第6話 魔の森の主 蘇生の儀式
都市国家リヒテルはまさに白亜の美しい都市でした。血やいろいろなもので汚れる前は。様々な建物がひどく破壊される前ならば。
その中の被害が少なかったホテルに私たちは泊まることになりました。
4人の美しい魔導師は魔力の元であるマナを大きく枯渇させていました。だからどうしても休養が必要でした。
魔導師は超現実的知覚力で目をつぶっても世界を認知することができます。そして認知した現実を体内に蓄えたマナをエネルギーとして改変するのが魔法です。魔法をより洗練させたのが魔導であることは既に述べました。
魔法力はアストラルボディを循環する力ですがマナはそれを実体化してフィジカルボディに蓄えたものです。
本来は4人とも飛びぬけて膨大なマナを保有しているのですけれど今回は助けなければならない人が多すぎたのです。
数十人の軍人たちを簡単に手玉にとったリュティアも高度な治癒魔法を使い続けるのは大変だったようです。
だから4人は蘇生魔法に使うマナを充足させる為に少なくとも一晩はじっくり休む必要がありました。
たしか私の伯母さまも大きなマツリの後は食べて寝ていました。
ホテルは端正でかなり清潔でした。調度はシンプルでしたが食事は戦時下としては上等な物が饗されました。
食事の前にリュティアが全員に何か先ほど私が怪我人に配った薬剤と違う小瓶を渡しました。
「みんな飲んで。体力が回復するはずよ」
アイリスは何も言わずに一気飲み。イフィゲーニアとエディスは小さくお礼を言って飲みました。
「あなたも飲むのよチハヤ」
「そうね小さいのに沢山働いたんだから」
飲み終わったアイリスが言いました。リュティアに劣らないまさに鈴を転がすような美声でした。
二人に言われ残りの二人には目で促されて私も飲みました。不思議なことに良く冷えてほんのり甘くあっという間に飲んでしまいました。
「これは単なる体力回復のポーションよ。だから安心して」
「リュティアのは効くから。ありがとうリュティア」
アイリスは微笑んで言いました。リュティアは笑顔で応えました。
「チハヤちゃんは錬金術も習うの?」
「えと・・・」
エディスの質問に私が口ごもっているとイフィゲーニアが口添えしてくれました。
「ゆっくり学べば良いわ。まず魔導をある程度マスターすれば時間はたっぷりついてくるから」
「そうね。私が見てもチハヤちゃんは素質があるみたいだし」
「まず一杯食べて丈夫な身体をつくることよ」
アイリスが頬張って膨らんだ口で言いました。
「確かにアイリスは良く食べるもんね」
エディスに突っ込まれても平然と食べ続けるアイリス。リュティアも微笑みながら食べていました。イフィゲーニアは食べ方も上品でした。
食事の後半になるとポーションの効果か食事のおかげか元気になったアイリスもエディスに切り返すようになっていました。一人お酒を飲んでいたイフィゲーニアは大層上機嫌でした。けれどそれらも実はヘルヴィティアに対する怒りや明日からの大変な日々に対する不安をカモフラージュするだけのことだったのだと思います。
「お風呂も楽しんだし。今夜は寝ましょうね」
お肌つやつやのリュティアは強いて明るくしているようにも見えました。
「はい」
私は率先してベッドに潜り込みました。クトネシリカとお話しすることが沢山ありましたから。
『クトネシリカ』
『はいマスター』
『錬金術についてと今日配った治療薬と夕食の時のポーションとリヒテルという国について教えて』
こうして私は恒例の“復習”の時間を過ごしました。
『まずマスターが配った治療薬は最上位の回復薬アムリタです。夕食の時にお飲みになったのはリュティア特製の上位ポーションです。次に錬金術ですがリュティアは正式に師について学んだ方ですから錬金学と呼ぶべきでしょう・・・』
『このリヒテルという国は何か特別な国なの?いろんな人が助けようとしてるけど』
『この国はエグリゴリの国です。昔々偉大な神のお傍に侍る天使たちの中にヒトの女性と結婚したいと願う者があったのです。彼らは天国を出てヒトの女性と結婚しエグリゴリと呼ばれました』
『前に教えてくれた堕天使とは違うの?』
『無限の愛である神は彼らのことをお許しになりました。よってエグリゴリは堕天使たる悪魔とは異なります。エグリゴリは聖書外典エルメスの書によればヒトと神々の仲立ちをする者と言われています・・・』
私は二つの月が高窓にかかるまで様々にこの世界の事を学びました。
翌朝のリュティアはいつもの温和な彼女でした。
「元気?良く寝れた?」
「元気モリモリです」
「いいわね。もう少しだけ頑張ってね。私たち4人とリヒテルの魔導師を加えた12人で蘇生の儀を行うことになったの」
「私は全然大丈夫です。クトネシリカと勉強しますから」
「そうね。1週間はかからないと思うけど。退屈ならリヒテルの図書館に行きなさい。充実してるわよ」
「凄い!私が行っても大丈夫ですか?」
「もうじき私たちは行動自由のパスもらうから大丈夫よ。クトネシリカに転送しておくわね」
「ありがとうございます」
それから1週間。私は基本的には暢気に食べる寝る学ぶの毎日になる予定でした。
蘇生の儀には初日に一度だけ見学にいきました。そして私にとっての事件はその時に起こりました。
聖なる場所つまりサンクチュアリと呼べるような大きな聖堂というのでしょうか?天井が高くシンメトリーの荘厳な建物の床に複雑な魔法陣が描かれ蘇生される人々と12人の魔導師が幾何学的な配置につきました。
リュティアたち4人の他にリヒテルの8人の魔導師たちが美しい純白の長衣で儀式に臨んだのです。
荘重な音楽が奏でられ12人の魔導師がそれぞれ3次元の立体魔法陣を展開しました。魔法陣はそれぞれに共鳴し強い波動を生みました。輝かしい魔導の波動はほとんど触れるほどの濃密なものでした。
様々な色彩の波動が共鳴してそれは素晴らしい景色でした。そこで蘇生した人々の表情はぼんやりして今目覚めた赤ちゃんのようでした。
私はその時3回の蘇生に立ち会いました。一度に蘇生されるのは36人までですから私は108人の蘇生に立ち会ったことになります。儀式はその後も続いたのですが私は3回目の儀式の時に強烈な魔導力の波動を浴び続けたために倒れてしまいました。
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