第3話 魔の森の主 クトネシリカ
その日から私の勉強が始まりました。クトネシリカは私に語り掛け何でも教えてくれました。
数学天文学物理学美術音楽歴史この世界の言語。様々な物語。神話伝説宗教。そして・・・魔法。
食事やお風呂の時間以外に私は夢中になって学びました。
その過程で私は不思議に思っていたことの答えを得ました。
暦法です。この世界は私の故郷よりも時間の進み方が早いように感じていたんです。
1日が明らかに短くて。
クトネシリカは詳しく分かり易く答えてくれました。
『この世界の1日はあなたの故郷の約6分の5の長さですね。四季の一巡りは約220日ですからあなたの世界の二分の一に近いですね』
不思議な世界です。食べ物はとても似ているのに。
『またこのサリナスはあなたがヒメミコだった国よりかなり涼しいと思います』
リュティアの家はかなり快適ですから気づかなかったんですけど。
『今は季節で言えばいつですか?』
『ちょうど最も暖かい夏にあたりますね』
私は結構寒がりですから良い季節と言えるでしょう。
夜になると私はリュティアの家を出て鍾乳洞のある丘を登り夜空を見上げました。
降るほどの星の空を観ながら私は故郷の夜空と比較できないことを少し残念に思いました。
「魔法でまず覚えなければならないのは生活魔法です。水を出す風を吹かせる土を平らに固める焚火に火をつける種を発芽させて成長させる」
今日はリュティアが私の魔法の先生です。鍾乳洞の外の明るい大地で授業は行われました。
「はい」
言葉を話すように次々に使われるリュティアの魔法は本当に見事でした。次々に様々な魔法陣が現れてリュティアの魔法が実現しました。
「次に重要なのはあなたを守る魔法です。あなたは私やローズやジプシーと同じように自分自身を守れるようにならなければなりません」
「はい」
「この世界の円周率が3.14に近似しているのは習いましたね?」
「はい」
「大変宜しい。そのような世界に仮に円周率が2の空間が現れたらどうでしょう?」
「たぶんその性質の異なる二つの空間の間で何の物理的相互作用も物理化学的現象も起こらないのでは?」
「素晴らしい。つまりこの円周率が3.14の世界では円周率が2の空間は完全で絶対的な防御の盾となり得るのです」
「私が自由に円周率が2の空間を現出させてコントロールすれば私は私を守れるんですね」
「ええ。完璧に理解できたのね。さすがだわ。そしてそれこそが物理的絶対防御イージスです」
「という事は魔法から私を守る方法もあると?」
リュティアは微笑んで私を見つめました。
『クトネシリカ』
『はいマイスター』
「あなたのマスターは大層優秀なのね?」
心話からふつうのおしゃべりに切り替えたリュティアは嬉しそうに話しました。
『はいマスターはとても優秀です。まだ魔法の発現はありませんが数年後には名だたる魔導師になる可能性があります』
「楽しみだわ」
クトネシリカも楽しそうに心話で応えました。
「ではチハヤ。円周率が2である空間とは?」
「例えば球の表面の二次元空間です」
「お見事!」
花のように艶やかな笑顔のリュティアは手をうって喜びました。
「物理現象を防ぐために何らかのエネルギーで障壁を作るのは魔法です。けれど異質な空間で防御できる段階に昇華すればそれはもはや魔導と言って良いでしょう」
笑顔で話すリュティアに向けて私は応えました。
「エネルギーの障壁は維持にも大きなエネルギーが必要ですけれど異質な空間による防壁は発動させてしまえばクトネシリカが小さいエネルギーでコントロールしてくれるからですね?」
「素晴らしい」
今度も私の答えはリュティアを満足させました。
「完全に防壁をコントロールできるようになったら学校に行くと良いわ」
「私もとても興味があります」
「どんな学校が良いかしら?」
私は少し考えて答えました。
「クトネシリカと相談しておきます」
「良いわね。何も気にせず好きなところを選んでね」
にっこり微笑んだリュティアは上機嫌でした。私はつい美味しい夕食を想像しました。
「5種の生活魔法が使えるようになったら光の魔法と闇の魔法を学ぶの。次は雷の魔法と聖の魔法と命の魔法。次は空間の魔法。その次は重力の魔法。最後に時間の魔法を学ぶことになるわ」
「はいリュティアが得意な魔法ですね?」
「そうね。空間魔法が使えると大きな荷物も手軽に運べるストレージの魔法を覚えることができるわね。そして空間魔法と時間魔法が使えれば食べ物を入れても傷まないハイ・ストレージの魔法が使えるようになるの。凄く便利よ」
「美味しいものがいつも食べられますね」
「冷たいものは冷たいまま。温かいものは温かいまま。果物はいつも新鮮でお魚も絶対いたまない。最高よ」
「頑張ります」
笑顔の先生は授業の後に想像以上の素晴らしい食事を用意してくれました。お料理もぜひ習いたいですね。
『クトネシリカ』
『はいマスター』
『学校についてのあなたの意見は?』
食事のあと私はすぐにクトネシリカに相談しました。柔らかなベッドで。脇机には香りの良い紅茶がありました。
『マスターは魔導師になる素質がありますから魔導学園も一つの選択肢ですね。科学全般への理解も良いので総合科学系も良いでしょう』
私は紅茶の脇の小皿に盛られたナッツをつまみました。
『私の今の能力でやっていけるかなぁ』
『大丈夫だと思いますよ。そもそもリュティアは急いでいないと思いますし』
『あなたも手伝ってくれるのよね?』
『もちろんです。私のようなWLIDつまりwearable lifetime intelligent deviceは終生マスターと共に成長し続けるんですから』
『私は何になれば良いんだろう』
私のぼんやりした疑問にクトネシリカは少し考えてから応えました。
『何になるか?よりも何ができるか?を育てていってその後に考えれば?』
『だとしたらいろんな事を学べる学校が良いわね』
『そうですね。あなたがそれを望むなら・・・それに・・・』
『なぁに?』
『もしあなたが魔導師として成長すれば時間はたっぷりあることになりますよ』
『やっぱり魔導師は不老長寿ってホントなの?』
『優秀な魔導師は睡眠中に身体のメンテナンスを行いますからね。健康でほぼ不老で長寿ですよ。ただ適性も若干あります。攻撃魔法重視の魔導師はメンテナンスが下手なことがあります。白魔導師である神官や僧侶や修道女がそうである場合もあります』
『ふ~ん。それってどうなるの?』
『他人を癒せるのに自分を癒すのが下手な魔導師になってしまいますね』
いろんなタイプがあるのね。私はどのタイプなんだろう。
柔らかなベッドに埋もれながら私は妄想を膨らませました。
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