第9話 魔の森の主 帰還
『消えてしまった。これは我のミスだな』
輝く龍王はうなだれていました。
「どうすれば良いの?リュティア」
取り残された私は動顛していました。もうリュティアの魔法も料理も智慧もありません。この世界には。
『マスターしっかりして』
『大丈夫よチハヤ。待っていればリュティアは戻ってくるわ』
クトネシリカもラストローズも慰めてくれました。
『龍王どのもしっかりしてくれ。まずは安全な処に跳ぶのじゃ』
グリーンジプシーは落ち着いていました。
『何処へ跳ぶ?』
龍王が尋ねました。
『まずはあの石碑の場所だな』
『私も賛成』
『私も同感です。早くマスターを安全な所へ』
皆に意見が揃うと龍王が転移魔法を発動しました。足元に魔法陣が輝くと一瞬で私たちは石碑のあった泉のそばの広場に来ていました。
『リュティアは必ず戻るじゃろう。それまで何処で待つか?』
『イシュモニアが良いと思います』
『私も賛成』
クトネシリカとラストローズは味方のいるイシュモニアを押しました。
『わしも異存は無いが』
グリーンジプシーも概ね賛成のようでした。
『ただリュティアが戻るのはあの家だと思うが』
たしかに。
「あの家で待ってはいけないんですか?」
『しばらくは良いが食料が無くなったら?』
『そうしたらマスターは学校に行くわけですし。そうなったらイシュモニアで良いのでは?』
『一番良さそうね』
意見が一致したようです。
『我はお主に借りができたようだ』
輝く龍の王たるファヴニールが小さな人間の私に話かけて来ました。
『チハヤと言ったな』
「はい」
『お主がもしも召喚魔法を覚えたら』
「はい?」
『またここに来るが良い。召喚の契約をするのだ』
「え?」
『お前の危機には助けてやろう』
「え?」
『凄いわ。ファヴニールの守護がついたのね』
『それは素晴らしい。もうマスターを害せるモノはほとんどありませんね』
『召喚魔法を絶対覚えなければな』
みんなも喜んでいます。
「わかりました」
『召喚魔法を覚えたらだ。我はあの遺跡を守らねばならん。いつも居てやれず申し訳ない』
「あなたの誠意は分かりました。その時にはお願いします」
『うむ。ではな。その時まで妖精女王と不死鳥に任せておこう』
ファヴニールは光り輝く大きな翼を開くと飛んでいきました。凄い風が吹いて私たちは倒れそうでした。
けれど科学を学んだ私には彼が飛べるのは翼の力によるだけでは無いと気づいていました。
既に私は美しい小妖精の姿をしたラストローズが妖精の女王であり小さな白い鳥の姿をしたグリーンジプシーが不死鳥であることを知っていました。
私には龍王の守護が無くともこの世界で最強に近い守り手がいたのです。
けれどファヴニールが後悔するより重く私の心にのしかかっていた想いもありました。もしも私の時間魔法が優れていたらあのアーティファクトを起動する前の時間軸に跳んでいたのに。と。
結局グリーンジプシーとラストローズが発動した転移魔法で私たちは懐かしい家に帰りました。
まだ食べ物はたっぷりありました。けれどリュティアはいません。私は悲しくて泣きました。
まだほんの子供でしたから。
次の日から魔法の特訓が始まりました。
イシュモニアという魔導の島とサリナスのお姫様にはラストローズの眷属が連絡してくれました。
危険な魔の森に行かせたイシュモニアには私は良い感情を持てませんでした。
そしてリュティアという後ろ盾を失った私はお姫様に会うのも億劫でした。
なので引き籠っての勉強の日々を私は選びました。
いつリュティアが戻るか分からなかったのも理由の一つです。
戻ったリュティアをまず私が迎えたかったのです。
イシュモニアの人々が私に干渉しないでおいてくれたのは幸運でした。もしも私に過度に関与して後のリュティアの怒りをかう事を避けたのかも知れません。
私は心細い時に無意識にあの指輪に触っていました。レナーティアーに。謎のアーティファクトに。
少し後でローズに聞いたのですがリュティアが捉えたヘルヴィティアの第二皇子は連れ去られたリヒテルの人々との交換に使われたそうです。
良かったと思いました。後はリュティアが戻ってくれれば良いのです。
この世界の一年は私のいた世界のほぼ183日。長くはありません。たとえ1年かかっても。
※※※
せいぜい1年かなぁ?と思ってました。ホントは簡単に3日くらいで戻って欲しかった。せめて1月(この世界の22日)で。
でも2年待ちました。私がいた世界のでも1年の長さです。イシュモニアに行きたくなかったので食料をギリギリまで引き延ばしました。
幸いにもリュティアが造った食料貯蔵庫は素晴らしい容積がありました。間違いなく空間魔法と時間魔法の結晶でしょう。巨大な魔石や魔晶がいくつも使ってありました。
おかげで私は成長する時間を確保できました。
つまり私は学ぶことができたのです。全ての生活魔法はもちろん。光と闇の魔法も。雷魔法。聖魔法。生命の魔法。そして空間魔法。重力魔法。時間魔法。
もうハイストレージの魔法も使えます。まだまだリュティアのように大きなモノは収納できませんが。魔の森での特訓を丹念に復習しました。
そして光と闇の魔法を覚えると召喚魔法も覚えられます。
私ももちろん覚えました。まだファヴニールには会っていませんけれど。つまり彼?との契約はまだです。
