第11話 魔の森の主 花の季節
そんな時にふとリュティアの右手の小指に目がとまりました。私のレナーティアーと似たような指輪がはまっていたからです。
「リュティア。それって?」
「あぁこれ。忘れてたわ。これもあなたのと同じアーティファクトらしいの。名前はゴーガとか言ったわね」
「コンタクトはしたんですか?」
リュティアは少し考えて応えました。
「あっちでは忙しすぎて全然記憶が無いわ。何かに触った感触は残っているけど。でも昨日の夜は何かコンタクトらしきものがあったかも」
リュティアらしいですね。
「私と同じ感じですね」
「でも待って。・・・あなたストレージは使えるよね?衣服の中にレナーティアーって無い?」
ストレージを調べてみました。
「・・・ありますね。装着系のアーティファクトですか?知性あるみたいですけど」
「・・・装着系のアーティファクトって怖いのがあるのよね。あなた使ってないのよね?」
「まだ使ったことありません」
「それならそのままで良いわ。当分は。余裕ができたら試しましょう。何も害は無いでしょう?」
「・・・今のところ無害ですね。装着系の恐いのって呪いの鎧とかですか?」
「そうよ。脱げなくなったり体力奪われたり」
「そりゃ恐いわ・・・」
「でしょ?私の鑑定魔法じゃ良くわからないのよ。もっと高度なの覚えないとダメね。自分のアーティファクトを鑑定できればあなたのも分かるかも」
リュティアでも勉強が必要なんですね。
「それなら私と一緒に学校いきませんか?」
「イシュモニアに?・・・それも良いわね。確かに鑑定系は私の弱点よね・・・」
いいぞいいぞ。
「・・・う~ん。植物畑はローズの眷属がいるし。イシュモニアはお魚が美味しいのよね・・・」
それは嬉しい。
「・・・分かったわ。移動式別荘を持って行きましょう」
ん?森で使ったコテージかな?
なんじゃこりゃ!
「何ですか?これ」
風が吹いてリュティアの髪が気持ちよくそよぎます。
「見せたこと無かった?私のスティングレイ」
空に巨デカい飛行艇?が浮かんでいます。
「はじめて見ますけど」
「かっこいい?」
ローズとジプシーは知らないフリをしています。
「なめらかな曲面でできてますね」
仕方なく話を合わせると得意そうなリュティアが応えました。
「でしょ?海に住むエイという魚をモチーフにしてるの。美味しいのよ。イシュモニアに行ったら釣りもできるわ」
エイの味なんか聞いてませんけどね。こんなモノがストレージに入ってるなんて。まったく。
「一度この中に荷物を移してからストレージに入れて転移すれば良いわ。あ!あなたは自分のストレージがあるから大丈夫ね」
『居心地は良いと思うぞ』
「そうね。キッチンもバスルームもありますから」
ジプシーとローズもフォローし始めました。つまり知っていたのね。
まぁ良いんですけど。こういうの常識的にどうなのかイフィゲーニアに聴いてみましょう。
「これって飛べるんですよね?これでイシュモニアに行くなら途中の景色とかも見えますね」
リュティアは一瞬だけ思案顔になりました。美少女顔はどんな表情も良いものです。
「・・・そうね。そうだわ。旅行気分を味わうのも良いわね」
こうして私にとっては初めての空の旅が始まりました。
リュティアのスティングレイに転移するとその広さに改めて驚きました。
移動するだけなら10人程度は余裕で乗れる感じです。
個室も3つあり私の寝室も確保できました。イシュモニアの学園で寮に住むのかそれともスティングレイに住むのかまだ未定ですけど。
「では出発しますよ」
得意顔のリュティアの言葉で美しい飛行機械は動き始めました。音も無く少しの加速度を背中に感じました。リュティアの飛行魔法より快適です。
飛行中の居室は居心地の良い大きめのシートが用意されていました。
壁に展開されたスクリーンによって外の景色が良く見えました。
サリナス皇国は大きな国では無いので美しい森や整った街や海岸をすぐに過ぎてしまいました。
海の上の旅はかなり単調でしたがときおり見える巨大な魔物や大型の哺乳類などは見飽きませんでした。
飛行型の魔物は自分たちよりはるかに速い飛行機械に驚いているようでした。
軽く食べた朝食の後でしたけれど夕方の食事の前には緑の多い島が見えてきました。
イシュモニアとは大きな島の周りに小さな島がある群島なのだと分かりました。
大きな島の中央付近には学園都市らしい美しい城砦が見えました。学園と海岸の間にはかなり大きな街もありました。
お買い物でしょうか?荷物を持って行きかう人々がいます。こちらを指さして何かしゃべっている人も見えます。大きな飛行機械が珍しいのでしょう。
「いよいよ到着ね」
なぜか頬が少しピンクに染まったリュティアがいました。
