・10-11 第157話:「国交回復:1」
エドゥアルドたちの間で、今回の交渉について、タウゼント帝国としてどう応じるかは定まった。
緩衝国を作る。
そうすることで、帝国の南東部の国境地域をすべて安全な後方地域とし、脅威となっているアルエット共和国に集中する。
また、危険な拡張主義を唱えないことにより、今後の円滑な外交の基礎とする。
だが代皇帝は即座に、その「対案の対案」を、ナッジャールに対して提案しなかった。
重臣たちに意見を求めて事前に早馬を走らせたのだが、その返事を待っていたからだ。
四人の人物に向けて手紙を送ったが、まず戻って来たのは、アルトクローネ公爵・デニスからのものだった。
いわく、「すべて陛下のお考えのままに。
判断をすべてエドゥアルドに一任した、いや、丸投げにしたようなものだ。
(まぁ、デニス公爵なら、こうおっしゃりそうではある……)
その文面を読みつつ、少年は肩をすくめていた。
デニスは慎重な性格で、気弱なところがある。
自身の主張を強く押し通そうとすることはあまりない。
そういう人物であるから、すべての判断はエドゥアルドに任せ、自分は様子見、と言ったところなのだろう。
次に戻って来たのは、国家宰相のルドルフからの返書であった。
その内容には、驚かされた。
というのは、割譲される五つの地域を、その後タイミングを見て独立させてしまうのが良いと、ルーシェが行った提案とほとんど同様の策が書かれていたからだ。
どうやらルドルフは、得られる領土が難治の場所であり、帝国領としても益が見込めないということを知っていたらしい。
ルーシェはすぐに、ルドルフはタイミングを見て、というところに差異はあったが、ほとんど同じ内容だ。
「ヴィルヘルム。どう思う? 」
「国家宰相のお考えの方が、より現実的であると存じます。
独立は、かの五つの地域に暮らす者たちの悲願。
今すぐにも実現したがっている様子でございます。
しかしながら、長年、外国による支配を受けてきたわけでございますから、急に自立を、となっても、自力では統治がうまく行かない場合がございます。
独立のための準備が整うまでは我が国が支援を行い、態勢を整えてから実行、とした方が、混乱が少なくなるかと」
「わかった。そうすることにしよう」
こういうわけで、ナッジャールに示す前に、エドゥアルドたちは対案の対案に微修正を加えた。
手紙を出した残りの二人の内、クラウスに関しては、とうとう返書が到着しなかった。
やはり所在地を転々としているのか、うまく届かなかったらしい。
だが、オストヴィーゼ公爵・ユリウスへの手紙は、ナッジャールから与えられたひと月という期限の間に辛うじて間に合った。
途中、悪天候などで連絡が遅れたが、その後、伝令の者たちが早馬を潰すほどの勢いで遅れを取り戻し、なんとか届けてくれたのだ。
ユリウスの意見としては、こうした急激な領土の拡大には反対である、とのことだ。
やはり、統治の難しさと、行き過ぎた拡張主義によって諸外国に警戒感を持たれてしまうことを気にしている。
今はアルエット共和国からの海上封鎖を受けて苦しんでいる時でもあり、なおさら、味方につけるべき諸外国を刺激するような行為は避けた方が良い。
代皇帝に宛てた手紙として十分な配慮はされていたが、割と強めのニュアンスでそう書かれていた。
五つの地域を一時的に獲得するが、順次、独立をさせ、緩衝国とする。
この方針はユリウスの意見とは少し異なってはいるが、諸外国の警戒心を喚起せぬように配慮したものであり、無理に占領を続けるわけではない、という点で、彼にも納得してもらうことができるはずだった。
こうして、タウゼント帝国側として、ナッジャールの案にどう回答するかが定まり、いよいよ、エドゥアルドは交渉に臨むことを決めた。
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タウゼント帝国の建国歴千百三十七年の四月十二日。
最初の会談を行ってからあと数日でひと月が経つ、という段階で、サーベト帝国の全権大使・ナッジャールとの二度目の交渉が実施された。
場所は、以前と同じ。
ヴェーゼンシュタットのズィンゲンガルテン公爵家の城館の一室でのことだ。
「このお部屋で陛下にお会いするのは、二度目でございますね」
一度目と同様、ハインリヒ公爵によって案内されて部屋に入って来たナッジャールは、人好きのする柔らかな笑みを浮かべてそう言う。
会うのは久しぶりのことではない。
国家元首として全権大使を国賓待遇でもてなして来たのだから、エドゥアルドとナッジャールは何度も会っている。
今ではもう、昔からの友人であるかのように錯覚してしまうほど、親しくなっている。
少なくとも周囲にはそう見えているだろう。
互いに円形に配置されたソファに腰かけ、対峙する。
表情は温和なものであったが、向けられている視線は鋭い。
二人の間にはもしかすると確かに友情が芽生えているのかもしれなかったが、———ここでは、それは関係ない。
互いの祖国の国益をかけた、真剣勝負の場であるからだ。
そのことを実感したエドゥアルドは、相手に気づかれないようにテーブルの下でさりげなく、握り拳を作っていた。
「こうしてお招きいただけたということは。
先に
「おっしゃる通りです。
ようやく、我が方の返答をお示しできます」
うなずき返し、まずは謝罪をする。
「ここまでお待たせいたしましたこと、申し訳なく思っております」
期日に間に合わせたとはいえ、それまで音沙汰を得られなかったナッジャールは、内心ではさぞややきもきさせられたことだろう。
そのことに対する謝罪だ。
両国はこれから、敵対関係を停止し、講和条約を結び、国交回復を果たそうと取り組んでいる。
互いに信頼関係を築きたいところで、そのためには、誠実さはしっかりと示すべきことだった。
「いえ、エドゥアルド陛下。
どうかお気になさいませぬよう。
陛下はしっかりと、こちらがお示しした期日に回答を間に合わせて下さったのですから。
それに、
存分なもてなし、感謝しております。
……ですが、色よい返答をいただけるものと、正直、期待してもおります」
「いただいた対案にはさらに修正を加えさせていただきましたが、きっと、ご満足いただけると信じております」
エドゥアルドがうなずいて手ぶりで合図をすると、ハインリヒ公爵がテーブルの上に地図と、タウゼント帝国側の提案をまとめた書類を広げる。
「では、ご説明させていただきましょう」
代皇帝は、サーベト帝国の全権大使をまっすぐに見つめる。
この場の緊張感に押し潰されないよう。そして、相手の思い通りにされないよう、自身を保つために、しっかりと脚を踏んばって。
少年は、
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