが魔導師である利点です。皆さんは皆さんの正義感と責任感に従って善きモノを守り悪きモノを罰する力を得ている。それが魔導師です。だからこそ責任が重いんです」
みんな静かになっちゃいました。
「私はみなさんの正義感を信じています。だからこそ今一度このことを考えて欲しいんです。助けるのは良いんです。罰する時に特に考えて欲しい。あの盗みをしようとしている男は愛する家族が餓死しないようにする為に外に方法を思いつかなかったのかも知れません」
みんな真面目な顔になりました。
「私が皆さんの卒業試験に出すのはこの1問だけです。魔導師の責任についてどう思いますか?」
難問です。でも答えられない人が魔導師だったら普通に恐いですね。
魔法を使えるのが当たり前になってるからこそ考えないとね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます