・10-14 第160話:「祝賀会のあとに:1」
和平の成立を祝う祝賀会はつつがなく進行し、夜の九時になって終わりを迎えた。
盛大な会だった。
ハインリヒ公爵の手配によってヴェーゼンシュタット近辺の諸侯や有力者たち、そして報道関係者が呼び集められ、国交正常化が決まり、仲良く並んで食事をするエドゥアルドとナッジャールの姿を見せつけたのだ。
こうしたパーティに資金をかけるのも、もちろん政治的な思惑がある。
両国の友好が強固になったことをより鮮烈に印象付け、アピールするためだ。
集まった者たちは、行き届いたもてなしによる幸福な気持ちと共に、今日、この日の出来事を周囲に好意的に語ることだろう。
口伝に、多くの人々に両国の関係改善が広まるはずだ。
さらには、報道関係者たちが記事を書き、新聞として発行されるように
タウゼント帝国は包囲される危機を脱し、そして、ムナール将軍による大陸封鎖令を覆しつつある。
そのことは国内・国外を問わず、影響を及ぼしていくはずだ。
「いやぁ、まことに、今回の会談は実りあるものになりました」
祝賀会の席が終わり、非公式に、私的に談笑するために設けた場に移ると、エドゥアルドの対面のソファに腰かけたナッジャールは心底嬉しそうな顔をしていた。
「これで我が国もようやく、ヘルデン大陸の諸国に並ぶための近代化に着手することができます。
加えて、これほどのもてなし。
感謝いたします」
「お喜びいただけまして、ほっとしております」
同席し、同じテーブルを囲んでソファに腰かけているハインリヒ公爵は、言葉通りの表情で軽く頭を下げた。
「ハインリヒ殿。今回の会談の成功には、貴殿の功績が大きい。
余からも、厚く感謝を申し上げる。
このこと、代皇帝として決して、忘れはしない」
「ははっ。
恐縮でございます」
エドゥアルドも本心からそう言うと、今度は先ほどよりかしこまった礼が返って来る。
代皇帝として忘れない。
その言葉には、後々、論功行賞が行われることになるだろう、という意味合いが含まれている。
名誉か、金銭か、領土か。
おそらくは領土になるだろう。
タウゼント帝国はサーベト帝国から割譲を受ける五つの地域をそのまま独立させてしまうつもりだったが、自国に組み込む部分も確保している。
最初期の講和条件として提示した際に求めていた、タウゼント帝国に近い住民たちが多く居住している地域のことだ。
その中から大きな部分がズィンゲンガルテン公爵家に割かれることになる。
主君と臣下と言うこともあり、頭の下げ方も丁重になろうというものだ。
「しかし、残念でございます」
顔をあげたハインリヒは、視線をナッジャールへと向け直す。
「
明日にはさっそく、本国へお立ちになってしまわれるとは」
「我が国は現在、ザミュエルザーチ王国と戦争中でございますから。
あまり、国をあけてはいられないのです」
ナッジャールは最初の会談で、期限をひと月、と区切って来た。
その本来の期日までまだ数日はあったが、明日の早朝、帰還するために出発してしまうつもりでいるらしい。
本国のことが心配な気持ちは、よく理解できる。
「つきましては、陛下。
いくつかお願いがございます」
「……うかがいましょう」
全権大使からのリクエストでルーシェをこの場に同席させ、用意してもらったコーヒーを一口すすった後、濃い色の肌に黒髪を持つ青年は真っ直ぐに代皇帝の方へ顔を向けて来る。
その真剣な様子に、エドゥアルドは思わず居住まいを正し、ハインリヒも表情を引き締めていた。
「お願いと申しますのは、まず、第一に、我が国に大砲を融通していただきたいのです」
「大砲を? 」
「はい。
ご存じの通り、我が国は戦争中ですから、いくらでも兵器は必要です。
なにより、貴国の大砲の性能は、非常に良い。
先の戦争ではずいぶん苦しめられました。
ですから、ぜひとも融通していただきたいのです。
無論、代金のお支払いは致します。
今すぐに、は、無理かもしれませんが……、我が国が存続いたしましたら、どんなにかかっても必ず、お支払いいたしましょう」
「……良いでしょう。できるだけ早くお送りできるよう、手配いたしましょう」
ここでナッジャールが言っている大砲と言うのは、旧式の青銅砲のことではない。
そんなものは、彼の国でもたくさん保有しているし、製造できる。
鋼鉄製の大砲。
それもできるだけ新しい形式のものだ。
エドゥアルドはノルトハーフェン公爵だった時代から火砲の改良に取り組んで来た。
より性能の高いものがあればそれだけ戦争では有利になる。
とりわけ重視したのは、機動性。
従来のものから砲車を改良し、鋼鉄を使用することで軽量化したことと合わせて、戦闘中であっても陣地転換が可能となるようにした。
こうした最新式の大砲は、実際のところはタウゼント帝国でもまだ十分ではない。
徴兵制を施行して兵力を拡充しようとしている時期であり、装備されるべき兵器の量が以前から増え、その供給のために各地の軍需工場は忙しい。
外国に融通すると言っても、簡単なことではない。
しかしエドゥアルドは即決していた。
多少国内の配備が遅延することになっても、ここでサーベト帝国をより強く味方に引き入れておくことの方が価値はあると思えたからだ。
それに、和平の成立によって、帝国の南東の国境の防備は当面、気にしなくて良くなる。
青銅砲などの旧式装備でも間に合うはずで、そこに配備するつもりだった分を支援に回せるはずだった。
「それと、もうひとつ。
我が国の有望な将校を、貴国の士官学校に入学させ、最新の兵術を学ばせていただきたい。
規模は、多くて三十名程度になるかと思います」
「そういうことでしたら、かまいません。
喜んで受け入れましょう。
しかし、講和の条件には我が国から将校団を送る、というのもあったはずですが、そちらはよろしいのですか? 」
「そちらは、今の戦争が落ち着いてからでお願いいたします。
せっかく将校団を派遣していただいても、現在の我が軍の陣容では満足の行く支援はしていただけないでしょう。
これは、今の戦争ではなく、将来を見据えてのお願い、ということにしていただきたく存じます」
「なるほど、そういうことでしたか。
分かりました。然るべき教官をつけ、しっかりと学んでいっていただきます」
「感謝いたします、陛下」
この要求も、すんなりと飲むことができる。
タウゼント帝国では、徴兵制による兵力の拡充と並行して、増える兵隊を指揮できる将校の大量育成を行っている。
だから士官学校にも余裕があるわけではない、———のだが、そこに三十名程度が加わっても大した違いはない。
受け入れは可能なはずだった。
「そして、
どんなことを言われるかと思ったが、今のところ問題なく受け入れることができるものばかり。
そのことにエドゥアルドもハインリヒもほっとして表情を和らげつつあったが、しかし、そのみっつ目の願いを聞いた時。
代皇帝は、凍り付いた。
「こちらにいらっしゃいます、メイド殿。
彼女を、ぜひ、
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