第4話 魔の森の主   異変

「美味しい?」

「はい」

クトネシリカといろいろな事を学び試していたある日の食卓。いつものように様々な料理が並んでいました。トマトとブロッコリーのサラダ。アボガドの和え物。

ナスとタケノコとキクラゲの炒め物。蒸したスズキに串焼きのチキン。ほうれん草とワカメの汁物。良く冷やしたミックスベリーはガラスの小鉢に盛られていました。

まだ子供だった私の食欲はもちろん健康的。たっぷりと戴きました。

すると突然。

「おかしい。何か起ころうとしてる」

リュティアの様子が急変しました。

「ローズとジプシーは南の海岸の方に行って。私もすぐに行きます」

『了解』

『承った』

2体の不思議な生物はふっと消えました。

「あなたも行く?」

「もちろん」

平和な日々もとうとう変化するのかな?と野次馬することにしました。

「では行きますよ。跳ぶから目をつぶってね」

あの日のような不思議な空間を一瞬経由して私は風の中にいました。目を開くと私たちは大木の梢より上にいました。球形の膜のようなものの中央で浮いていました。

リュティアのストレージの中から適切な衣服や靴が選ばれて私たちは着替えが済んでいました。

「あの海の上にある船は見える?」

リュティアの指さす方を見ると確かに黒い船が見えました。海岸にどんどん近づいて来ます。

「そして海岸には誰かいるわね。私たちはあそこに行きましょう」

上空から見えた十数人の女性らしき人々の近くに私たちは降りました。

「リュティアさま」

気づいた女性の一人が呼びかけました。

「三の姫様なのね?」

リュティアが応えました。

「そうです。お天気なのでちょっと姫様と水遊びとピクニックをしていたのです」

確かにそれぞれ美しい女性たちがかなり薄着なのが不思議でした。

「ここは私に任せて下さい。姫様宜しいですね?」

「リュティア。全て任せるわ。みなもリュティアの指示に従うのよ」

「承りました」

「リュティアさま宜しくお願いします」

リュティアはにっこり笑顔でした。

「安心して。お友達を危険には晒さないわ」

そう言っているうちにも黒い船は近づき上陸用らしいボートを降ろしていました。

「みんなこちらに。シールドの中に入って決して慌てないで。後は私たちに任せて。お宮に連絡できますか?」

「はい。既に第一報いれました」

パラソルやバスケットを片付けてガウンを羽織った女性たちと私を防御膜の中に入れるとリュティアは膜の外に出て行きました。そして堂々と怪しい人たちの正面に立ちました。

白い小鳥であるグリーンジプシーと小さな妖精であるラストローズがリュティアの後ろ私たちの前に浮いていました。

リュティアは女性たちより若く小柄に見えるのにとても堂々としていました。

続々と陸に上がってきた船は2艘。身体の大きな男性がたぶん40~50人もいました。

中のひときわ大柄な男性が大きな声で呼びかけてきました。

「サリナスの三の姫だな。手荒なことはしたくない。お願いだから抵抗しないでくれ」

海岸の風の中で男の声ははっきりと届きました。

「女性を襲いに来た卑怯者が何を言うやら」

リュティアは良く通る声ではっきりと応えました。

「やれやれ君は見たところ魔導師のようだが。それでみなさんを守るつもりかい?いやちっぽけな召喚獣らしいのがいるのか?それでも私たちには勝てないさ」

男はちょっと眉を上げて嘲るようでした。余裕綽々と言うことでしょう。実際男たちの中の半数近くは後ろで杖を構えてそれぞれが輝く魔法陣を展開していました。

残りの男たちはそれぞれ剣や銃を構えていました。もちろんというか逞しい男たちですから薄着の(手早くローブやマントを羽織っていましたが)女性たちをしっかり無遠慮に鑑賞していました。数の力があるので余裕だったのでしょう。

