第12話 魔の森の主  学園都市


「チハヤ!」

大好きなタイサンボクの花の下で読書しているとお友達が教室から出てきました。

「ソフィ。マリア」

二人は寮のお友達です。ソフィは肩で切りそろえた金髪で蒼い瞳。マリアはポニーテールの茶色の髪に黒い瞳。二人とも私より少し背が高いのです。

木漏れ日の中で花の香りを愛でていると二人が歩いてきました。タイサンボクの芳しい花はリュティアに少し似ています。

「ここはチハヤのお気に入りね」

髪の長いソフィが左に腰掛けました。美しく香しい花の隙間からお日様がのぞいています。

「私も好き」

真面目なマリアは教科書に栞をはさんでいます。ソフィのさらに左に腰掛けました。ベンチの右端に私が座っているからです。

二人は中級の光魔法の授業を受けていたのです。私は学習進度が上だったので中級の授業は受けていません。

「どうだったの?」

「エディス先生厳しいわ」

「相変わらずね」

努力家のマリアは頑張っているのでしょう。ソフィは余裕がある様子です。ともかくエディスが光魔法の教授なんです。

入学してはじめはエディスやアイリスやイフィゲーニアが教授であることに慣れませんでした。やっと最近慣れてきたのはリュティアも教授だったからです。

確かにリュティアも含めて4人とも他国も認める優れた魔導師ではあるのですけれどね。

ちなみにアイリスは聖魔法の教授でイフィゲーニアは生命魔法と樹魔法の教授です。

そしてリュティアは空間魔法と重力魔法の教授です。

鑑定魔法の修行に来たはずなのに教授やってるなんて。なんとなく私以外の人にリュティアが教えるのは嬉しくありません。

私は治癒系と転移系と防御系を重点的に学びたいので4人全員の上級の授業を受けています。あ!イフィゲーニアの樹魔法だけは中級も受けています。樹魔法は魔法薬の精製にとても関連があります。私はヲチミズを造れなかったので苦手な分野は克服したいんです。

私は何となくリュティアと同じような魔導師になりそうです。ただリュティアは攻撃系以外はどの系統の魔法も上手です。

実は闇魔法もエキスパートだったと聞いて驚きました。

シェイプシフターの空間から逃げる時は闇の防御系魔法が役に立ったそうです。また魔の森の探索には隠蔽の魔法をしばしば使ったそうです。

それらはゾシマ老とのお食事の時に知りました。

闇の魔法も苦手な分野ですから頑張らないとなりません。

入学以降の私は光魔法の習得が速いようです。エディスも驚いていました。私の魔法の主軸は明らかに光魔法だと思います。そして聖魔法や生命の魔法などが明らかな得意な魔法ですね。

