第8話 魔の森の主 罠
「何ですか?これ」
私たちは魔の森にいます。いますが・・・目の前にあるのはテントじゃなくて家です。リュティアがストレージから出したんです。
「ちょっと広場があったから。居心地良いわよ?」
「まぁそれはそうでしょうね」
呆れた私がヘンなんでしょうか?こんな大きなモノをストレージに入れてるなんて。
「はやく入りましょう。お風呂とごはんよ。とりあえず」
リュティアの暢気な声が聞こえました。
リュティアが“持って”来た家は居心地の良いコテージでした。
素晴らしいキッチンがついていて何故かお湯も水も出ます。おそらくは魔道具でしょう。
倉庫は氷温冷凍冷蔵があって食料がたっぷりありました。リュティアらしいですね。
また建物全体は物理と魔導の両方に対するシールドを常時展開しているようでした。
周囲の探索索敵に関しても魔道具が働いていました。防御も同様で何の問題もありません。
なので美味しいお食事の後はゆったりとお風呂。
おそらく空間魔法を展開する魔道具のおかげと思いますが何故か地下にゆったりとしたお風呂がありました。
「源泉かけ流しよ。最高!」
ご機嫌モードのリュティアです。
ラストローズとグリーンジプシーも楽しそうです。
私も肩までお湯につかって・・・確かに最高でした。
お風呂のあとにはリュティアが歌ってくれることがありました。
古い古い美しい歌曲でした。
魔の森では徒歩でした。
リュティアは考古学の知識が豊富でそれがイシュモニアの長老の選択を決定したとのことでした。
つまり彼女は人工の痕跡を決して見逃さずに遺跡の中心に近づいて行きました。
それはネズミを追うネコのように着実に。
ヴァイエラ聖王国の東南。ヘルヴィティア帝国の北側に位置するその森は金の龍王に守られていました。
金の龍王。ファヴニール。強大な力を有する龍族の最上位の王の一体。
けれどもリュティアは恐れる様子も無く旅を続けました。私の歩みに合わせた速度ではありましたが。
巨石建造物であるドルメンやメンヒルが至るところにありました。リュティアは面白そうに解説してくれました。
道中の安全は卓越したリュティアのマジカルエコロケーションの魔法が担保してくれました。
そしてゆっくり進みながら私は魔導の特訓を受けました。
リュティア曰くエリート魔導師養成コースだそうです。
おかげで私はストレージの魔法もイージスの魔法も覚えました。まだ洗練された魔導とは言えませんが。
またクリーンの魔法。浄化の魔法を覚えた私はようやっとリュティアが衣服を洗濯しない理由を知りました。
はじめからそんな必要は無かったんですね。ずっと後に聞いた話があります。食器洗いは趣味または気分転換だったそうです。
もちろん魔の森には様々な魔物や猛獣もいました。
けれども軍隊をものともしないリュティアにとってはそれらは美味しい食べ物以上の存在ではありませんでした。
旅の後半には私も肉の質を保てる狩りの方法を学びました。
森のほぼ中央には清らかな泉がありました。
そのほとりには大きな樹が生えていました。
数本の大木を束ねたような巨樹。なぜか高さはそこそこでしたが見事に茂った枝葉はまるで緑の冠のようでした。
その根元に小さな石碑がありました。
「ここね」
『魔力が漏れているわね』
ラストローズも同意見のようでした。
不思議な文様が表面に彫られた石碑は殆ど苔に覆われていました。リュティアは慎重に苔を取り除きました。
石碑を調べたリュティアは少し考えてから言いました。
「明日にしましょう」
「リュティア」
「なぁに?」
「リュティア」
「どしたの?」
私は隣のベッドの美しい顔を見つめました。リュティアもこちらを見ていたのです。
「死なないで」
リュティアはなぜか微笑みました。
「約束するわ」
「絶対?」
「絶対」
リュティアの笑顔を観ていたら私は眠ってしまいました。
窓には大の月が見えました。まるでリュティアの背景のように。青い大きな月に二つのベッドが照らされていました。
とうとう遺跡に入る日が来ました。
たっぷり休んでしっかり食べて体内のマナも満タンです。
そよ風に吹かれたリュティアの髪が爽やかでした。
良い天気でした。ラストローズは私の帽子に。グリーンジプシーは私の左の肩にとまっていました。
リュティアは石碑を周って調べました。
「私たちのとは異なる文明の産物ね」
そしてリュティアは手をかざして魔力を石碑に流しはじめました。歌うような古代言語を唱えました。
始めに反応があったのは石碑の表側の文様でした。まず文様が光りだしました。
次に石碑全体が強く輝きました。最後に低く唸るような音がして輝く魔法陣が地面に展開されました。
すると私たちは突然別の場所に跳ばされました。
「明かりはあるのね。この遺跡がまだ生きている証拠だわ」
私たちが跳ばされた遺跡の中はぼんやりと薄い緑色に光っていました。
リュティアによると遺跡には二通りあるそうです。
一つは作られた時の機能を失ってしまった“死んだ”遺跡。
もう一つは機能が“生きて”いる遺跡。
機能が生きているのにもうその機能を使う人が訪れないのが“生きた遺跡”だそうです。機能を使う人が訪れるのは建造物ですね。
「この遺跡は生き返ったんですね。リュティアが来たから」