「まずあなたの入学手続きね」
私が頷くと同時に後ろから声がかかりました。
「リュティア。チハヤちゃん」
エディスでした。彼女は駆け寄るとリュティアに激しくハグしました。可愛らしいピンクの髪がリュティアの紫の髪に触れました。私の心が少しチクッとしました。すぐに振り向いたエディスは私にも優しくハグしてくれました。
「心配してたの。良かった。すっかり元気そうね」
その時また二人が転移して来ました。
「アイリス。イフィゲーニア」
リュティアが呼びかける声も聞かずに無言で体当たりする可憐なアイリス。白銀の髪が揺れました。
「二人とも元気そう。歓迎するわよ」
優雅なイフィゲーニアはやはりお姉さん役に見えました。美しい金髪は健在でした。賢そうな碧眼は楽しそうでした。そして長い耳に触りながら微笑んでいました。
「美人は見慣れると言うけれど。こう揃うと壮観ね」
イフィゲーニアの言葉に反論したのは元気なアイリスでした。
「あなたみたいな美人が言うとイヤミよ。でもチハヤちゃんも一段と可愛くなったわね」
「そうね。学生の中でも目立ちそう。魔法の勉強は進んでいるみたいね」
エディスは落ち着いていました。
「チハヤちゃんは何処に住むの?ここ?それとも寮かしら?寮でお友達と暮らすのも楽しいわよ」
イフィゲーニアの疑問はもっともです。私もちょっと不安でした。
「チハヤが慣れるまではここで良いわ。ゾシマ老も反対しないでしょう?」
リュティアの言葉に小柄なアイリスは怒った顔で言いました。
「当然よ。リュティアには借りがあるんだから。うんとわがまま言えば良いわ」
「そうね。それじゃ下に降りましょう。チハヤちゃんのエスコートは誰がするの?」
イフィゲーニアの言葉に真っ先に反応したのはやっぱりアイリスでした。
「私よ」
そう言うと私の手を握りいきなり転移しました。リュティアと違う花の香りがしました。
学院長のゾシマ老の部屋に着いてもアイリスは私の手を放してくれませんでした。
それはともかくアイリスの楽しそうな案内で私はリラックスできました。
大きな図書館と立派な植物園が特に印象に残りました。
転移先は高い尖塔の小部屋でしたがおかげで私は退屈せずに学園を歩くことができました。
後ろから歩いて来た三人の魔導師は何か話している様子でしたが私には分かりませんでした。
「アポはとってあるから安心してね。入りますよ」
小走りで追いつき軽くノックしたイフィゲーニアは扉を大きく開けて入りました。
かなり広い執務室に見えました。秘書らしい人がお辞儀して出ていきました。
大きな机の向こうにはゾシマ老というには不似合いな若々しい男性がいました。私と同じ黒髪に黒い瞳。賢そうな額が印象的でした。
「リュティア。また会えて嬉しいよ。チハヤさんだね。ようこそ我が学園へ。歓迎するよ」
穏やかな大人の声でした。薄紫色の豪奢なローブを身にまとっていました。
「ゾシマ老。最大限に便宜を図ってあげてね」
「分かってるよアイリス。君に怒られるのは敵わないからね」
アイリスの言葉を受け流すゾシマ老。
「リュティアはとても苦労したんですよ」
「そうだね。ともかく後で食事の時に報告を聞こう」
エディスの言葉にも軽く応えたように見えました。
「それに二人のアーティファクトにも興味あるし」
微笑んでいるようでもゾシマ老の目は笑っているように見えませんでした。
「もう鑑定始めてらっしゃるんでしょう?」
イフィゲーニアの言葉でこの人こそ上位の鑑定魔法の遣い手だと知れました。
「うむ。しかし良く見えんのだ。それよりチハヤさんも素晴らしい資質の持ち主だな」
え?
「無論アーティファクトには興味があるが見えない場合もある。鑑定阻害かも知れない」
「やはり自分で探求するしか無いのね」
リュティアは諦めているようでした。
「それよりチハヤはどうでしょう?」
「伸び代が凄いな。基本的には今伸ばしている方向で問題無いだろう。アーティファクトは全く見えない。リュティアのより上位のものかも知れない」
私の魔法の進捗についてはローズとジプシーがガッツポーズしているように見えたのは気のせいでしょうか?
「そのうちに何者になるか決まって来よう。この学園に来たのは正解だな。2年生に編入すると良いだろう。イフィゲーニア。頼んで良いな?」
「任せて下さい。一週間はアイドリングで。その後は寮生活で良いと思います。チハヤちゃん次第ですけどね」
イフィゲーニアは軽くウィンクしました。
こうして私の学園生活は始まりました。暖かい季節でした。花の季節でもあります。手入れされた花々はそれぞれに薫っていました。時に吹き渡る風は爽やかでした。
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