30
「防御システムを使います」
タクシーの運転手を気にして、貢士は低い声で言った。貢士の話を聞きながら、安田の脳裏にはかつての同僚の記憶が痛みをともなって甦った。
「もう起動はできるはずです」
安田は戸惑ったような顔で父親の葬儀会場にたたずむ貢士の姿を思い出す。中学校の制服を着ていた。
「この間のファイルにはひと通り目を通してあります」
沈黙する安田に迫るようにかつての同僚の息子は言葉をつなぐ。
「先生、おれはタイラを傷つけたくない。親父も赦してくれると思います」
碧を頼む――安田は静かに言った。
貢士との通話を切った安田は、すぐに苫小牧六号機のブースにつないだ。
「瀧山さん、いるかい?」
所長は待ち構えるようにモニターの前にいた。
「ああ。先生もすぐエントリーしてくると思ってましたよ」
「どういうことだ?」
「先客だよ」
「藤崎がもう着いたのか」
「まだだね。けど彼から連絡はもらってる。アレを使うんだろ?」
「じゃあ、先客って誰だ」
ブースに貢士が到着する。その姿が安田にもモニター越しに見えた。所長が振り返り、貢士に呼びかけた。
「藤崎君、立ち上げまではしてある」
そのとき、テレビ会議の参加者が発言した。画面には何も映っていない。
「我々はゼロ」
処理はしてあるが聞き覚えのある音声に安田は答えた。
「久しぶり、というところかな」
「無礼をお赦しいただきたい」
「やはりまだ裏口があったか。介入するのか?」
「フジサキコージは我々の友人である」
自分の名前を耳にして貢士は目の前のモニターから目を離さず声をかける。
「ノブも、ヒラタノブヤもそこにいるのか?」
合成音声は答えない。代わりに、モニターが切り替わる。
画面が次々に分割され、道路や交差点の様子が十六、三十二分割と展開していく。
所長がぼやいた。
「“シティ”の監視カメラだよ。ずいぶんあっさり乗っ取られたもんだ」
監視カメラの画像に押し出され、音声だけになった安田が訊ねた。
「瀧山さん、いけそうか?」
「そのはずですけどね」そう答えると所長はインターホンに指示を出す。
「B3倉庫のシャッター開けろ。エントランスのゲートもだ。壊されちゃかなわんからな」
「攻性レベルの設定、くれぐれも注意してくれ」
安田が貢士に指示する。
「ですね」
貢士と安田の脳裏にまた一瞬、死者の記憶がよぎる。
インターホンから職員の声が聞こえた。
「B3倉庫開放よし。ゲート開放よし。車道に走行車両なし。進路確保です」
「いつでもどうぞ」と所長が貢士に告げる。
貢士の目が分割された監視モニターを探る。分割された画面の一つが拡大された。
「コージ、おれだ」合成音声が入る。
「ノブか」
「デカい画面を銀色の車が通っていったろ。お前の連れはそれに乗ってる」
シルバーのセダンが別の画面に移っていく。
「西通りだな」所長が場所を特定する。貢士はターゲットを設定した。
ノブの音声が続く。
「テラオカも一緒のはずだ」
「――了解した」
苫小牧六号機の走査ユニットは、微かなモーター音とともに次々に公道へと滑り出していった。
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