第5話 魔の森の主  白魔導師

「起きてチハヤ」

目を覚ますとリュティアがいました。

午後の微睡の中にいた私はぼんやりとしたまま応えました。

「どうしたんです?」

「ヘルヴィティアがやってくれたのよ」

「え?」

何のことか分かりません。昼間の騒動は終わったはずですが。

「とにかく私も向かうわ。急ぎましょう。それとも一人で残る?」

もちろん私にそんな選択肢はありませんでした。

急いで支度した私たちはローズやジプシーと一緒に跳びました。

この世界では一日二食ですから元気は満タンでした。

『ヘルヴィティアって今日の船の?』

『そうです。ヘルヴィティア帝国が正式名称です。このサリナス皇国よりずっと南の大国です。魔導研究は今一つですが代わりに機械生産には優れています』

クトネシリカが手短に教えてくれました。

着いたのは豪奢な宮殿のような場所でした。

「リュティア!」

現れたのはあの姫様でした。大人の男性や女性が何人もいます。

「リュティア。ありがとう私の愛しい子を守ってくれて」

明らかに高位の大人の女性がリュティアに挨拶しました。姫様のお母さまですね。リュティアはにっこり微笑みましたが言葉は事務的でした。

「大したことではありませんよ。キサラギ皇妃殿下。それで誰が事件に一番詳しいの?」

「それがしサリナス情報部のグマガと申します。取り急ぎご報告致します」

渋い色の服を着た好青年が答えました。

「手短にお願い」

「失礼しました。ヘルヴィティアの第二皇子を取り調べている丁度その時に緊急の警報が入りました。彼らは大挙してリヒタルに攻め込んだのです。夕刻のことです」

「リヒタルはほとんど備えが無いでしょう。上手くすればそのままヴァイエラに攻め込むということね」

「おっしゃる通りです」

「対応は?」

「同盟のサリナス空軍とヴァイエラの陸軍空軍が急行しています。他にイシュモニアを含めて魔導師が何人も転位しつつあるはずです」

「できるだけの対応はできているのね。それじゃ私も行きましょう」

「私からもお願いするわ」

先ほどの美しい姫君が言いました。

「大丈夫。できるだけの事はするわタチバナ姫」

「あなたが行くなら安心ね」

「そんな事は無いけど。あの第二皇子の尋問もしっかりお願いするわ」

リュティアはグマガさんに頼みました。

「しかと承わりました」

「リュティアさんお気をつけて」

「ご無事で」

周りの女性たちも口々にリュティアに声をかけました。

リュティアはにっこり笑って頷いてから私を抱き寄せていきなり跳びました。



風の音を感じて目を開くと私たちは山よりは上で雲よりは下に浮かんでいました。

物凄い音と光が地表の各所で起こっていました。遠い地表では機械兵器らしいものが戦っているようでした。

空飛ぶ戦闘兵器も地表の兵器を攻撃しているようでした。また大型の飛行型の戦闘機械が小型のものに攻撃されていました。

他にも浮いている魔導師らしい人々がいました。

『リュティアです。私に状況説明できる方はいますか?』

大ボリュームの心話が轟きました。

『イフィゲーニアよ。私が説明するわ』

金髪の美しい女性が近くに浮かびました。髪から覗く耳はリュティアより長く瞳は驚くほどの蒼さでした。

『久しぶりね』

『はるばるありがとうリュティア。もう後始末の段階なのよ。あの美しい都市国家リヒテルは壊滅だわ。王家はほとんど全滅または行方不明。都市住民は悲惨な状況ね。ヘルヴィティアは人口30万の都市に15万の精鋭機械化部隊で攻め込んだの』

リュティアは息を飲みました。

「でも今は戦争それ自体はヴァイエラとサリナス連合軍によって掃討戦の段階なのよ」

イフィゲーニアは普通の声で話しました。

「私やあなたを必要としているのは病院よ。エディスやアイリスも来てるわ。行きましょう」

イフィゲーニアはリュティアを誘導してかなりの速度で飛びました。

「その子は誰?」

「私のお友達よ。チハヤは別の世界から来た巫女姫なの」

イフィゲーニアはまじまじと私を見ました。

「魔導師候補なのね?」

「そうよ。ここね?」

いつの間にか多くの怪我人がいるところに着きました。お医者さんらしい人や看護師らしい人々が大勢働いていました。

イフィゲーニアの案内で次の部屋に行くと重傷の人々がいて苦しんでいました。

何人も魔導師らしい人がいて治癒に専念していました。

リュティアも眩しく輝く魔法陣を両手の間に展開して次々に治療をはじめました。不思議な光に照らされると見る見るうちに怪我人が治癒していきました。

そしてストレージから薬瓶の詰まったカバンを取り出して私に渡しました。

「重傷の人にできるだけこれを飲ませて。できるわね?」

当時まだ10歳くらいだった私は物怖じせずに頷きました。

私はわけも分からず薬を飲めそうな人に一瓶ずつ飲ませていきました。かなり重傷と見えた人も見る見る治癒していきました。私はなぜかとても責任を感じていたのを思い出します。

