・2-9 第19話:「新体制:2」
今も意識不明の皇帝、カール十一世は、エドゥアルドに二通の手紙を与えた。
一通は、将来の皇帝となり、帝国の
もう一通は、その新しい国家には必要のない、罷免するべき者の名と、その罪状を記した手紙。
そこには、代わりに任用するべきとされた者たちの名も記されていた。
皇帝は、エドゥアルドが帝位につくのは十年後になるだろうと考えていた。
だからそこで名があげられていたのは、そのころには多くの実績を積み、経験豊富になっていたはずの若手ばかり。新たに重責に就く三人の内二人は、まだ三十代という、これまでの帝国では考えられなかったほどの[若さ]であった。
職務怠慢などの罪状で罷免されたバルナバスの後任として陸軍大臣に就任したのは、モーリッツ・ツー・ファーネ男爵。三十七歳。金髪のかつらを被った肋骨服姿の男性で、穏やかそうな顔つきにひょろっとした印象のカイゼル
帝国陸軍の大佐だったが、実戦指揮よりも書類仕事の方に適性があり、陸軍省に転向したという経歴の持ち主だ。計算が得意でかつ全体を見渡したうえでの構想力があり、主に兵站の面で帝国軍の活動を支えてきた。
カール十一世がその名をあげたのは、彼が、実際の作戦指揮においては、アントンが主体となることを予想してのことだった。
モーリッツは軍の指揮は苦手としているが、その活動を支える業務については
汚職によって罷免されたハーゲンの後任として財務大臣に選ばれたのは、ディートリヒ・ツー・マルモア男爵で、今年で三十九歳になる。カツラではなく自毛の、ウェーブのかかった茶色の長髪を持ち、瞳の色も茶色で、口の周りを囲むラウンド髭を持つ、長身のがっしりとした体躯の精力的な印象の男性だ。落ち着いた色合いの緑のコート姿。
彼は新興貴族で、財務官僚として働いていた。新興とは言っても、タウゼント帝国の諸侯の中では比較的最近貴族になった家柄というだけで、百年以上の歴史を持つ一族の出身だ。愛妻家、倹約家として有名で、妻がハンドメイドした品々を好んで身に着けていることが多い。
その名をカール十一世があげたのは、その清廉潔白な人柄と、政務処理能力の高さによってだった。
まだ詳しいことまでは知らされてはいなかったが、帝国の財政はかなり
彼とはさっそく、大臣就任の挨拶後に帝国の財務状況について話し合う予定が組み込まれている。それだけ急いで話をしたいという、強い要望があったからだ。
———そして、残る、マルセルの後任として国家宰相に就任する人物。
他の者たちと共に
ルドルフ・フォン・エーアリヒ準伯爵。
四十六歳の男性で、白髪が混じったやや灰色がかった淡い印象の黒髪をオールバックにまとめ、口髭を整えた、落ち着いた印象の碧眼を持つ人物で、濃紺のコート姿。
彼は、タウゼント帝国の直臣ではない。
爵位の前に[準]とつくのは、いわゆる陪臣と呼ばれる者たちで、ルドルフはノルトハーフェン公爵家に仕えている。
過去には、いろいろと複雑な経緯のあった相手だ。———なにせ、彼は少年公爵からその地位を奪おうと、一度は
だが、どういう心情の変化があったのかはわからなかったが、今の彼はエドゥアルドの忠良な臣下であり、なおかつ、最大の理解者でもあった。
まだ実権を握っていなかった時には摂政として公国の国政を預かり、その後は宰相となって、次々と打ち出される改革を形にして来た。
それはルドルフ自身が以前よりノルトハーフェン公国の政治をあらためたいと構想しており、その内容が、少年公爵の考えと多くの部分で一致していたためにこそ、円滑に実現できた事柄だった。
直接顔を合わせるのは、エドゥアルドが公正軍を立ち上げ、タウゼント帝国の内乱を収束させるために出征して以来のことだ。
だが、その間も二人は盛んに手紙でやりとりをかわし続けていた。国家宰相となって欲しい、という要望を出したのは、決戦となったグラオベーアヒューゲルの戦いの後のことで、ルドルフもずいぶんと
この五人が、これから形成される新政権の主要な幹部となる。
もちろん他にも大勢の人々がいて始めて国家を運営することができるのだが、エドゥアルドの手足となってもっとも忙しく働くことになるのは、彼らだった。
「みな、これからよろしく頼む」
一同を代表した、ルドルフの短く修飾語の少ない挨拶を聞いた後、代皇帝もまた短い言葉でそれだけを述べた。
ただ、その一言には、強い思いが込められている。
次の千年を迎えることのできる国家を作り上げる。
それは、ヘタをすると無から建国するよりも、遥かに困難な事柄かもしれなかった。
千年もの長い歴史の中で形成されて来た伝統。
良いモノは引き継ぎつつも、悪いところ、これからの時代には合わないところは、打破しなければならない。
既得権益を持つ者、偏見を持つ者たちは激しく反対し、抵抗して来るだろう。
それを、自分と、この五人とでねじ伏せて行かねばならないのだ。
そのことは、すでにみなが理解しているのだろう。
彼らはエドゥアルドの言葉を聞くと、険しい表情のまま、深々と頭を垂れ、あらためて忠誠を誓ってくれた。
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