31
男たちは黙って車を走らせた。自動走行エリアの表示が出ても運転手は手動運転のままアクセルを踏み、速度を維持し続けている。
「降ろしてよっ」
ムダだよね――そう思いながらも碧は口に出してみる。
「このギターの持ち主がどこにいるかを教えてくれたら、すぐに解放して私たちも消えます」
男はポケットからアイマスクを取り出す。
「あと、これもお願いします」
すでに碧のリストデバイスとスマートホンは男のポケットの中だった。碧はあきらめて従った。顔を背けることもしなかった。
視界が封じられると、男のものらしいデバイスの呼び出し音が鳴った。男は咳払いをしてから電話に出た。
「ノブさんですか? もう、東京に戻られました?」
ノブ? 昨日のあいつ――碧は隣で会話に耳を澄ます。
男の声がなんだか沈んでいく。けれど、ハンズフリーではないので相手が何を言っているかわからない。無性に腹が立ってくる。
碧の苛立ちが爆発した。
「あんたほんと! なんなのこれ! いい加減にしてよ!」
通話は終わったらしい。
碧の剣幕にあっけにとられたのか、男は言葉もなくすぅーっと細長いため息をついた。碧は言った。
「あんた、テラオカさんだね?」
男の返事はない。碧は続けた。
「班長、いやフジサキさん、あんたのこと信用しきってたんだよ?」
寺岡が静かに言った。
「こちらに顔を向けてください」
アイマスクを外された碧の目に映った男の顔は悲し気だった。
前席にいる男たちが寺岡に抗議する。
「なぜ外すっ」
「まずいだろ」
寺岡は碧から外したアイマスクを上着のポケットにしまう。
「たぶんおれたちは逃げきれないよ」
そして、どこかに連絡をする。
「ええ、失敗です。我々は拘束されると思います」
横目で様子をうかがう碧と寺岡の視線がぶつかる。寺岡は構わず話を続ける。
「どうぞご勝手に。処分はおまかせしますよ」
電話の相手に投げやりにそう言い切ると、寺岡は通話を切った。
「とにかくこの人を降ろす」
「おれたちはどうなるっ」
寺岡と前席の二人は言い争い、セダンが止まる気配はない。
その時、両者に割って入るように、異様な音が響いた。カミキリムシのような甲虫が関節から発する鳴き声のような音だった。
――この警告音。
碧がリアウィンドウを振り返る間もなく、見覚えのある機影がセダンのサイドをかすめるように高速で抜けていった。
――走査ユニット!
機影はセダンの前方に滑り込んだ。直径一メートルほどのリバーシの石のような機体がはっきりと見えた。
――この子たち、まだ生きてた。
碧はふいに目頭が熱くなる。そんな自分がなんだかおかしい。あんなに恐れていたのに――。
急加速や減速をいくら繰り返してみても、機体は正確に数十センチ単位で詰まった車間距離を維持した。追い越すことも車線を変えることもできない。
車内の男たちが呻く。すでに次の機体がセダンの脇を並走しているのが碧には見えていた。そして、運転席のモニターには前方の機体と同じ精確さで追尾してくる三機目が映っていた。
碧ははっと我に返る。
――やばい。再会に感動している場合じゃない。
「スピード落としてっ!」
運転手は動転し切っている。どうにか逃れることしか考えていない。
並走していた機体が接触を開始した。どこに当てているのか、セダンの車体が鈍い音を立てる。
「わかんないのっ⁉ 死にたいのっ⁉」
運転手は走査ユニットの警告と碧の怒鳴り声に屈服した。セダンは急減速し、三機の走査ユニットに囲まれたまま徐行する。
やがて前方に、赤色灯を輝かせて道路を塞ぐ警察車両が見えた。
「巻き込んで、すみませんでした」
寺岡はリストデバイスとスマートホンを碧に返した。
「コージさんに謝りたい」
先導するように前方にいた機体が進路を開けた。ゆっくりとセダンの脇を後退していく。
「ノブさんのことも悪く思わないでほしい。悪いのはおれです」
停止したセダンのドアを開けたのは、制服の警官ではなくスーツ姿の若い男だった。
――この人。
碧には見覚えがあった。今日と同じようなすっきりとしたスーツ姿を再構築委員会の本部で何度か見かけたことがある。部署も、名前も知らない。
碧は男と目が合うと黙って小さく会釈した。エレベーターで乗り合わせた時にそうしていたように。
「あなたたちには道警ではなく私と一緒に来てもらう」
まず碧が降ろされた。
見回してもすでに走査ユニットの姿はなかった。続いて、寺岡たちが肩を落として降りてきた。寺岡にも手錠がかけられた。
貢士の気持ちを想って、碧の心が疼く。
寺岡たちが警察車両に移されると、彼女は男に声をかけて頭を下げた。
「北関東監視局にいた平良です。本当にありがとうございました」
「間に合ってよかった。走査ユニットを起動したのは安田先生と藤崎技師です。早く二人に声を聞かせてあげてください」
「はい」
碧はなぜだかこみ上げてきた涙を持て余しながら深く会釈した。
顔を上げて、涙を悟られないように振り返ると、“シティ”の真ん中で作業を続けている苫小牧六号機が見えた。
――あなたも、ありがとね。
ブースのインターホンから職員の声が飛んだ。
「走査ユニット全機、帰庫しました」
貢士は溜め込んでいた息を一気に吐き出した。
「藤崎、ありがとう。ところで――」
会議モニターに映った安田が貢士に訊いた。
「この人物もお前の知り合いなのか?」
ゼロとノブはすでに去り、画面にはテキストだけが残されていた。
“寺岡真一は我々にとっても重要な人物である。安田教授にはどうかお含みおきいただきたい”
貢士は、返事の代わりに苦い笑みを返した。
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