生神
今尾 活
プロローグ
俺は、生神(いきがみ)だ。名はない。天国の生神本部から派遣され、今、日本人の今尾活(いまをいきる)に取り憑いている。
生神と言っても、ぴんとこない人がほとんどだろう。皆は知らないかもしれないが、この世は生神と死神で溢れているのだ。考えてみるがいい。いかに多くの人たちが毎日のように命を落としていることか。全員とは言わないが、そのうちの多くが死神に取り憑かれた結果なのだ。死神たちは、いつも取り憑きやすい人を探している。一旦取り憑かれた人は哀れだ。どんなにもがいても、死ぬまで逃れることは難しい。
俺たち生神は、哀れな人間たちを助けるため、天国から派遣された。そうしないと、この地球が発展しないからだ。残念ながら、多くの人は、自分の使命がわかっていない。何のために数多くの生き物の頂点に立っているのかが、理解できていないのだ。そのため、ともすれば命を粗末にする。死神たちは、そんな人間に取り憑くのだ。そうさせないため、俺たち生神が頑張っている。
そうは言っても、生神の数は限られており、助ける必要がある人にだけ取り憑くように派遣される。どのようにして人を選んでいるか知っているかい。まあ、知らんだろうな。仕方ない、教えてやろう。俺たちは、赤ん坊の誕生直後から取り憑くことはしない。どんな奴か、すぐには判別できないからだ。まず、身元調査をする。親がどんな人間か見極めるのだ。それは、これまでの実績から、すぐに分かる。また、本人が十分しっかりしていれば、助ける必要はない。そのほかにも色々あるのだが、ここでは伏せておく。俺たちにも守秘義務があるからだ。次いで、俺たちは、赤ん坊の成長を見守り、その子の物心がつく頃まで待つ。その子の性格や将来性を見極めるためだ。そうして、助ける必要があると判断した人に取り憑くというわけだ。
俺が取り憑いている今尾活は、大した奴じゃない。彼の取柄は、身体が頑丈で正義感が強いことだろう。でも、それが取り憑く必要があると判断した理由ではない。奴の精神的弱さが見ておれなかったのだ。
ともあれ、今の俺は、今尾と共に生きている。一所懸命に奴を生かすために働いている。そうしないと、天国での俺の立場が保証されないからだ。俺に見た目の姿はない。人間たちには、今尾しか見えていないだろう。しかし、奴の命が危うくなりそうな時は、必死に死神と闘う。そのようにして、何とか、今尾は70歳台になっても元気に生きているのだ。たぶん、奴にはそれがわかっていないだろうけどな。
ここで、今尾活がどんな人間か、簡単に紹介しておこう。奴は、昭和20年代の半ばに山口県O市で生まれた。幼少期から高校の頃まで、何事につけ奥手で、主体性を欠いていた。しかし、そんな奴にも転機が訪れた。希望の地元大学に何とか合格し、憧れていた機械工学を学ぶことになったのだ。大学では、苦労しながらも、徐々に逞しくなった。在学中には、体操部に入部し、それなりの活躍をした。無事に大学を卒業し、中堅機械メーカーに設計技師として採用された。入社後しばらくして、ふとしたことから駆け足を始めた。それが生涯の趣味になった。そして10年余り前、設計部長を最後に定年退職し、現在は千葉県R市で静かに余生を送っている。ざっと、こんな奴だ。
今の奴は、慎重に生きているように見せかけている。しかし、これまでは、嫌というほど危ない橋を渡ってきた。それらの中から、特に俺が頑張らざるを得なかった三つの出来事について紹介しよう。それぞれについて、奴の述懐と俺の感想の順で挙げるので、よろしく。
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