第1話 車前への飛出し

(今尾)

 私は、山口県O市で生まれ育った。私が幼い頃、父は市街地の一角でオートバイ販売店を営んでいた。商売がうまくいっていたかどうかについては定かでない。おそらく、厳しい経営が続いていたのだろう。しばらくして気づいたら、別経営者のオートバイ販売店に変わっていたからだ。

 5歳のある日のこと、私は、なぜか父の店に連れられて行き、店の中や前の道路で遊んでいた。その頃、私は小さな紙片を飛ばす遊びに熱中していた。安いおもちゃだとは思うが、私にとっては一つしかない宝物だった。

 しばらく紙片遊びをしているうち、それが道路の中央付近に落ちてしまった。普段、通行量の多い道ではない。右の方を見ると、少し離れた所からトラックがやって来るのが見えた。私は、大事な紙片が踏み潰されるような気がした。やや迷った後、紙片を取りに走った。次の瞬間、トラックが急停止した。見ると、車は1メートルくらいまで迫っていた。何とか命拾いでき、ほっとした。と思う間もなく、トラック運転手から怒鳴られた。

 その後、事情を知った父が慌ててやって来た。トラックが走り去った後、父から叱られた。それ以降、決して道路への飛出しをしないことにしている。


(生神)

 あの時は、俺も慌てたね。今尾に取り憑いて間もない頃だったし、それまで奴はあまり無茶をしなかったからだ。何せ、不活発な子だったからな。あの日の今尾は、いつもと違い、結構はしゃいでいたような気がする。たぶん、父親の職場が珍しく、オートバイなんかを見て浮かれたのかも知れない。俺も結構楽しんだしね。

 それで、俺はついうっかりしてしまった。気づいた時、奴は店の前の道路に出ていた。そこで紙片を何回も投げるじゃないか。ひやひやしたね。そうこうするうちに、紙片が道路に落ちた。すると、奴はそれを拾いたがっている。俺は、やめさせようとした。奴の心の中で「危ないからやめろ!」と大声で叫んだんだ。それで、奴は一旦諦めたようだった。やれやれと安心しかけた時、近くの死神がそうさせたのか、突然、奴は車の前に飛び出した。もう、奴を止めるのは無理だ。瞬間的にそう判断し、それからはトラック運転手に対して「急ブレーキを踏んでくれ!!」と強い念波を送ったんだ。幸い、運転手はすぐに応じてくれ、それで助かった。全く、「やれやれ」だったよ。

 しかし、それがあったおかげで、その後の今尾との付き合い方を学ぶことができた。普段不活発だといっても決して油断するな、ということだ。奴は、見かけによらず、無鉄砲な面がある。それを思い知らされた。その教訓がその後の様々な場面で活きることになった。

 俺たちの仕事は、いざという時に取り憑き対象を直接守ることだけじゃない。実際には、普段の危険防止や自己防衛教育のための活動が中心なんだ。俺は、それまで以上に、奴の自己防衛力強化に励むことにした。

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