またあの遺跡で私と同調してしまった銀星龍レナーティアーについても少しだけ分かりました。
レナーティアーはクトネシリカのように自律的な知性ある存在でした。
無属性の金属。ミネノユキノタカラに似ている。リュティアはそう言っていました。
鉛。水銀。ニッケルとクローム。マンガン。タングステン。ベリリウム。モリブデン。チタン。鉄。銅。金と銀。プラチナ。ミスリルとオリハルコン。アダマンタイトにヒヒイロカネ。アポイタカラとアメノヒノタカラ。そしてヨイノツキノタカラ。
金属には様々あります。ミネノユキノタカラはWLIDつまりクトネシリカのような知性を宿すのに良い性質があるそうです。
ちなみにクトネシリカはアカツキノタカラという宝石のような質感の合金製だそうです。リュティアのクレセントムーンも同じだそうです。
でレナーティアーです。最初のコンタクトはあの聖堂のような空間でした。
そして二度目のコンタクトはリュティアの家に戻った最初の夜でした。
私は熟睡していたと思います。
『私の管理者さん』
声が聞こえました。
なかなか心地よい子供のような声。
『だれ?』
私も応えていました。
『私はレナーティアー。あなたの無垢なる魂に魅かれて起動しました』
『あの置物?今は指輪ですね』
『はい。おっしゃる通り。あなたは私を必要としますか?』
私は少し考えました。
『・・・あなたは何ができるの?』
『レナーティアーは管理者を守ります』
『それなら今は大丈夫です』
『なるほど・・・それではまたその内にお会いしましょう。今はあなたを守護しているモノたちに委ねましょう。もしも私とコンタクトしたいならレナーティアーと呼びかけていただければ何時でもお応えします』
その時はそれで終わりました。
そして魔法の訓練をする内に私はその夢の中でのコンタクトを忘れていました。
聖魔法を覚えてからは魔法薬を作る訓練に忙しかったのもあります。
食料倉庫の隣にはリュティアの研究室がありました。
予め私の事が登録してあったようで簡単に入ることができました。クトネシリカによると私の権限はほとんどリュティアと同じだそうです。
用意された莫大な魔法薬の原料を使って私の勉強は始まりました。
まず様々な回復薬や状態異常を除去する魔法薬を作りました。
魔法とは例えば走高跳びのようなだんだん進歩するモノでは無くて成功するか失敗するかの二択です。
成功すれば魔法薬は完成します。失敗なら魔法力が無駄になります。素材は無駄にはなりません。
普通のポーション類がコンスタントに作れるようになったら上位の魔法薬に挑戦しました。
その練習の過程で私の魔法に関する能力はグングン向上したようです。
それにはリュティアの残したレシピにクトネシリカがアクセスして管理していたこととラストローズとグリーンジプシーが聖魔法と生命と樹の魔法に関してエキスパートだったことが大きいです。
まずポーション。次に上級ポーション。
そして能力が高くなると最上位の魔法薬を作りました。
まずリヒテルで配った最上位の回復薬アムリタ。
枯渇した魔力とマナを完全に回復するソーマ。
あらゆる状態異常や毒に対応するエリクサー。
部位欠損まで治療し老化の防止効果を有するネクタール。
体力の全回復と運動能力にバフがかかるダイゴ。
少し飲み難い丸薬ですが全ての魔法薬の効果を兼ねたアンブロシア。
結局レシピがある中で私が造れなかったのは蘇生の霊薬ヲチミズだけでした。
リュティアは全ての最上位の魔法薬をストレージに貯め込んでいましたから無事に生きていることについては不安はありませんでした。
けれど長命の為に時間感覚が大雑把な人ですから何時戻るかという事だけは心配でした。
そんなある日。
いつものようにお食事してお片付け。
清浄魔法で食器洗い。同じくお部屋もお掃除。
お風呂に入って身支度して。軽いストレッチ。
そして魔法薬を作ろうとしたのです。
その時何か物音がしました。
胸騒ぎがした私は探査の魔法マジカルエコロケーションを発動しました。
リュティアの家はそんなに広くはありません。
すぐに分かりました。
私が入るのを遠慮していた場所。
リュティアの寝室です。
空間魔法を覚えた私ですがまだ転移魔法は得意ではありません。
だから走りました。後で考えると何も覚えていませんでした。
部屋の扉を開けるとベッドの上に懐かしいリュティアがいました。
私は何も考えずに駆け寄りました。
「リュティア。リュティア」
リュティアはボロボロでした。
身体は痩せて。
防護性能の高いローブも着ていません。
靴も靴下も無しの裸足。
手足の20本の指の先からは血が滲んでいました。
服もかなりヨレヨレでした。しかもベースレイヤーとミドルレイヤーしかありません。
意識もありません。
私は思わずリュティアに抱き着きました。
「リュティア。リュティア」
弱々しい細い身体は魔力が枯渇しているように感じました。
抱きしめた身体に少しの温かさを感じながら私はありったけの聖魔法を使っていました。
後でクトネシリカに聞いたのですが部屋いっぱいに金の魔力光があふれたそうです。
そして私は意識を失っていました。
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