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 チョコレートのほろ苦さが、まだ口の中に漂っているような気がする。

 自分のマンションに戻ったゼロは、そのままモニターの前に座った。間接照明のわずかな光とモニターの輝きだけが闇に浮かんでいる。しかし、閉ざされた厚いカーテンの向こうには、まだ南国の日差しに青白く輝く海が広がっている時間だった。


 信哉は別れ際に名刺を撮影した画像をゼロに送信した。

「電話番号とアカウントで追ってほしい人物がいるんだ」

「この名刺の人ですか?」

「それと、裏にも」

 裏面の画像にも手書きの電話番号とアカウントがあった。

「裏表で別の人ですね」

「表がさっきの動画のお友だち。裏は別のお友だち」

「お友だちが多いですね」

 どうも他人には皮肉っぽく聞こえてしまうらしい自分の話し方を今日は少し悔やみながら、彼女は画像を見つめた。

「裏の人物もさっきの空き巣の一味ですか?」

「ちがう。裏のそいつはたぶん何が起きているかもわかっていない。何も知らないまま、おれを探している」

 信哉は少し苦い表情を浮かべた。

「そいつとはけっこう濃いつきあいだった。もう昔の話だけど」

「親友みたいな?」

「おれとしてはそう思ってたんだけどね。だからあんたに追跡をお願いするのは正直あまり気が進まないんだ。けど仕方ない。奴のためでもある」


 寺岡真一という男がえにしの会と日常的に接触していることはすぐにわかった。これから彼にどう対処するか「少し考えたい」と信哉は言っていた。ゼロは、この男のリストデバイスが現在も東京にあることを確認するとそこで作業を保留した。

 藤崎貢士というもうひとりの男の履歴は奇妙だった。電話番号やアカウントはつい最近になって取得されたものだ。まだ二か月も経っていない。

 以前に彼がどこで何をしていたのか、ゼロは空白の向こうを探ることになった。

 さかのぼって再び彼らしき人物の情報が現れたのは四年前。信哉が連絡を取れなくなったと言っていた時期と一致している。連絡を絶ったのは意図的なものだったのだろうとゼロは判断した。男の家族まで探索を広げてみると、彼は中学生の頃に事故で父親を亡くしていた。ゼネコンで全自動建築システムの開発に携わっていた中での事故だった。

 ゼロはそこですぐ現状に立ち戻る。

 彼が現在の電話番号で頻繁に連絡を取っている安田という人物は、あのストラクチャシステム研究者の安田伸二だ。大学では男の恩師だったこともわかった。

「再構築委員会か――」

 ひと区切りついた彼女は、冷蔵庫にドリンクを取りに行く。ほとんど使ったことのないシステムキッチンが乾いた気配を漂わせている。食事はほとんどがデリバリーだ。

 自分ならストラクチャシステムが建てた多少おかしなマンションでも暮らしていけるかもしれない。ふと、そんなことを思う。

 再構築委員会のお役所仕事に先駆けてストラクチャシステムへの侵入に成功したのは、ゼロたちのチームだった。交流のある少数精鋭の仲間たちだ。

 仲間たちのひとりは嘲笑っていたものだ。

「どうせ停める気なんかないくせにカッコだけは一人前なんだよ、あいつら」

 再構築委員会の職員の一部は身元を隠して活動する。藤崎貢士が職員だったことは、まず間違いない。退職して身元を隠す必要がなくなったのだろう。

 信哉がそのまま藤崎貢士に連絡をすれば、彼の居所は寺岡真一とえにしの会にも把握される可能性があった。これまでの信哉ならば、何もアクションを取らずにそのまま二人とも無視しただろう。けれど、信哉は藤崎貢士に会いたがっている。

 “ロイド”の制作から手を引いてまで? そこには、ゼロの知らない過去を持った信哉がいた。

 藤崎貢士の端末は、いま北海道にあった。

 ゼロは信哉にメッセージを投げ、判明した情報を伝えた。

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