・4-17 第69話:「河畔の戦い:2」

 渡河するために架橋する場合、頻繁に用いられているのは舟橋、いわゆる浮橋であった。

 その理由は、短時間で完成させることができるからだ。

 舟橋はその名の通り、舟を利用したものだ。

 渡河したい場所に何艘なんそうもの舟を連ねて並べ、両岸に縄を張って舟をしっかりと固定して安定させ、その上に板を並べ路面を作る。

 舟は川辺を探せば発見できることが多く、そうしたものを徴用して集めれば事足りる場合が多かったし、板材は現地で加工するか、周辺にある家屋などを解体して持って来れば良い。少し手間はかかるが、小舟であれば現地で建造することも不可能ではない。

 流れがある程度緩いこと、という条件さえ整っていれば、作りやすいのだ。

 唯一調達が困難なのは、頑丈な縄であった。

 強度があり、しかも両岸に渡すことができるほど長い縄が必要であったからだ。

 架橋する場所の水深がさほどでもなければ杭を立てて、そことつないで固定して行けばいいので一本あたりの長さは妥協できるが、今回渡河しなければならないのは川幅が狭隘部きょうあいぶでも数百メートルもあり水深もある大河、グロースフルスであり、非常に長い縄が必要であった。

 三方に分かれて渡河を試みる共和国軍の内、架橋を必要とする上流軍の作業はまず、舟を集めることと、長大な縄を準備するところから始まった。

 グロースフルスは豊な水量を持ち渇水期でもかなり上流の場所まで船舶を用いた物流を行うことができ、水運の幹線として、長い歴史の間に縦横に張り巡らされて来た運河などの結集点ともなっている。

 こうした事情で、舟の調達にはさほど苦労はなかった。

 舟運のために用いられていたものや、河川で漁などをするのに用いられていた漁船、個人が移動するのに使っていた小舟などが、川辺沿いに探せばたくさん見つかるのだ。

 問題は縄であった。

 数百メートルもの長さがあり、多数の舟をつなげても大丈夫な強度を持ったものはまず、近くでは見つからない。

 だから共和国軍は、わざわざこの縄を遠隔地から運んできていた。

 自国の沿岸部、大型の帆船の利用が盛んな港湾都市や造船所がある場所から、長くて強度のある縄を持ち込んできたのだ。

 帆船には数多くの縄が用いられている。帆を制御するためや、碇を用いるためにも必要であったからだ。

 そこには長大な縄を作成するノウハウがあり、在庫も豊富に存在している。

 これを持ち込んで、現地で必要な長さ、太さにあらためて仕立て直す。太い縄というのは細い縄を幾本も編み込んで作られるものであるから、それを一度ほどいて次の部分と結合させれば、複数の縄を一本の長い縄に加工することができる。

 ———対岸に出現した共和国軍がこうした作業を始めたことは、監視に当たっていた帝国軍からよく見えた。

 そしてその情報は素早く本営に報告され、エドゥアルドたちは出撃を決めた。

 渡河を開始すれば当然、帝国側も行動に移る。

 そう予期していた共和国軍は交代制を敷き、昼夜を問わずに作業を続けた。

 迎撃のための部隊が到着する前に渡河を完了させられることが、理想であるからだ。

 まず確保した舟の一部を利用して先遣隊を進出させ、対岸に橋頭保を確保。編み直した縄を張る。

 次いでそこに他の舟を連ねていき、その上に用意した板を敷いて行く。

 監視のために配備されていた帝国軍は少数であったから、これらの作業を妨害することはほとんどできなかった。

 現地の指揮官には無理のない範囲で敵の作業を送らせるための嫌がらせを行うことが許可されており、独立した判断で小規模な攻撃をしかけ、ライフル銃で遠隔狙撃などを行ったが、残念ながら遅れを生じさせることはできなかった。

 昼はもちろん、夜も煌々こうこうと無数の松明の明かりを確保し、どんどん、橋ができあがっていく。

 そうして工作が始まって三日で橋は完成し、三本の船橋が出現していた。

 二本は幅の狭い、歩兵用のもので、一本は引き馬に牽引された大砲や荷馬車を通すことのできる幅広のものだ。

 渡河は直ちに開始され、まず歩兵部隊が進出した。

 機動力という点では騎兵部隊の方が勝っていたが、馬という大型動物に騎乗しているために被弾面積の大きくなる騎兵は防御の局面では不利であり、まずは橋頭保を拡大し後続が到着して展開できるだけの領域を確保するという目的のためには、歩兵の方が適していたからだ。

 その数は続々と増加し、監視任務を続けていた帝国軍の将兵は焦りを募らせるしかなかった。

 まだ暗い間に数千名。

 明るくなってから、さらに数千名。

 橋が完成したその翌日の正午までには、二万名程度の共和国軍が対岸へ進出し、歩兵だけでなく少数の野戦砲や騎兵隊なども展開し始めていた。

 ———帝国軍の本営から急行して来た先鋒部隊、ペーター・ツー・フレッサー中将に指揮されたノルトハーフェン公国軍の第一師団が到着したのは、その頃であった。

 帝都から進軍してきた際と同じ、一日に二十キロメートルという距離を進む強行軍を行い、二日半をかけて戦場にたどり着いたのだ。

 フレッサー中将は戦場に到着し、現地の指揮官から敵状の報告を受けると、早速、軽歩兵による散兵線を構成し、その援護を受けながら放列を敷いた。

 帝国軍で広く用いられている七十五ミリ、百ミリ、百五十ミリといった、威力のある野戦砲はまだ到着していない。

 エドゥアルドがノルトハーフェン公爵となってから改良を命じ、以前よりも機動力が改善されてはいたものの、やはり口径が大きな火砲は重量があり、数十キロメートルを短期間で移動させることが難しかったのだ。

 到着していたのは、第一師団に配備されていた十六門の軽野戦砲だけであった。

 口径五十ミリで軽量に作られたこの砲は、他の野戦砲よりも牽引に用いる馬の数も増やしており、今回のような強行軍でも十分に追従できるようにされている。

 弾薬を運搬する馬車は他の大砲と同じく遅れ気味であったため手持ちの弾薬限りの砲撃で、しかも口径が小さいために威力は限られていたが、それでも開始された砲撃は共和国軍にとって少なくない脅威であった。

 彼らの所有する大砲の大半はまだ渡河中か、対岸にあり、前装式ライフル銃の射程外からの砲撃に対して反撃することが困難であったからだ。

 そうして砲撃を加える間に歩兵部隊を展開し、マスケット銃による一斉射撃が可能となる横隊を形成させると、フレッサー中将は自ら陣頭に立ち、果敢に、敵軍の橋頭保に対して攻撃を開始した。

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