リュティアは不思議そうに私を見ました。
「チハヤは面白いことを言うのね。でもこの遺跡が“使用者”と認定するのが人間とは限らないわよ」
「それは?」
リュティアはちょっと髪に触りながら言いました。
「人族でもドワーフでもエルフでも獣人でも無い存在がこの遺跡を作ったのかもね」
「でも石碑の様子からは凄く大きな存在でも凄く小さな存在でも無い感じですね」
リュティアはにっこりと笑いました。
「相変わらず優秀ね。じゃ行きましょう。道は一つみたいだから」
確かに私たちが跳ばされた小部屋からの出口は一つで扉もありませんでした。床は平らでしたけれど壁は緩く湾曲してリュティアの身長の2倍くらいの高さの天井がありました。
壁は滑らかで薄く光っており歩くのに不自由はありませんでした。
匂いは殆ど無く呼吸も問題ありませんでした。音も無く静かでした。
しばらく歩くと先ほどの小部屋の3倍ほどの部屋にでました。
その先は3つの道がありました。
リュティアはしゃがんで光魔法で床を照らしました。しばらく3つの分かれ道を調べてから言いました。
「真ん中の道を行きましょう」
「なぜ?」
「左右の道はこの遺跡を作った時の加工の痕跡が明瞭だわ。真ん中の道だけ少しすり減っているの」
なるほど。イシュモニアの長老の判断は正しかったようですね。
真ん中の道をしばらく行くと最初の小部屋に似た部屋に着きました。今度は行き止まりです。
リュティアはゆっくり周囲を観察しました。
部屋の天井の中央には文様の浮き彫りがありました。
リュティアは浮き彫りに手をかざして魔力を流しました。
かなりの魔力を注いだらまた床に魔法陣が現れて光りだしました。あの唸るような音がして突然私たちは跳ばされました。
今度はとても広い空間に私たちは転移しました。天井もとても高かったです。
何か大きな生物の体内のような。けれども様々な数学的対称性が表現されたいわば“人工の”空間でした。
もちろんリュティアもそれに気づいていました。
「どうやらこれを造った存在は私たちが理解できる範囲の理性を有しているようね」
魔力とマナ回復のポーションを飲んだリュティアはそっとつぶやきました。
かなりの魔力を使ったのでしょう。うっすらと汗をかいていました。
「少しだけ座って休みましょう」
私も体力回復のポーションを飲みました。ローズとジプシーは周囲を警戒して安全を確保しています。
大きな聖堂のような空間の片隅には八角形の台があり何かの彫刻が載っていました。
私はついフラフラと近づいてしまいました。
『マスター気をつけて下さい』
クトネシリカの心話が聞こえました。
それは可愛らしいドラゴンの置物のようでした。
すると突然何か巨大な存在がその部屋に転移して来ました。
『それに触ってはいかん!』
転移して来たのは巨大な金色のドラゴンでした。
強烈な心話が轟いた時には私は既に置物に触れていました。
「ファヴニール!」
座って瞑想していたリュティアは立ち上がってドラゴンに対峙しました。リュティアは直ぐに自分と私にシールドを張りました。グリーンジプシーもラストローズも球形のシールドに包まれて浮かんでいました。
ドラゴンの置物は光り始め何か不思議なキュルキュルというような音をたてました。
『同調完了。マスター設定終了』
不思議な爽やかな子供のような声が置物から私に心話のように流れて来ました。
『終わってしまったか。奴らが現れるぞ』
「何言ってるの?ファヴニール。いいえ龍王どの」
『そなたの連れがアーティファクトを起動してしまった。異界から来るぞクリーチャーがシェイプシフターが』
異界の生物つまりクリーチャーは恐ろしいと言われていました。特に不定形で姿を自由に変えるシェイプシフターは言葉も通じない無慈悲で残虐なおぞましい存在と言われています。
「チハヤ大丈夫?」
『・・・我が名は銀星龍レナーティアー・・・』
「大丈夫だと思います。でもこの置物?指輪になってしまって・・・」
自らの名を心話で宣言したドラゴンの置物は指輪になって私の右の小指に嵌まってしまいました。
指輪にはあの置物と同じモノが浮き彫りになっていました。
かけよったリュティアは指輪を調べました。
「何だろう?無属性の金属。ミネノユキノタカラに似ている。外れないわね」
すると置物があった台と対称する位置の壁に窪みが顕れ低い音が轟きました。
「大変。あれね?龍王」
『そうだ始まってしまう。弾けるぞ』
「そうはさせないわ」
素早く何かが発現しようとする場所に転移したリュティアは何かの魔導を発動しました。
まるで巨大な二つの金属がせめぎ合うような轟音が響きました。何か巨大な力が発現しようとしていました。
「チハヤ。良く聞いて。龍王は信頼できるわ。ここは私が抑える。あなた達は直ぐに跳んで」
「イヤです。リュティアが一緒じゃないと」
「ごめんね。私は必ず戻ります。それまでみんなで待って」
「ダメです・・・」
「ごめんなさい。時間が無いわ。私は塞がないと」
カミナリのような音と共にリュティアは消えてしまいました。何か飛び出そうとしていたモノも一緒に引きずり込んでいました。
辺りはまた無音になりました。
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