高等魔導学院は普通の学校と違う特徴がいくつかあります。

まず学生は女子が圧倒的に多いんです。男子で魔導の才能があると国家の軍隊などで採用されてしまうからですね。

また授業は一般の学校と異なりクラスでは無くグループで行われます。

これはそもそも学生の全体数が少ないことと進捗が近い学生を集めるのに少人数の方が細かく設定できるからです。

魔法以外の授業は基本的にソフィやマリアと一緒に受けています。例えばリュティアは時々特別講義で文明学を教えています。私も必ず受けています。

文明学は面白い学問です。歴史学や考古学と近縁関係にあります。

文明の発達には一定の法則があるそうです。

全ての文明はその発達に伴って扱うエネルギーと情報の量が必ず増えます。

その際に自然な状況下では

・より安全に

・より簡単に

・より精密に

エネルギーと情報を扱うようになります。

これは文明に関する重要な法則です。

文明はそれぞれ個性があり成り立ちや歴史が異なります。学んでいるとイシュモニアやリュティアの家があるサリナスは正統派の魔導科学文明の地域だと分かりました。

文明が自然に発達しているということですね。

「チハヤ。次は一緒の授業よ」

「チハヤは用意できてるよ」

ソフィは良く分かってますね。私は遅刻恐怖症なのでいつでも準備万端です。

「行きましょ」

「うん」

イフィゲーニアの中級の樹魔法の時間です。植物の成長を促進するのが大きなテーマになっています。

巨大な植物園が教室です。

本当はラストローズがいれば樹魔法は簡単なんですけれど私が入学してからローズとジプシーはリュティアの家でお留守番なんです。

やっぱり助けてもらったら魔導師として大成できませんからね。

とりあえず今は自分だけの能力では樹魔法は難しいです。生活魔法は大丈夫なんですけどね。

例えば病んでしまった果樹を癒して治してあげるのは得意です。でも不自然に成長させるのはちょっと苦手です。

発芽まではできるんですけどね。

ソフィはファベルジュという大きな企業の創業者の一族です。マリアはイフィゲーニアが滞在していたヴァイエラ神聖王国の伯爵令嬢です。

二人とも一族の期待がかかっているので真面目ですね。私が苦手なことも努力と根性で乗り越えちゃうのが凄いですね。

この日の授業で私はどうしても成長力を暴走させてコントロールすることができませんでした。

イフィゲーニア教授は個人差があるから大丈夫と言ってくれましたが。樹魔法でも上級の傷んだ樹木を癒すのは得意なのですけどね。


次の授業は身体を動かす時間でした。先生は“舞の司”と呼ばれたクラリセ教授です。黒髪と黒い瞳で親近感の湧く先生です。

先生はグランドチャンピオンとシャドウマスターの二つの称号持ちで武術の達人です。魔導師になった後で武術に興味を持って学んだ方です。努力の人ですね。

授業はソフィとマリアとロザリンドが一緒です。

クラリセ教授はとても優しい方でこの魔導の国の中ではやや高齢に見える人でした。

ロザリンドはソフィやマリアと元々の友達で私もすぐに仲良くなりました。彼女は南の大国であのヘルヴィティアの侵攻を度々退けているグプタ帝国のオッダンタプリ大学教授の娘です。オッダンタプリも巨大な学問都市だそうです。

ロザリンドは水色の優しい髪と灰色の知的な瞳の美少女です。

クラリセ教授の授業は魔法ではありません。

“舞”という自分の身を護る技術の授業なのです。

身体能力ではなく知恵と知識と伝統の技で身を守る方法をまとめたのが“舞”です。

その中には生物の身体の構造と機能に対する深い知見が秘められていました。

実際に舞の技術を学ぶと治癒魔法の効果が増大するそうです。

授業は怪我をしないようにクッションが敷かれた演舞場で行われます。

一番後に授業に加わった私ははじめは皆に教わる立場でしたがじきに追いつくことができました。

“気”というエネルギーの流れが見える私はこの授業が好きでした。

気は魔力と似ていながら異なるエネルギーです。

魔力がアストラルボディを循環するエネルギーなら気はフィジカルボディを循環するエネルギーです。

普通の人の場合にはそれらは自身の存在を保護する働きがあるだけです。

しかし魔導師は普通の人々とは隔絶した莫大な魔力を操ります。

同様に舞の遣い手は普通の人々には不可能な気のパワーを操ります。

魔力も気も普通の人にはできない現象を起こします。どちらかと言うと非力な魔導師が身体を鍛えて気を操るようになるのは弱点を補う良い方法です。

私は一見すると弱いように見えるリュティアが大きな気のパワーを操っているのを理解できるようになってきました。

クラリセ教授は舞は幼い頃に始めた方が効果が高いとおっしゃいました。

私の進捗が速かったのはそれが一つの原因でしょう。

私たち4人は互いに相手を交換しながら技をかけ合って練習しました。つかむ。崩す。投げる。撃つ。極める。

自分が球になったように舞い。相手を球のようにして舞う。

人の身体は流体であり。自然は流体の法則にしたがう。

目は四方を聴き。耳は八方を見る。

繊細な指先は万物の変化を読み解くのです。

「みんな慣れてきたね」

クラリセ教授が深淵な知性を感じさせる瞳を光らせます。

「先生のご指導のおかけです」

真面目なマリアが応えました

「私たちだけで迷宮探索できるのはまだまだ先でしょうか?」

つまり迷宮探索したいと言っているのは勝気なロザリンドです。

「もうちょい先かしら?」

と慎重なのはソフィ。

私は教授の答えを待ちました。

「チハヤはどう思う?」

逆に教授が尋ねます。

「私は・・・魔の森の遺跡みたいなのなら無理でしょう」

「そうか。チハヤは魔の森に行ったんだね」

「はい。あの遺跡はどのくらいなんでしょう」

漠然とした質問になってしまいました。

「あの遺跡はリュティア教授の報告が正しいならSクラスだろうね。きわめて危険な遺跡だよ。世界に災いを与える可能性がある意味でも。

魔の森だけならBクラスくらいだと聞いているけどね」

私たちはゾッとして顔を見合わせました。

「でも安心なさい。もっと危険度の低い迷宮ならあんたたちでも探索できるよ」

小さくて中の魔物が弱い迷宮なら。

「あるんですか?」

乗り気なロザリンド。

「あるよ。学園が管理してる修行用の迷宮が。行ってみたいかい?」

クラリセ教授がにんまりと笑いました。

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