第7話 魔の森の主 魔法顕現
「チハヤ。起きたのね」
たぶん夜だったと思います。ふと目を開けるとリュティアがいつかのように覗き込んでいました。
「はい。大丈夫だと思います。ただちょっとお腹が空いて・・・喉も・・・」
リュティアはにっこりと微笑みました。今回の事件の中で一番優しい笑顔でした。
「大丈夫よ。一緒に食べる用意をしてあるわ」
リュティアは食べ物や飲み物が乗ったワゴンを押してきました。
「あの私倒れちゃったかしら?突然ふらふらして・・・あ!運んで戴いたり・・・着替えも?」
「大丈夫よ。ベッドに腰掛けられる?あなたは大量の魔導力を浴びて少し早いけど身体に変化があったのよ。それは普通の健康的な変化よ」
まず冷えた水を一杯。そして美味しい果物のジュースを飲みながら私はリュティアの言葉を聞きました。
「倒れたあなたを観てくれたのはこのリヒテルの女性近衛士官の方よ。彼女は医務室に連れていってその後このホテルに運んでくれたの」
その時私は何の気もなしにフィンガーボウルの中の水を左手でつかんで持ち上げていました。
「あなた・・・魔法が発現したのね。時にあることだわ。偉大な女性の魔導師は身体の変化の時に発現することが多いのよね」
「これが魔法・・・不思議な気分です」
ある意味人生の大事件なのに何故か私は右手で果物やお肉をもりもり食べていました。
「まぁそれに関してはクトネシリカと学べば良いわ」
『精一杯務めますマイスター』
クトネシリカもどことなく嬉しそうでした。
「まぁ3回も蘇生の魔導力を続けて浴びたんですから仕方ないわね。そうだわ。こうなったらローズとジプシーの本体はあなたにつけておくわ」
「良いんですか?」
「大丈夫。私には彼らの分身や眷属がついてるから。それに元々私は一人のが気楽だし」
『あんまりだわ』
ローズもジプシーも苦笑い。
「これから魔法の実践的な練習も始めないとだし。ちょうど良いわね」
こうしてリュティアを守るはずのローズとジプシーは私と長い間一緒に過ごすことになったのです。
『良く寝るのぉ』
『まだ子供なのよ』
『そろそろマスターお目覚めのようですよ』
ローズとジプシーそしてクトネシリカの心話を聞きながらうーんと伸びをしました。
「おはよう」
『うむ』
『おはよチハヤ』
『おはようございますマスター』
普通に言葉でも良いのにローズもジプシーも心話です。リュティアの家を出ると臆病な二人?です。
「リュティアは?」
『今日も蘇生の儀をお勤めです』
もう一度伸びをしてから準備をしました。食堂で食事をしてから図書館に向かう予定です。
食堂で待っていたのはエレガントな雰囲気の近衛士官の女性でした。
「おはようございますチハヤ様」
「おはようございます」
『マスター。この方が昨日助けてくれた方ですよ』
クトネシリカが教えてくれました。
「昨日助けてくれた方ですね。ありがとうございました」
少し驚いた表情をした女性はすぐに微笑んで応えました。
「こちらこそ私の国が大変お世話になっております。チハヤ様をお助けできて光栄です」
「せっかくですからお食事ご一緒しましょう」
「ありがとうございます。何でもお申し付け下さい。私はこの国の近衛中尉を拝命しておりますアンリエッタと申します」
私たちは具沢山の温かいスープと素晴らしい果物をたっぷり食べました。
「やはり魔導師の方は召し上がりますね」
「まだタマゴですけどね」
アンリエッタさんは穏やかな笑顔でした。
図書館までアンリエッタさんが送ってくれました。
『魔法の訓練なら手伝うんじゃがの』
ジプシーの言葉には私は笑顔で応えました。
白亜の立派な図書館は自由閲覧証を持った私を簡単に受け入れてくれました。
清潔な図書館の中は戦争の後と思えないほど整っていました。
背の高い本棚がびっしりと並び所々に居心地の良い読書スペースがありました。
リヒタルは標高が高いので気温も湿度も書籍にも読書にも好適な環境です。図書館は本の害虫を食べる小鳥がいますし虫除けの香草も焚かれて良い香りがしました。
乾いた爽やかな空気の中で本を選ぶのは楽しい経験でした。
沢山の蔵書の中から私は魔導の基礎教本を何冊か選んで読みました。ジプシーとローズは図書館の外で私を守護していました。
うららかな陽だまり。書物には日光があたらないように工夫して楽しみました。読めないところや意味が分からないところはクトネシリカが教えてくれます。
リュティアの好きな読書の時間。私にとっても幸せな時間です。
そのまま長閑な時間が過ぎて一週間の魔導師たちのお勤めが終わりました。アンリエッタさんが時々様子を見に来てくれました。私がもう少し大人だったらお友達になれたのに。と言っても私を子供扱いしない方でした。とても真面目で清廉で魅力的な女性でした。
私はグリーンジプシーとラストローズのご指導が良く水と火と風の生活魔法が使えるようになりました。リュティアは生活魔法は一番大事と言ってましたからそれぞれを組み合わせた魔法を使う練習を続けました。
温水の魔法と温風の魔法です。報告するとリュティアたちが褒めてくれました。
