・2-8 第18話:「新体制:1」

 代皇帝・エドゥアルド。

 その初仕事によって罷免された三人の重臣は、決して、無能、というわけではなかった。

 バルナバス元陸軍大臣は、現役の将官であったころは勇敢で胆力のある指揮官として評判であった。部下に対しては公平に接し、気前が良く酒を愛して賑やかに飲みかわすのが好きだったため、人気もあった。

 ハーゲン元財務大臣も、貴族出身者にしては数字に明るく、度々出兵し多額の戦費を費やしたのにも関わらず、少なくとも表面的には問題を顕在化させないだけの知恵を持ち合わせていた。もっともそれは、知恵といっても悪知恵の類なのだが。汚職に手を染めたのもここ数年のことで、それ以前はまっとうに仕事をしている人物だと評価されていた。

 中でも、マルセル元国家宰相の名声は高く、彼が罷免ひめんされたことを知った人々はみな驚きを隠すことができなかった。カール十一世との個人的な交友関係もあったが、彼がこれまで大過なく国家を運営してきたことは誰でも知っている。

 だが、それでもエドゥアルドは彼らの職を剥奪はくだつした。

 かつて兵士たちから好かれていたからといって、今となってはすっかり堕落してしまった人物など役に立つとは思えなかったし、横領に手を染め、国庫から臣民が納めた貴重な血税をかすめ取るようになったやからなど論外だ。

 マルセルについては、直接話をしてみるまでは躊躇ためらいがあった。

 しかし、実際に言葉を交わしてみると、その気持ちは雲散霧消した。


(アレは、生粋の貴族だ。……それも、悪い伝統で凝り固まった、性質の悪い男だ)


 ひとまず掃除を終え、イスに腰かけ直した代皇帝は、憮然ぶぜんとした顔で頬杖をついている。

 ———平民は、生まれながらに愚かであり、貧しく、苦しい生活を送るのは、当然のことだ。

 それは、神がそうなるように差配したのだから。

 これは、タウゼント帝国の貴族たちが持っている思想の中でもかなり極端な考え方ではあったが、同様に考える者は決して、少なくはなかった。

 だが、と、エドゥアルドは思う。

 一部の貴族たちが頭から見下し、軽蔑けいべつしている平民たちの中には、磨けば光るモノを持っている者は、たくさんいるのではないかと。

 たとえば、自身の故郷であるノルトハーフェン公国の大商人、オズヴァルト・ツー・ヘルシャフト。

 鉄鋼業を始め、現在は鉄道業にも乗り出し、そして公国軍のみならず帝国軍が使用する小銃や大砲の多くを生産する軍需企業をも経営している実業家。

 彼は、元から富裕なわけではなかった。今となっては杖なしではまともに歩けないほど肥満した身体を持っているが、生まれながらそうだったわけではないし、その事業は何年もかけて実力で育んで来たモノだ。

 その名に[ツー]という称号がついているが、オズヴァルトが生まれた時にはそれはなかった。これは[フォン]と同様、その者が貴族やどこかの領主であることを示すために持ち答える言葉であり、あの実業家は自身の事業を成功させたことで、先代のノルトハーフェン公爵、エドゥアルドの父からその称号を授かったのだ。

 領地こそ持ってはいないものの、その身分は準男爵に相当する。

 赤子の時は平民であったが、才覚でそこまで成り上がったのだ。強欲で抜け目のない商人という、侮れない、そして少々不愉快な人物ではあったが、その能力自体は評価せざるを得ず、実際、代皇帝もノルトハーフェン公国を治めるうえでなにかとその力を利用して来た。

 それに、ルーシェ。

 あのどこの馬の骨とも知れなかった少女は、今や、エドゥアルドが国政に関することを問いかけたとしても、実になるような意見を述べることができるほどの能力を持っている。

 面と向かってそう指摘したことはないし、本人はまったく無自覚であるのだが、それは凄いことなのだ。

 なにしろ、この世の中には幼い頃から多額の資金を費やして英才教育を受けたにも関わらず、平民が貧しく、貴族が富裕なのは、神がそう差配したからなのだとのたまうような了見の人間だっている。

 今まで、貴族社会によって世に出る機会を奪われて来た人々。

 そういった者たちの能力を引き出すことができれば、きっと、これまでにないような大きなことができるかもしれない。

 それがエドゥアルドの胸中にある希望であり、これから彼が作ろうとしている[新帝国]の骨子となるはずのものだった。


「陛下。新たに任命される大臣の方々が、ご挨拶の準備を整えてございます」


 まだどんな姿になるかは決まっていない新国家についてあれこれ想像を働かせていると、謁見えっけんの間の外から侍従の声が聞こえてくる。


「通してくれ」


 そう答えながら、代皇帝はイスから立ち上がると、居住まいを正していた。

 すぐに扉が開かれ、新しく任命される、エドゥアルドの新政権を形作る五人の重臣たちが、侍従に案内されながら姿をあらわす。

 衛兵たちが一斉にサーベルをかかげて敬意を示す中、絨毯じゅうたんを踏みしめながら進んで来るうちの二人は、先ほども見た顔だ。

 一人は、青白い顔をした不気味な男、ギルベルト。もう一人は、恐縮して少しおどおどした様子の、太鼓腹のマリアン。

 二人は、前政権からの留任となる。

 ギルベルトはカール十一世からの信任が厚く、罷免された大臣たちの不正を調査し厳格に調べ上げた功績があり、今後も法務大臣として法を司るのにふさわしいと考えられたから、その地位に留まる。

 マリアンに関しては、これといって功績もないが不正を働いていることもなく、海軍が重要視されていない帝国においては海軍大臣というポストはさほど重要ではないから、という消極的な理由での人選だ。

 他の三人、地位を追われた者たちの後任となるのはみな、国政の重要な立場に立つのはこれが初めて、という人物ばかりだった。

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