治療薬を飲んだ人の多くは速やかに安らかな寝息をたてました。周りの関係者の方々は私の邪魔をしないように気をつかってくれたようです。私は必死に駆け回り薬が無くなるとリュティアのところに戻りました。クトネシリカが教えてくれたからです。

リュティアは瞬時にショルダーバッグを一杯にしてくれました。

手足などが欠損した人の部位復元はリュティアや魔導師たちが治癒魔法で行っていました。

私の薬はその他の様々なケガを速やかに治療していきました。



あちこち駆け回っていたら重傷の人もいなくなりました。もう静かに休んでいる人やカプセル治療機に入った人たちばかりです。

大人の看護師さんが美味しいジュースをくれました。椅子で休んでいるとリュティアとイフィゲーニアがやって来ました。

「疲れた?大丈夫?」

いつもの優しくて明るいリュティアでした。でも私はリュティアが大層怒っているのが分かりました。

「はい。もう元気です」

私は気をつけながら応えました。

「眠かったでしょ?偉かったわ。あなたのお陰で百人くらいの人たちが助かったのよ。それは素晴らしいことだわ」

「私はお薬配っただけですから」

「それが必要だったのよ」

イフィゲーニアもにこにこと微笑んでいました。

「リュティアのお弟子さんは優秀ね」

「こんなに頑張り屋さんならすぐに私の先生になるわね」

「ホントだわ。ごめんなさい」

二人は一見愉快そうに笑いました。恐らくはあの怪我人たちの様子を見て二人とも怒っているのでしょう。けれど私がいるので表面は穏やかでした。

「この国は大丈夫なんですか?」

イフィゲーニアは一瞬難しい顔をしました。

「これから大変だと思うわ。王室の人々が集中的に攻撃されましたからね」

「リヒタルの王家が簡単にやられるなんて・・・」

リュティアも心配そうでした。尚且つ悔しそうでもありました。戦いがほとんど終わってからの到着を悔いているのでしょうか。

そこに二人の魔導師っぽい長衣の女性が現れました。

「エディスにアイリス。お元気そうね」

長身のイフィゲーニアと比べるとエディスはちょうど皆の真ん中くらいの身長でした。純白の髪が美しく灰色の瞳は少し恐い感じがしました。

一方アイリスは明らかに小柄で栗色の髪も金色の瞳もとても若々しく見えました。

『イフィゲーニアはエルフ。エディスは人間。アイリスはハーフのノームです。みなさん素晴らしい魔導師です』

クトネシリカが教えてくれました。

「リュティア。来てくれて良かったわ」

「あなたが来るなら私はいなくても良かったわね」

エディスは真面目そうでアイリスは朗らかそうに話しました。

「リュティアのお友達のチハヤちゃんも大活躍だったのよ。ね?」

イフィゲーニアがさりげなく話題を振ってくれました。

「それは素晴らしい。宜しくね。チハヤちゃん」

「可愛いのね。私も遠くから見てたわ。私たちは皆リュティアのお友達なのよ」

「チハヤです。宜しくお願いします」

リュティアを含んだ4人の女性は特別な威厳があって周囲から際立って見えました。服装も風格ある純白基調の長衣でした。ちなみに私に用意された衣装も白ベースだったのはここに来て意味が分かりました。

「あなた方はイシュモニアから来たの?」

「私はたまたまヴァイエラにいたのよ。だから早く着いたけど。チハヤちゃんはあの悲惨な虐殺を見なくて良かったわ」

リュティアの問にイフィゲーニアはほっと溜息をつきながら応えました。

「私たちはイシュモニアから来たの。防御と治癒に長けた者をゾシマ老が派遣したのよ」

エディスも応えました。アイリスは少しぼんやりとしていました。恐らく治癒魔法の使い過ぎで疲れたのでしょう。

「私とリュティアは地理的に近かったから当然参加するとして。結局イシュモニアに籍がある魔導師が4人。全て治癒系のエキスパートですからね」

イフィゲーニアの説明で4人のことが良く分かりました。

ちなみにクトネシリカの補足説明がありました。

『イシュモニアはサリナスとヴァイエラの同盟国です。サリナスの東南にある島国ですね。魔導師の島と言って良いでしょう。高等魔導学院があります。リュティアを始め多くの優れた魔導師はイシュモニアに所属しています。そしてリヒテルはヴァイエラの友好国で保護国と言っても良い存在です』

「結局同盟国としての働きは充分とも言えるのね」

アイリスが気だるげにつぶやきました。

「あとは誰を蘇生させるかですけど・・・蘇生不能なほど破壊された人も多いのよね」

イフィゲーニアは美しい眉をひそめて言いました。髪をかき上げた彼女の長い耳が目立ちました。

「いずれにしても私たち4人がいれば相当なことができるわね」

エディスは目に力を入れてはっきりと言いました。

そして4人の魔導師は決意をもって蘇生の儀式に挑んだのでした。

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