でも私には後ろ姿のリュティアがとてもリラックスしているのが分かりました。

「それで気取ったセリフは終わり?人数がいるから男だから有利と思っているの?面倒くさいから全員捕まえることにするわ」

リュティアがそう言った直後に四方から火や氷や風や光のあるいは物理の攻撃がリュティアを襲いました。けれど薄く光る彼女にダメージはありませんでした。私たちの防御膜まで飛んだ魔法もあったようですが同じく膜に当たると消えてしまいました。

そしてリュティアの右手に小さな魔法陣が光り武器を構えた男たちが一瞬で昏倒しました。みんな白目を剥いて涎を垂らしていました。ほぼ同時に左手に魔法陣が輝くと杖を持った男たちが両目や喉を押さえて転げまわりました。

「なんだ何が起こった?」

中央の偉そうな男は狼狽えましたが部下たちは全く無力でした。リュティアの右手がもう一度輝くと男たちの両手は輝く金属によって後ろに縛られていました。魔法を悪事に使おうとした連中はより厳しく罰を与えられていました。彼らの目や鼻や喉は酷い状態のようでした。

狼狽するリーダーらしき男は一瞬で近づいたリュティアに軽く胸を叩かれると尻もちをついてしまいました。

「ゴミのような軍隊なんか見せてマウントとった気でいたの?無様ね。軍とは民を守る時のみ価値があるものを。でも痛めつける趣味は無いわ。まぁ後は近衛の方々に任せましょう」

確かに制服を着た人たちが次々と空飛ぶ乗り物で海岸に駆けつけて来ました。

近衛の人たちはお行儀よく女性たちを守る体制を整えました。守られた女性たちの中央にいた美しい人がリュティアに呼びかけました。

「リュティア!あとで私の館に来てね」

リュティアはにっこり微笑むと私を手招きして抱えました。来た時と同じく帰りも唐突でした。



「ちゃんとご挨拶しなくて良かったんですか?」

おやつの用意をして上機嫌なリュティアに私は聞きました。どうみても姫様と呼ばれた人は貴人でしたから。

「もう約束したわ。明日の夜お館に行きましょう」

「はや!っていうか何が起こったのか私さっぱりです」

「あの姫様はこの国の三の姫。彼女を狙った連中を私が察知して捕まえたというわけ。あの後ちょっと心配だったからラストローズの眷属をつけておいたのよ。だから連絡は簡単。まぁ私は正規の手段でも良かったんですけどね」

美味しく焼いたサツマイモをかじりながら私はリュティアを見つめました。

「まぁこの国ではとても高位の人ですけどね。でも私と一緒なら大丈夫。私のお友達のひとりだもん」

まるで文化の異なる出身の私から見ても明らかな貴人である女性を気軽にお友達と呼ぶなんて。

「あなただって以前は一つの国で最も高位のヒメミコだったんですから。何も恐れることは無いわ」

ナッツを摘まみながらリュティアは言いました。大仕事の後だったのに何の痕跡もありませんでした。まるで軽いお散歩の後のよう。

リュティアの美しいオッドアイはキラキラと輝いていました。

「そうそう船の連中も全員捕まったようよ」

『誰かが船の主要な機関部を破壊したようじゃ』

緑色という名の白い小鳥がくちばしを挟みました。

「あら誰かしら?気が利く人がいたのね?」

『ハイブリッドのエンジンは塩まみれ。駆動系は砂まみれ。さすがにヘルヴィティアのフリゲートもあれではね。おまけに捕まった連中は全員酔ったようにペラペラしゃべったそうですよ。あの男を除いて。幻惑魔法でしょうね』

美しい妖精も羽ばたいて応えました。

「へんな薬でも飲んだのかしらね?あの偉そうな筋肉男は何者だったの?」

『ヘルヴィティアの第二皇子だったそうです。三の姫に懸想して攫う計画だったとか』

「きも!」

『まぁ確かに』

「ですよね」

そんな軽口をたたいていられたのも短い間でした。

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