28
それぞれが、自分の部屋でじっと朝を待っていた。
貢士は、何度目かの浅い眠りから覚めた。
照明もテレビも点いたままだった。ローカル局の女性アナウンサーが屋外でマイクを握って何かをリポートしている。
深く考えまいと思いながら、浅い眠りを繰り返した夜だった。はるかのことを想うと暗い予感が兆した。朝の光は、貢士に微かな安堵をもたらしたが、それでも気分は重かった。
碧と打ち合わせていた時間に部屋を出る。
「おはよう」隣室の碧もドアを閉めるところだった。
一緒にロビーまで降りる。信哉のギターはフロントに預けた。
中央図書館の場所は昨晩のうちにチェックしてある。碧も「自分で調べたからわかっている」と言った。
開館時間に到着するようタイミングを見計らって二人はホテルを出発した。
昨日の連中がまだ尾行を続けている可能性はあった。だが、連中が貢士たちを追っているのは信哉が姿を現す可能性があるからだ。
アクセスできるのは十五分だけだと信哉は言っていた。いずれにしてもそう時間はかからない。信哉が姿を見せない以上、連中も何もしないだろう。そう貢士は考えていた。
一方で、碧は眠れない夜の中でひとつの思いを固めていた。
二人は周囲に注意しながら歩く。
碧は、ふと振り向いたときに視界に入った男を見て直感した。
――バレてんな、これ。
貢士は碧の少し前を速足で歩き続けている。彼女は昨夜の自分の気持ちに従うことを決めた。
――班長を必ずその人に会わせる。
「班長?」と彼女は貢士に声をかけた。
「忘れ物しちゃった。先、行ってて」
碧は振り向いて方向を変えた。後ろから歩いてきていたジャケットの男がさりげなく横道に折れるのが見えた。かまわず急ぎ足でホテルへ引き返す。
彼女はフロントに預けたギターを外に持ち出した。
「けっこう重てぇ」
ぼやきながらエントランスを出て、とにかく中央図書館とは逆の方向へ歩き出した。
「こっちの水は甘いぞぉ」
つぶやくような小声で歌う。震える声が我ながらふがいない。
そろそろ班長は図書館に着いただろうか。タイミングを見計らって碧は人通りの少ない脇道に入る。
と、同時に「よしっ」とギターケースを肩に担いで一目散に走った。
どこかから現れたジャケットの男があっという間に碧に追いつく。道路の突き当たりにはシルバーのセダンが回り込んで停まっていた。
碧は立ち止まって振り返り、男と向き合う。
「これの持ち主だよね、あんたたちが探してるの」
男は彼女には返事をせず、ヘッドセットで短く何かを話す。
すぐにもう一人の男が駆けつけてきた。
「手荒なことはしません。このギターの話を聞かせてもらいたいだけです」
――これで全員だといいんだけどな。
碧はそう願いながらセダンの後部座席に押し込まれた。
中央図書館の前には開館待ちの列ができていた。貢士は、その列に加わり、背後を振り返った。尾行してくる者はいない。だが、まだ追いつかない碧のことが気になる。落ち着かない気持ちで待ったが、それでも三分間ほどが限界だった。
電話にも出ない。
――あのバカっ!
貢士は列を離れて駆けだした。途中、碧の姿はなかった。ホテルに走り込み、息を切らせてフロントのカウンターに手をつく。
「連れの子なんだけど、戻ってきましたか?」
「ギターを持ってすぐまたお出かけになりました」
ありがとうと短く礼を言って、貢士はエントランスの前で客待ちをしていたタクシーに乗った。
「六号機、いや、シティ中央の再構築委員会まで行ってください」
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