・4-8 第60話:「代皇帝出陣」

 帝都近郊に駐留していた皇帝直轄の帝国軍の出動準備が整うと、代皇帝は彼らを率いて慌ただしく出撃していった。

 今回編成された軍団の総兵力は、約十五万。

 その内の半数以上を、ノルトハーフェン公国軍と皇帝の親衛軍が担うこととなっている。

 ノルトハーフェン公国軍からは第一師団と第二師団が参加予定で、第三師団は今年入隊する予定の徴兵者たちの受け入れと訓練、長期戦となった時の交代人員のプールとして本国に残置される。

 皇帝の親衛軍からは、皇帝の身辺を守護する精鋭である近衛師団、番号が被っていて紛らわしいが、帝国軍の第一師団、第二師団、そして第一騎兵師団の、合計四つの師団が参加する。

 ここで言う師団とは、この半年の間にノルトハーフェン公国軍の師団を改良した編制で再構成された新しい形のものだった。

 一般的な歩兵を中心とする歩兵師団は、二つの歩兵連隊が合同してできた歩兵旅団を二つ持つ、すなわち歩兵連隊が四個含まれている、いわゆる四単位制の師団となっていた。

 これに、砲兵連隊、騎兵連隊などが加わり、この時代の主な兵科である歩兵、砲兵、騎兵の三つの兵種が協力し合う諸兵科連合を構成している。

 さらに、師団の中には工兵隊、輜重隊、衛生隊が含まれ、師団単位で独立した一つの軍隊としての活動が可能とされている。

 その構成人員はおおよそ一万八千名で、軍馬、駄馬、ばんえい馬、などの合計は五千頭近くにもなる。

 この師団が四つ。そこに、変則的な編制となる近衛師団と砲兵だけを集めた近衛砲兵連隊、騎兵師団を加えた、十万名弱が主力部隊となる。

 これに、エドゥアルドの盟友であるオストヴィーゼ公国の当主、ユリウス・フォン・オストヴィーゼに率いられた八千名と、アルトクローネ公国の統治者、デニス・フォン・アルトクローネに率いられた一万名、他の諸侯の軍隊などが加わり、合計十五万をやや超える程度の規模となる。

 タウゼント帝国には、平時に置いては四十万以上の常備兵力があり、その内の半数、二十万以上が帝国軍として動員できる体制があったはずだった。

 しかし、二年前にはアルエット共和国への侵攻に失敗しラパン・トルチェの会戦で手痛い打撃を被り、一昨年はサーベト帝国とヴェーゼンシュタットを巡って戦いになり、昨年は内乱で、帝国に存在したすべての兵力が振り絞られて投入され相争ったおかげで消耗し、エドゥアルドが率いていくことのできる兵力は大きく減少していた。

 特に、帝国にとって重要な五つの公爵家の内、勢力の大きかった二つ、ヴェストヘルゼン公爵家とズィンゲンガルテン公爵家からの出兵がないのが痛手だった。

 この二つの公爵家だけで、一連の戦乱が起こる前ならば五万近くの兵力を確保できたはずなのだ。

 別に、エドゥアルドに心服していないから兵を出さなかった、というわけではない。

 両家の保有していた戦力はこれまでの戦いで特に大きな打撃を被っており、再建しなければ使い物にならないという状態だったから、今回は参戦しなくて良い、と代皇帝の方から許可を出してあるのだ。

 オストヴィーゼ公国に対しても実は同じように参戦を免除するつもりであった。

 というのは、内乱の勝敗を決する決戦となったグラオベーアヒューゲルの会戦においてその軍隊は少なくない痛手を被っており、大事には至らなかったがその戦いで公爵のユリウス自身も負傷するなど、エドゥアルドに味方して戦った諸侯の中で特に大きな被害を受けてしまっていたからだ。

 だから、今回は兵を出さなくともかまわない。

 そう伝えたのだが、それにはユリウスが納得しなかった。

 帝国の将来を左右するような重要な戦いに参加することは名誉であるし、代皇帝の配慮はありがたいとは受け止めつつも、従軍するのは貴族として当然の責務であると、彼は譲らず、しかも自ら出陣すると言って聞かなかった。

 損耗の回復や兵士たちの体力の回復のために従軍できるのは全力ではなく、八千だけではあったが、それでもエドゥアルドにとってはその参戦はありがたいことだった。

 共和国軍に対して兵力で劣勢であるのだから少しでも多くの兵力が欲しかったし、なにより、義兄弟として共闘して来たユリウスが一緒に来てくれるというのは、心強かったのだ。

 ただ、この全軍が帝都に集結するのを待ってから出陣する、などということはしなかった。

 兵力で共和国軍に劣ると想定されている以上、グロースフルスという大河の天然の要害を第一の防衛線として活用しない手はない。

 一刻も早く出撃し、国境地域にムナール将軍よりも先に展開し、防衛態勢を整えておきたい。

 このために、参陣してくれる諸部隊とは帝都から国境地域に向かって進軍する途上で合流するか、あるいは現地集合、ということにして、エドゥアルドは建国歴千百三十六年の一月二十日、クラウスから共和国の異変を知らされてから四日目の朝に出陣した。

 大軍の移動というのは元来、時間がかかってしまうものだ。

 人だけでなく、兵器や弾薬、食料など、大量の物資の移動が伴うから、それだけ手間がかかるし、なにより行軍の隊列が長くなるので、先頭が目的地に到着しても後続はまだなん十キロも先にいる、なんてことになってしまう。

 それよりは、すぐに動ける人数だけで急行し、戦略上外せない要衝を確実に確保する。

 そういう狙いで、代皇帝は慌ただしく軍を動かした。

 急な動員ではあったが、従軍する将兵の士気は高かった。

 エドゥアルドはこれまで参加した戦いで必ず戦功をあげて来たから、従う者たちからは今回もうまく勝てるのではないかと期待されていたからだ。

 しかも、今回は全軍の指揮・統率を、帝国元帥として広く名が知られているヨッヘム・フォン・シュヴェーレンが補佐することとなっているのだ。

 兵士たちは新しくなった師団の編制に若干の不慣れを残しつつも、「まぁ、代皇帝陛下とプリンツ・ヨッヘムがなんとかしてくれるだろう」と楽観し、意気揚々と、歩調を整えるために打ち鳴らされるドラムのリズムに合わせて街道を進んで行った。

 それを見送るのは、国家宰相であるルドルフ・フォン・エーアリヒを筆頭とする重臣たちや、ヨッヘム公に居残りを命じられた参謀総長のアントン、後方から諜報網を差配するクラウス・フォン・オストヴィーゼと、出征する兵士の家族や友人、恋人たち。

 ———人々の多くは、若く、才覚をあらわしてきたエドゥアルドに期待し、今回も勝てると希望的に考えていたが、ムナール将軍の将才と共和国軍の強大さを知っている者たちはみな、これから起こる戦いの困難さを想像し、険しい表情のまま、去っていく背中を見送った。

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