「進歩が速いわ」
「魔法が発動して1週間で?」
エディスもアイリスも蘇生魔法で消耗している様子でしたが。
「若いって良いわね」
イフィゲーニアは年齢を感じさせる感慨を持ったようです。見た目は自分だって若いんですけどね。
「イシュモニアの司3人と知り合いになったし。学校はイシュモニアの高等魔導学院でも良いわね」
リュティアはやはり私の学校のことを考えているようでした。それにしてもイシュモニアの司ってなんでしょう。あとでクトネシリカに聞かなきゃ。
「あら。私たちが教えている学校はサリナスにもヴァイエラにもあるわよ。それにあなただって」
「私はほぼ研究者だし。今は仕事として魔導は教えてないし」
イフィゲーニアの問に応えたリュティアは冷静でした。あまり先生はやって無いようですね。教えてもらってる私は得してるかも。
「そうそうリュティア」
イフィゲーニアがリュティアを見つめました。
「何?」
リュティアは微笑んで聞きました。
「ゾシマ老があなたにお願いがあるらしいわ」
「なんだろう?クレセントムーン。回線を開いて」
ローブの下に隠されたクレセントムーンが輝きました。
「どうしよう」
リュティアは思案投げ首でした。
「どうしたの?」
「無理なお願いなら断れば良いわ」
エディスは真面目でアイリスは暢気な反応でした。
「どんなお話しだったの?」
イフィゲーニアは穏やかに聞きました。
「魔の森よ」
リュティアの言葉にみんなが緊張しました。
「まさか魔の森の遺跡?」
イフィゲーニアの言葉でみんなの緊張が高まりました。
「うっそ」
アイリスの反応でその危険が分かりました。
「どうするの?リュティア。断るなら私たちはあなたに加勢するわよ」
エディスも心配そうでした。
「確かにリヒテルがこんなことになったら魔の森が心配ではあるわね」
私は素早く心話でクトネシリカに聞きました。
『魔の森って?』
『魔の森はヴァイエラ神聖王国とヘルヴィティア帝国の間にあります。しかもそれはリヒテルの直ぐ近くです。リヒテルが健在ならヘルヴィティアは魔の森に干渉できません。しかし今の状況ではもしもヘルヴィティアが魔の森の遺跡に眠るという秘密に近づこうとしたら妨げる要素は何もありません』
『魔の森には何があるの?』
『魔の森には龍王の巣と遺跡があります。龍王は遺跡を守っているとも言われています』
『遺跡には何があるの?』
『遺跡には何かがあると言われてますね。しかしそれが何かは分かりません。可能性としてはアーティファクトとか』
アーティファクト。リュティアの授業で習いました。次元が違うレベルの魔導器だとか。確かにヘルヴィティアのような野心ある国家の手に渡すわけにはいかないのでしょう。
そして俯いていたリュティアが顔を上げました。
「行きましょう。確かに少人数での遺跡探索なら私が適任だわ。今がチャンスというのも分かりました」
むしろ晴れやかな笑顔でした。
「少人数?」
気づかわしげにアイリスが尋ねました。
「私。チハヤ。ラストローズ。グリーンジプシー。4人で充分だわ」
「チハヤちゃんも?」
エディスは驚いたようです。イフィゲーニアも静かに頷いていました。
「チハヤは特別なの。この年齢で魔法を発現して既に生活魔法を使えるのよ。これは大きな成長のチャンスだわ」
ローズとジプシーからは誇らしげな雰囲気が伝わってきました。
「・・・そうね。あなたの判断が間違ったことは無いわ。私は応援する」
「私も」
「もちろん私もよ」
3人の魔導師は応えました。
「ただ一つお願いがあるの」
リュティアは言いました。
「もしも私に何かあった場合。チハヤを守って。便宜を図って欲しいの」
「大丈夫」
「絶対に守るわ。チハヤちゃんもあなたの居場所も」
「イシュモニアの名誉にかけて任せて」
3人の魔導師はそれぞれの言い方で約束しました。
『私たちは何かが起こったら必ずチハヤをイシュモニアに運びます』
ラストローズが厳かに宣言しました。
私は慌てました。
「困ります。そんなに危険なんですか?」
イフィゲーニアが穏やかに私の背中に手を触れてくれました。
「大丈夫よ。リュティアは渡り人。必ずあなたの元に帰るわ。その為にもあなたは同行した方が良いの。何があってもリュティアが戻るとあなたの存在そのものが証明してくれるわ」
イフィゲーニアの手の温かさが私に伝わりました。
「私はあなたの味方よ。もしもイシュモニアに来たら歓迎するわ」
「私はあなたの友達よ。これからは何でも言ってね」
心強い言葉が次々にかけられました。
「私は絶対死なないしあなたを守るわ。大丈夫よ。今のは万が一よ万が一。脅かしちゃったかな?」
最後にはリュティアの言葉が当時の幼かった私を勇気づけました。
「わかりました。私も行きます。きっとリュティアを助けてみせます」
みんなはホッと安心したようでした。今思えばアイリスだけはちょっと微妙な表情でしたけれど。
『クトネシリカ。私を助けてね』
『もちろんですマスター』
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